3
チョンの家へ戻ってくると、俺達はまず夕飯を摂ることにした。
いろいろとよくわからない話が飛び交ってたが何なんだろう。首を突っ込むにも何処から突っ込んでいいのかわからない。
それに。

『…ユーリ。もし何かあったらピドゥルギのとこに逃げろ、いいな?』

チュムは何を言いたかったんだ?焦ってたようにも見えたが言葉数少なすぎるし、そもそもピドゥルギが1番俺を嫌ってて、なんでそんなやつに頼れって言うんだ。意味がわからない。

ぴどぅ、ピドゥルギ。…発音しづらい名前だな。
アヒル口のようにピドゥという音を発する練習をしていると、美味しそうなシチューの匂いが通った。唇を突き出したまま見上げれば、鍋を持ったチョンがテーブルの前に立っていた。

「どうしたの?その口」

鍋を置きながらも肩をクククと揺らして笑うチョンに俺は慌てて口を塞いだ。全身の血が顔に集まっていく。は、恥ずかしい。しかも呼びにくそうなピドゥルギの名前の発音を練習していたとは、とても言えない。
俺はまだ身体を揺らすチョンに「なんでもない…」と小声で返事した。






チョンの料理は結論から言うとうまかった。
店をやってるだけある。ちょっと変わった風味のものも多かったが、面白い味で大変美味しかった。
チョンは食器を片付けると、少し水色のトロリとした液体を持ってきた。

「はい、デザート。お口直しにどうぞ。って言ってもお酒がメインなんだけど」

ワイングラスのような丸いうつわに持ち手がスッと細いグラスを手渡される。なんだか見た目は飲むものではなさそうなぐらい綺麗な水色をしている。少し白く濁っているような気もするな。
すっかりチョンのご飯に病みつきになった俺は香りを嗅いで口をつけてみた。香りは全く臭ってこない。喉に通すとライチリキュールのような味がした。そういえばこんなお酒あったかもしれない。やはりチョンの作る飲み物は何処かドロリとしていて口に甘い後味が残る。少し喉が熱くなる感じがしたが、それがアルコールだろう。ゴクリゴクリと喉に通していくとすっかり空になってしまった。
それを見たチョンは目を細めて嬉しそうに笑った。

「デザートも楽しんで頂けたようでよかった。お風呂できてるから入っておいで」
「え、あ、ごめん…気がつかなかった」
「大丈夫、むしろちゃんとおもてなし出来てるようでよかった。服とかも後から持っていくから入ってて」

チョンはそう笑うとグラスをそっと下げた。

俺はチョンの言葉に甘えて風呂に入ることにした。脱衣所へ向かうと綺麗なタイルが貼られており、田舎にしては豪勢だなと思った。イメージ的にはホテル?みたいだ。服をすぐ脱いで風呂場へ入るが、浴槽や風呂場もすべすべとした肌のタイルや石材で出来ていた。
ヒタヒタと水と足の裏が触れ合う音がしながら、シャワーの前へ行く。捻り口がついていてそこをキュッキュッと回すと暖かいお湯が降ってきた。

頭からシャワーを浴びながら、今日起きたことをふと考えた。
日本の田舎にしてはなんだか違和感のある村だ。服装も洋服のものもいれば、着物のような格好をしたものもいる。チョンは洋服だが、ケチョルやピドゥルギは着物のように裾の長い服を着ていた。チュムは衣装だからかなんとも言えない格好。名前も外人みたいなものが多い。漢字で書くにはどういう漢字を当てはめたらよいのかわからない。発音だって日本人らしくないし。
なんだかおかしいと思っていたが、もしかして俺は長い夢でも見ているのか。それにここの村人はやけに祭りにこだわるし、一体なんだこの村は…。
そう俺が目を瞑った瞬間、ピタリと背中に生暖かいものが触れた。それに思わず驚いて飛び退いてしまう。

「わっ、ユーリ!いきなり動かないでよ〜」
「ちょ、チョン!ど、どうしたの…」
「ん?ああ、俺も一緒にお風呂に入ろうと思って。せっかくだし背中流すよ」
「へっ?!」

茶髪を肩まで下ろしたチョンは、タオルを持って俺の背中に押し付けた。そのままタオルが背中をさすっていく。許可を出したわけでもないのにそのまま背中を勝手に現れる。驚いた状態で俺は立ったままになり、後ろからチョンに背中を洗われるという変な構図になってしまった。
俺はなるべくチョンの裸に近づかないように身体を前へひいた。しかし、それに気づいたチョンもなぜか引いた俺の方へ身体を寄せてくる。そのせいか、さっきよりもチョンの身体がどんどん俺に近づいていた。
布と一緒に腕や手が肌に当たる。パーソナルスペースに入ってこられたせいで俺は謎の緊張感を抱き始めたのだ。背中は相変わらず優しい手つきで洗われている。

