20


「ゆり、拗ねないで。俺がいるから」
「いや、拗ねてないから!」

マジで教室行くとロクなことがない。
ヒコたんしか味方はいないと思っていたけど、あまりにも敵が多すぎてやってられない。
………しかもブスって言われたし。ブスブスうるせえんだよ、このブス!


「あ、待って、ゆり」
「うわっ!急になに?!」

唐突に腕を引っ張られて、思わず立ち止まってしまう。聖は廊下の窓から別棟を見ている。

「ゆり、時間ある?」
「は?今から帰ろうとしてるじゃん」
「でも家に帰っても何もしないでしょ?」
「はッ…!そんなのアンタにわかんないじゃん」
「いつもこの時間SNSしか触ってないでしょ。放課後はゆりのいいね欄の数が急に増えてるし、ヒコたんが部活とかの日はツイートとかストーリーも3割り増し増える」
「なっ…!」

(コイツどこまで知ってんの…!)
SNSやっているところまではバレていたが、人がいいねしてる量とかSNSの動向とかなんでコイツが把握してんだよ。
そういえば住所も教えてないのに、家バレてたし……。

聖の情報量の多さに考えてこんでいると、聖は無理矢理俺の手を取り、指を絡めてくる。

「ゆり、暇でしょ?俺の用事に付き合って?」
「え!?はっ、ちょ、やっ」

ヤダ。
そう言いたかったのだが、前を歩こうとしていた聖がくるっと振り返る。

その表情は俺が断ったら大声で泣き叫ぶ、泣き顔寸前の状態だった。

(やばい、ここでまた騒がれたら、めんどくさい……)

俺は「嫌だ」という言葉を無理くり呑み込んで、「わかった…」と答えた。

その返事に泣き顔寸前の聖の表情もパァッと一気に晴れる。

「やった!こっちだよー」
「…っ」

(クソッ、なんでこんなことに…!)


聖と絡むとドンドン面倒くさい事になっていく。今もその嫌な予感を感じながら、俺はついていくしかなかった。




○○○○○○○○

「ここだよー入ってー」

聖に連れてこられたのは、初めて聖と顔合わせてしまったときの空き教室だった。

聖が教室の中へ入っていくため、俺もそのまま続けて中に入る。


別に大して珍しいものはない。大量の机と椅子ぐらいだ。

聖は「ちょっと待ってて」と俺の手を離すと、その机群の方へ行った。

(何してんだ…)

聖は机の方に屈んでガサゴソ何かしている。呆れた感じで立ち尽くしていると、奥の机の方へ行った聖は机の中から何かを取り出してこちらへやってきた。



「ゆりー。じゃじゃーん、はいプレゼント!」
「は……?」

ぽかんと口を開けて聖の顔を見れば、ズイッラッピングされた袋を前に押し出される。

(え、本当にプレゼント…?)

聖の顔を再度見るが、ニコニコと俺の方へプレゼントを押し付けてくるため、俺は訳もわからずにそのまま袋を手に取る。思ったよりも軽い。

「これ、開けてもいいの?」
「うんいいよ!」

俺はそのままラッピングされた紐を解き、袋の中に手を入れる。
ふわり、とした感触とともに出てきたものは、クマのお人形だった。しかもピンク色。

「え、ぬいぐるみ…」
「そうだよ!ぬいぐるみのキーホルダー。ゆりに似合うと思って買ったんだ〜」

ジッとぬいぐるみを見てると、ヒョイっと聖に取られてしまう。なんか既視感があると思ったんだけど…。

取って何するんだ、と声を発する前に、聖は俺の右横にすぐ来て、カバンにキーホルダーを手際良く取り付ける。

「あっ!アンタ、勝手に」
「わー、やっぱりかわいい!見て!俺とお揃い〜!」

聖は俺が怒鳴るのも気にしないほど興奮しているのか、自分のカバンにつけた紫のぬいぐるみを顔に近づけて見せてくる。

たしかにそこには形のにているクマのぬいぐるみがあった。


「ね、嬉しい?」
「えっ」

そんなこと問われても、急にお揃いのキーホルダーを渡された身になっても欲しい。喜ぶというか、たいして仲良いわけでもない人間にもらっても…。

しかし、聖の綺麗な顔が間近に寄り、言葉は飲み込んでしまう。この圧のある整った顔に、馬鹿正直にそんな言葉は言えなかった。


「ああ…ありがと、嬉しい…」

目が泳いでしまった。

でも感謝の言葉は伝えた。
これで良かったのだろうか。

しばらくの沈黙の内、そろりと聖の方へ顔を向ける。すると、突然聖はカバンをそこら辺に放り投げ、俺の身体をグッと抱き寄せた。

「っちょ、な…んっ!?」

顔を掴まれたかと思うと、唇をピタリと合わせられる。そのまま舌が一緒に入ってきて絡め取られてしまう。

「っん、ゃ、なに、んむぅっ!」

顔を引き剥がそうとしても、しつこく唇を合わせられる。無我夢中で聖の胸を叩いたり引っ張ったりする。

(何してんだよ、こいつ…!)

突然すぎる行為に暴れるが一向に離れない聖。

何度目かわからない聖とのキスに俺が歯を立てようとした、その時。
聖は俺の身体ごと前進し、前に倒れ込んだ。

「っつぅ…!!」
「あ、ゆりごめん痛かった?」
「痛いに決まってんじゃん!てかいきなりなんだよ!なんだこの体勢は!」

聖は俺ごと倒れ込んだのかと思ったが、倒れたのは俺だけで、机の上に背中をぶつけてそのまま仰け反っている状態になる。聖はそれを上から覗き込み、両手首をそれぞれの手で掴んでいた。

「ゆり、ごめんね?嬉しくてさ」
「なにが嬉しいんだよッ。ていうか、離して!」
「ダメ。俺、ゆりとしたいことがあるんだよ。だから離さない」
「は?!」

何を言ってるんだと言おうとした時、スッとポケットの中から聖はカッターを取り出した。

突然出てきたカッターにギョッとする。
聖は俺の手を拘束したんだまま、先刃をのびして、こちらへ刃先を近づけた。

「ちょっ!?や、やめっ…!」
「大丈夫。気持ちよくなるだけ。ゆりもやったことあるでしょ?」

すり、と手首を捕まえられた掌の指で肌を撫でられる。

「ヒっ…!!」

(こいつ、もしかして俺の手首切ろうと…!)


そう思った途端、一気に全身が震え上がる。

「やめ、やめろッ!!」
「あっ、ゆり暴れたら」

俺はいろんな記憶が頭に過って、聖の身体を無理矢理退けるよう大声で叫んだ。

立ち上がって、そのまま、聖から逃げ出そうと暴れる。しかし、思わず聖の持っていたカッター刃に手の甲が当たる。

その瞬間、ピリ、ッとした感覚。あ、と思った時はもう遅く。手の甲は赤く濡れていた。


「っ…!!」
「あぁ、ここに傷がついちゃったか…」

聖は慌てるわけでもなく、俺の手を取ると、じっと刃の跡を見る。
血が浮き上がり垂れているのを観察している。

やめろ。そう言いたいのに歯がカタカタと言って声が出ない。またこれだ。聖は俺のトラウマをどこまでも突いてくる。リスカなんていい思い出ないっていうのに…!

しかし、聖は俺が顔を真っ青にしているのにも気づかずうっとりとしている。


「はぁ、やっぱり血はいいよね…。…でも、ゆりを傷つけちゃったし、ゆりも俺を傷つけてよ」

そう言った聖は俺の血を舐めた。暖かい舌が触れ、感覚がおかしくなる。手が震えて、呼吸が次第にできなくなる。やめろ、なにやってんだよ、ばか、やめろ。


そんな願いを知る由もない聖は、震える俺の手を取るとカッターを握らせた。

「ゆりがくれた傷、大切にするね」


俺が握ったカッターを聖は自身の手に当てた。



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