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ぼうっと立ってても仕方ないと考えた俺は、とりあえず目についた家に寄ってみることにした。

少し距離のある場所から目立っていたその家は、住宅というよりはバーに近いお洒落な外観をしていた。ドアの斜め上に看板がかけられていてよくわからない文字?記号が書かれている。でもこの感じだとやはり店のようだ。
とりあえず、他に人間がいないか探ってみようと中へ入った。


やはり予想は当たっていて、たくさんの酒瓶のようなものがカウンター越しに並んでいた。店内には客は誰もいないようだ。
ゆっくり中へ足を踏まれていくと、突然声が聞こえた。

「今日はもう神酒ないよーってあれ、誰?」

髪を後ろ手に結おうとしながら、自分と同じ身長ぐらいの少しほっそりとした男がカウンターから出てきた。店の奥から出てきたということはこの店の人間なのだろう。

「あの〜…このお店の方ですか?」
「そうだけど、どなた?見かけない顔だなぁ…」
ムッと少し太めの眉を潜める男に、先ほどのオレンジ髪を思い出して、俺は慌てて弁解する。

「す、すみません!怪しいものじゃないです!実は迷ってしまって、もう夜も遅いので泊まれる所がないか聞きにきたんです!」
「泊まるところ…お祭りを見にきたわけではないの?」
「あ、はい…」

また、祭り?どんだけ祭り好きなんだここの村人たちは、と思いながらも、暗がりにユラユラと揺れるオレンジの灯火を横目に返事した。

「なるほどね!確かにお祭りは3日後だし、今日わざわざ来る人なんていないよね。とりあえず座って、飲み物出すよ」

男はそう言ってカウンターから何か取り出そうとゴソゴソし始める。
俺はその様子にやばい!と汗をかく。実は荷物を全てどこかに落としてしまったのだ。財布もスマホも全部、あの謎の森についた時から見当たらない。

「あ、あの!すみません!お金持ってないので、大丈夫です、結構です」

手をぶんぶんと振って、ジュースか何かを作るのを止めようとする。しかし、男はこちらに振り返ると、柔らかくにこりと笑った。

「ああ、大丈夫。お代とかそういうの『ここ』じゃいらないから。とりあえず座って」

席を再度促され、悪気がないように微笑む様子に、俺は諦め半分でカウンターの小さな木の椅子に座った。


「それにしても本当に外から来たんだね。ここのルールも知らないみたいだし」
「あ、はい、なんかすみません」
「いいんだよ、むしろキミは何一つ悪くないじゃない。僕たちも外から来てくれる人は嬉しいし」

え、嘘だ。さっきのオレンジ頭はとんでもなく嫌がってたけど。
カウンターに立つ、すらりとした体型のした男は「僕の名前はチョン」と言った。

「チョン…?」
「そう、ここでバーのマスターしてる。キミは?」
「悠李です、一応学生です」
「ユーリか、よろしくね。はい、お近付きの印に」

ニコリと向けられたスマイルから、年は自分とそこまで離れているような感じはしなかった。そのままグラスを俺の前に持ってくる。
その中にはピンク色の液体が入っていた。
なんだろ、グァバ?それともピンクグレープフルーツ?

俺は恐る恐るグラスを持つと、彼が見ている中そのジュースを口に入れた。
思ったよりも甘くて口の中がトロトロ溶けていくような感覚がする。驚いて目を見開くと、チョンはどう?美味しい?と聞いてきた。

不味くはないし、確かに美味しい。でも不思議な感覚のする飲み物だ。
素直にここは美味しいと彼に伝えると、太眉を下げて良かったと笑った。


「そういえば泊まる家探してるんだよね?よかったらここに泊まらない?ここの二階僕の家になってるんだ」
「そうなんですか?通りで大きいな…と」
「まあ、確かに周りの家に比べたらちょっぴり大きいかもね。どうする?泊まるなら準備するけど」
「えっと…いいんですか?甘えても…」
「もちろん!大歓迎だって言ったじゃない!あと、敬語じゃなくてもいいよ!ね、ユーリ」

チョンはポンポンと優しく肩を叩いてくる。
飲み物もご馳走してくれた上に家まで泊まらせてくれるなんて……めちゃくちゃ優しい人じゃないか!しかも、彼の独特な喋り方のせいなのか、おっとりとしたような柔らかい雰囲気も居心地が良い。
申し訳ないなと思いつつも、俺はチョンに一晩泊めてもらうのをお願いすることにした。

「よろしくお願いします、チョン」
「喜んで!」
ふんわりとチョンは笑った。











チョンにトイレや風呂の場所を案内してもらったあと、自室のある二階へ上がらせてもらった。
二階も部屋はまあまあ広くて、窓から見えた景色は見晴らしが大変良かった。ポツポツとついた村の明かりは星空のようで、なかなか都会では見られない光景だった。

「ごめんね、僕の部屋しかないからお客様泊める部屋がなくて…。服とかタオルは用意するよ」
「あ、大丈夫!むしろこちらこそ急に泊めてもらって…ありがとう、チョン」
「いえいえ!あ、そうだ。まだ僕仕事が残ってるんだよね。ユーリはどうする?よかったら見にくる?」
「仕事?」

チョンはタンスからタオルやら布やらを取り出しながら、俺の返事に応える。

「そう。お祭りの準備でね、僕こういう店やってるから飲み物頼まれててさ。ついてこれば、きっと面白いものが見れると思うよ」

こちらに振り返ったチョンは目を細めて笑った。まるで何か悪戯っ子のようなワクワクとした表情だ。彼はこんな表情もするんだな。

確かにここでジッとしていても何もやることがない。それになにかお礼ができるなら、その仕事を手伝うのがまずいいだろう。

「うん、着いていくよ。泊めてもらうんだし、仕事俺も何か手伝うよ、チョン」
「ほんと?ありがとう。ユーリも、楽しみにしてて」

そう言ってタンスの引き出しをしまったチョンは準備をしようかと立ち上がった。







***********



チョンと並んで、瓶の入ったカゴを両手で持つ。たくさんの瓶が並んでおり、お祭りで使う分も入っているらしい。

村の暗すぎず明るすぎずの灯りに照らされながら草原を歩いていくと、ドームのような大きなテントの建物が見えた。イメージで言うとサーカス小屋みたいな感じだ。
近づいていくと思ったより大きくて、壁は布生地かと思っていたが何か硬めの素材で出来ていた。
チョンは扉を開けるとカゴを持ったまま中へ入っていく。俺もその後に続いた。


建物の中はとても暗かった。しかし、中央の舞台の上だけ月光のような青白いライトが瞬き、1人人間が立っている。白い衣装を纏った青髪の男だ。

「ちょうどよかったね、今始まるよ」
チョンが耳元でそう囁いた。


どこからか、音楽が流れ始めた。
中央の人間がくるくると大きな舞台上で回り始める。長い手足を伸ばしたり縮めたりしながら、まるでバレエのように身体を翻しながら踊っていく。
遠くからでもよくわかるほど美麗なダンスだ。光を一身に体に浴びながら、音楽に合わせ美しく舞う。白地のウェディングドレスのような着物がひらひらと靡き、紺のような少し暗めの青髪がそれにまた映えた。

気づけば音楽が止んでいた。
隣で突如パチパチとチョンが手を鳴らしたのを聞いて、ハッと意識が戻ってくる。
その音に気づいたのか、中央で舞っていた男は舞台上からこちらを見て笑った。

「チョン!来てたの?」
「うん、お届け物を持ってね。チュム、やっぱり流石だね、踊りとっても綺麗だったよ」
「ありがとう、でも来てるなら早く声掛けてくれよ、恥ずかしいだろ?」
チュムと呼ばれた青髪の男はスッと舞台から降りてこちらへ駆け寄ってくる。背がすらりと高くて手足が細長く、踊り映えする身体だと改めて思った。
近づいてきたチュムは俺の姿を見ると青色の瞳を少しまん丸くさせたが、爽やかな印象の与える笑顔をまた見せた。

「こんばんは。キミは新入りくん?」
「いや、彼は『訪問者』だよ。僕の家に泊まるお客さんだ」
「え、訪問者?」

チュムは汗一つない顔でチョンにそう問いかけるともう一度こちらをジッと見た。
また、何か言われるんだろうか……。田舎は余所者を嫌ったりすると言うが、その言葉はさっき身を持って知った。
少し緊張しながらチュムの顔を見つめ返すと、チュムは表情を戻して肩に手を置いた。

「そっか!そしたらお祭り見て行ってくれるんだよな。俺はチュム。祭りで踊りを披露するから覚えててくれると嬉しいよ」
「あ…どうも…。あの、俺は悠李って言います。えと、その…、チュムさんのことは忘れません」

変な言い方になってしまった気もするが、チュムは気にしなかったようで人の良さそうな笑顔をまた見せた。
それに彼のことを忘れないと言ったのは嘘ではない、あんな惚れ惚れとするパフォーマンスを魅せられたのは初めてだ。

「ありがとう、ユーリ。光栄だよ。あ、チョン!そういえば、もう少ししたら面白い奴らがくるんだよ。休憩がてらに、ちょっと寄って行けよ」
「面白い奴ら?…うーん、まあ大体は予想つくけども」
「だったら面白い奴らだろ?」

けらけらと笑ったチュムに、チョンは眉をくいっと動かす。仕方ないなと言う表情をしたチョンは籠を下ろし、瓶を取り出すと、チュムに手渡した。
チュムがグイッと飲み物を飲んだ瞬間。
ギィというドアの開く音が響き渡った。
あまりにも音が大きく、方向も真反対だから俺たちの入ってきた扉ではないだろう。
誰だろうとチョンとチュムに合わせて振り返った。

村の灯りを背に、2人の人間が開かれた扉の前に立つ。
ミカンのような橙色の髪ともう1人の長く垂らされた黒髪の姿が見えた。
チュムはその2人に向かって大きく呼びかける。

「ケチョル!ピドゥルギ!遅いぞ!」
「…うるせえよ、チュム。こっちはお前らと違って忙しいんだよ」
「あ!チュム、お待たせ!あれ?ほかに誰かいるの?」

(え?もしかして……)
聞き覚えのある声に嫌な予感で額に汗が浮く。

スタスタと近づいてきた彼らは先ほど見た顔が二つ並んでいた。
あちらも俺のことに気付いたようで、1人は目を大きく輝かせ、もう1人は一気に眼光を厳しくした。

「ユーリ〜!ここにいたんだ!よかった、また迷ってないか心配だったよ」
「け、ケチョル…」
「あれ?ユーリ、ケチョル様と知り合いなの?」
「実は…」
「知り合いでも何でもねえよ、クソ!てめえはまだここにいたのかよ!早く出て行け!!」

俺が答えようとした言葉を遮り、ピドゥルギは怒鳴りつけた。
理不尽な怒鳴り方に俺は思わずピドゥルギを睨んでしまう。しかし、その睨みに全く応えていない彼はベラベラとまくし立ててきた。

「ケチョル様どころか他のやつもタラし込みやがって…女かてめえは。本当に目障りだ、消えろ!」
(ーっ!なんでこいつはこういちいち俺に突っかかってくるんだ。何もしてないし、なんならお前には俺の行動なんて関係ないだろ!)

唇を噛みしめながら胸の中で悪態を吐きまくる。
ピドゥルギは相変わらず細長い目を吊り上げてこちらを睨んでいた。いきなり喧嘩腰になったピドゥルギに慌ててチュムが飛びつく。

「ピドゥルギ、落ち着いて。久々に来た外の人なんだ。その言い方はやめな」
「うるせえ、外のやつが来た時ほどロクなこと起きねえだろうが!お前らだって嫌ってぐらい知ってるだろ」
「それでもユーリは何もしてないじゃないか。お前が言うこともわかるけどさぁ…。ああ、もう!ねえ、ケチョル、何かピドゥルギに言ってやってよ」

チュムはそうやってケチョルに助けを請う。
(え?ケチョルに助けを求めるのか?)
どちらかと言うとぼんやりしたイメージのケチョルにわざわざお願いするチュムが少しよくわからない。

一方で、ケチョルはチュムの言うそれを理解したのか。ピドゥルギに近づいて彼の肩を掴んだ。

「ピドゥルギ、彼は外から来た者でも、『訪問者』だ。僕のお客様だよ」

その言葉にピドゥルギもだが、チョンやチュムもピリ、ッと空気がひりついた。
空気が一気に冷たくなる。何か起こったのかと部外者の俺も気がつくほどだ。
ピドゥルギは信じられないとケチョルを見つめ、ケチョルはそれに穏やかに笑い返す。ピドゥルギはまだ目をかっ開いていたが、ケチョルは突然振り返って俺の方を見た。

「ユーリ、ここに来てキミが初めてあった人間は『僕』だよね?」

他の3人のせいだろうか、幾分か前に聞かれた質問だが、何か意味合いが深く帯びているような気がする。すぐには返事ができなかったものの、間違ってはいないため、俺はコクコクと首を縦に振った。

それを見たピドゥルギは、チッと舌打ちを漏らした。
俺はビビって思わず身構える。
だが、その後彼は何も言わず、俺らのいる方とは別の方へ歩き出していった。
そのままケチョルも変わらない様子でピドゥルギの後をついていく。一瞬だけまたケチョルはこちらを見たが、バイバイと俺らに軽く手を振るだけだった。
そのタイミングを見てか、チョンがチュムに声をかける。

「チュム、まだ準備があるの?」
「あ、うん。ケチョルとピドゥルギの方がね」
「そっか。俺たちはもう用事済んだから帰るよ。…確かに面白い2人だったね」
「チョン…」

チュムは困ったように苦笑いした。チョンは茶髪を揺らしながらクスクス笑うと、床に置いていたカゴを手に取った。俺のカゴの中の酒ももう出してしまったようだ。チョンは俺の分と合わせてカゴを二つ重ね、腕に引っ掛けた。

「それじゃあ、チュム練習頑張って。ユーリ行こう」
「あ、うん」

用は済んだ俺たちはまた来た扉の方へ向かう。しっかりとした足取りで歩いて行くチョンの後を慌てて追いかけようとした。
しかし、その時。
誰かによってグイッと後ろに腕を引っ張られた。


「…ユーリ。もし何かあったらピドゥルギのとこに逃げろ、いいな?」

チュムの前髪が俺の頬に垂れ、そう低く、小さく、囁かれた。

(え…、どう言うこと?)

それを聞き返す間も無く、チュムはケチョル達の方へ駆け出してしまう。
俺は少し呆然としてしまったが、チョンの呼ぶ声に慌てて扉の方へ向かった。



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