「ユーリ、背中はだいぶ洗えたよ。前も洗おう」

チョンはそう言うと、後ろから抱きしめるように俺の上半身を腕で包み込んできた。さすがに様子がおかしくないか、明らかに近すぎるだろ。変な冗談なら良してくれ。

「チョン、何してるんだ」と声を発そうと顔を振り向かせる。すると、チョンの顔が思ったより真近にあって鼻先が触れた。
ふっとチョンの息が唇に当たる。嫌な予感がした。


「…ユーリっていい血脈してるね」

血が一気に冷たくなり、背筋が凍る感覚がした。チョンは顔を近づけたまま、フフッと小さく笑うと前からまわした腕で俺の首筋を撫でた。
頸動脈だ。血の流れを追うように、少し柔らかな指つきでなぞられる。
彼の目は俺の顔を見つめたまま、鎖骨までへと脈筋をなぞる。少しでも顔を動かせばキスしてしまう距離だ。その一寸も間違えない距離感が俺の心臓を緊張させた。

チョンはそのまま鎖骨に到達した手を肩先へ滑らせると、クルリと俺を反転させた。その際に顔は外れ、次は俺の上半身の正面部分を洗い始めた。俺は息ができず、俺の身体を洗っていくチョンを見つめる。
ーーここは危険だ。
それだけはわかる。ふと脳裏にチュムの声が反響した。

『…ユーリ。もし何かあったらピドゥルギのとこに逃げろいいな?』


その言葉が頭の中で響き渡った。






ドンッ!と強くチョンの体を押した。
突然押されたことで、さすがに抵抗することは予期していなかったのか、チョンは「おっと」といいながら後ろによろけた。その隙を見て、急いで風呂場から抜け出す。服を取ろうと脱衣所に逃げ込めば、悠李の着ていた衣服は一切消えてしまっていた。下着なども全部無くなっている。

「ユーリ。どうしたの?なんで逃げるのさ」

少しからかったような含みにも聞こえるチョンの声に、ゾワリと背筋に嫌な陰が立つ。

(もしかして、逃げるのをわかってて…)

立ち往生している間にもゆったりと余裕そうな足音が近づいてくる。まるで、俺が逃げれない、とわかっているような…。

『ピドゥルギのところに逃げろいいな?』

チュムの言葉に縋るように、俺は意を決してそのまま脱衣所を越え、外へと出た。
何も身に纏わず、薄暗い草原を走り抜ける。全裸で露出罪として捕まろうとも、命を狙われる危険には比することはできなかった。
無我夢中で駆け抜けていく。たまに転がっている石が足裏を傷つけても、後ろを追いかけてきているチョンがいつ自分を捕まえようとしてきているのか分からず、ただ走った。

「助けてくださいッ!だれか!!」

目の前に見えた家に悠李は勢いよく突進し、縋り付いた。ダンダンッと強くドアを叩き鳴らす。誰でもいいから、ピドゥルギでなくてもいいから、早く助けて欲しかった。

ダンダンッと何度もドアを叩いていると、「うるせえよ聞こえてるよ」と中から声がした。

すぐにドアが開くと、眩しい明かりと共に先程会った格好のままのピドゥルギが眉を潜めて立っていた。
望んでいた相手を思わず見つけ、そのまま彼に抱きついてしまう。

「た、助けてくれッ!おれ、俺ッ…!!」
「は、はっ?!ちょ、やめ、ってかなんだその格好!」

ピドゥルギが無理矢理、身体を剥がそうとしてくるため、いやでも離れないとしがみつく。やめろ!と騒ぐピドゥルギと攻防を続けていると、遠くから声が聞こえてきた。

「ユーリ、どこにいるのー?裸で出ていくなんて危ないなぁー誰かに襲われて犯されちゃうよー?」

ユーリと大きな声で自分の名を呼んでいる。恐ろしいことを叫びながら自分を探すチョンに悠李は震え上がった。

(助けて…!)

そう願った時。グイッと身体を強く抱きこまれた。そのまま悠李の体ごとピドゥルギは部屋の中に引き寄せる。バタン、と勢いよくドアが閉まった。




3/4
prev / novel top / next
clap! bkm


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -