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「はぁ〜!?最終バス16時〜!?」

山なりが続いているからか、俺の大声はこだまして反響する。
ボロボロのバス停の看板は16:07という文字。
今の時間は17時30分すぎだ。
嘘だろ、田舎なめてた。

大学4年生春。そろそろ社会人になってしまうし、就活も始まる。俺は大学の春休み2週間を割いて一人旅を行くことに決めた。今までの俺なら絶対しないような計画性ゼロの行為。よくわからないド田舎の名前も知られていない山里に無茶で突撃した。……結局はどんな場所でも良かったのだが、自分の力でどこまで行けるのか試してみたかったのだ。

ーーやっぱり慣れないことするんじゃなかった。
くるりと看板に背を向け、とぼとぼ山道を歩いていく。
多分就活が近づいてきたことや社会人になるという焦りもあるだろうし、なにより先月じいちゃんが死んだ影響が大きかったのかもしれない。人って必ず死ぬし、自分の人生って自分で決めて歩いて行かなきゃいけない。自分探し…とはよくいうが、自分が何者なのか、もしくは自分がこの世界で生きている意味を見つけたかったんだと思う。


あたりはますます暗くなっていく。俺はよく知らない土地に来たが、野宿やサバイバルをしに来たわけではない。早く民家を見つけて、一晩だけでも泊まらせてもらおう。

そう思い、後ろポケットに手を突っ込んでスマホを取り出そうとした時。
ズルリと片足が宙に浮いた。

(う、そだろ…!?)

踏み外した俺の体はそのまま傾いて地面に倒れ込み、勢いよく斜面を滑り落ちていく。
体にゴツゴツと岩や土や木の破片などが当たり、痛みを飛ばしてくる。
ザザザッという耳障りな枯れ葉や石が自分の体と擦れる音を聞きながら、俺は瞬時に『死』を覚悟した。




『来て、早く来て』
頭にグワングワンと声が響いた。少し掠れていて、でも精錬とした声色だ。

『来て…もう一人ぼっちはやだ』
もう一度声が響くと、全身に光が差していく。
なんだこれ、とっても眩しい…!
ギュッと体を縮こめようとしたとき、ふわりと花の甘い匂いが漂った。








目を薄く開いた。
俺はまだ森の中にいて、ぼうっと突っ立っている。日は暗くなり、青空は見えなくなっていたが、沢山の色鮮やかな花々が周りで揺れていた。

「なに、ここ…」

キョロキョロと辺りを見回す。俺はさっき崖から落ちたはずじゃ……。
身に付けた衣服には泥や土の汚れはなく、土砂の斜面を滑り落ちていたはずなのに怪我一つない状態で立っていた。
何があったのか思い出そうとするが、頭がぼんやりとする。

急に、ふわりとまた、あの甘い花の香りが鼻をかすめた。思わず風上の方を振り向く。
花弁がチラチラと風にのって舞う中、小さなガラスの台に片頬をつけ、跪って目を瞑る綺麗な顔の人間がそこにいた。
絹糸のようなブロンドの髪に長い睫毛とスッとした鼻筋、唇は少しやんわりとしていそうだ。綺麗な女の人だ。ヒラヒラとまだ舞っている花弁は星のようにキラキラしている。

ふいに足がその方向へ向いた。ガサリと靴と草花が掠れる音がし、眠っていた綺麗な人は俺の足音に目を醒した。
顔をあげる様子も大変美しく、まるで絵画の美女のよう。こちらに気づいたのか、その人はパープルの瞳をこちらへ向けると、ハッと顔を強張らせた。その瞬間、勢いよく花弁が舞い上がり、強風が体を押し倒すように吹き荒れる。

「うわっ!」

俺は綺麗な人の顔を一瞬だけ見れたが、突風に乗せられた花弁が勢いよく顔に飛び込んでき、急いで腕で頭を隠した。
ものすごい強風が辺り一帯を吹き荒らしていく。しかし、暫くすると暴音は弱まっていき、風の力が和らいだ。
風の勢いが弱まったのを感じ、顔の前からゆっくり腕を下す。もう一度同じ場所に目を向ければ、そこにはもう美しい人の姿はなかった。


「な、なに…夢?」

突如人間が消えてしまったことに呆然とする。
キョロキョロ周りを見回しても、人の姿は全く見つからなかった。
そして、ふと『何か』想像し、ゾクリと背筋に冷たいものが這う。
もしかして幽霊か何かじゃ…ーー

ガサガサッ。
唐突に過った考えを引っ叩くかのような、草木が大きく擦れる音が聞こえた。

(もしかして、本当に…!)

ゾワゾワと肌を荒立ち、俺が両手で肩を掴んでは護身に入ったとき。
黒の長い髪が目の前で揺れた。

「あれ?もしかして、人?」

もしかして、人?
怖い言葉を発する、黒髪の「少年」に体が震えあがる。恐ろしさから目をうまく開けきれず、細めになる。
そんな俺の様子を見た男の子はポカンと口を開くと、次の瞬間ケタケタと笑い出した。

「大丈夫?お兄さん。もしかして道に迷った?」

ニパッと無邪気に笑いかけてくる少年は、思ったより背が高かったのか、蹲み込んでいた俺の方へ体を屈めた。

「お兄さんここら辺の人じゃないでしょ。危ないから俺についてきなよ」
「えっ…?」

少年は状況が掴めてない俺の腕を無理矢理引っ張りあげると、そのまま両腕を絡めて、よくわからない方向へと連れて行かれてしまう。

(……待ってくれ、これ、割と危ないんじゃ)

知らない少年に引っ張られるままの俺は頭が混乱しまくりで、彼の腕からうまく抜け出せない。
見ず知らずの人間をグイグイと強い力で引っ張っていく少年に不安ばかり湧き出てくる。
体を揺すったり引いたりして、彼の腕から抜け出そうと奮闘している間に、暗かった森の中を抜け、広い高原が目の前に現れた。
明かりがまばらに付いているのが見え、一個一個の距離間は離れているが、思ったよりも明るい。人はパラパラとしか歩いていないが、住んでいる気配はある。街ほどという賑わいはないけど、村ぐらいには人が居そうな雰囲気だ。
突然現れた村の風景を観察していると、少年は腕をより強く握った。

「お兄さんこっちこっち」
「え、待って、待って…!」

まだ街の中をグイグイと引っ張って行こうとする少年に慌てて声をかける。慌てた様子に気づいたのか、少年は一旦引く手を止めるとこちらに振り向いた。

「どうしたの?」
「いや、あの、なんていうか、突然すぎて状況が…」
「ああ、ごめんごめん。今、村はね、お祭りの準備中なんだ」
「は?」

俺の聞きたかった答えと全く違う返事が返ってきて思わず眉根を寄せてしまう。少年はあれ?違った?と首を傾げている。

「えっと、まずここがどこなのかって言う…」
「あれ?このお祭りを見に来たわけじゃないの?」
「お祭り?」

何を言っているのかちんぷんかんである。
しかも初めて来た土地なんだから、お祭りを開催するなんて知るわけがない。
これじゃ話が進まないと察した俺は、自分から言葉を切り出した。


「あの…俺は悠李って言います。さっきホテルの予約を取ってた隣町行きの最終バスを逃してしまったので、今夜一晩泊まれる家を探しているんです」
「…はあ」

しかし、次は、少年の方が上の空で返事をした。何だ、その態度は。なんだか俺の話を聞きながらも少年は別のことをぼんやりと考え込んでいるようにも見える。

「ゆーり…?ユーリは、そしたらこの祭りを知らないで来たんだね?」
「あ、はい、そうですけど…」

もう一度よくわからない質問を投げかけられ素直にそう答えると、ぼんやりとしていた少年の顔は次第に嬉しそうに頬を赤く染めて、ニコリと破顔した。

「そっか!そうなんだ!家探してるんだよね?よかったら僕の家に泊まって行きなよ!僕の家この村で1、2番に争うぐらい広いんだ!」
「あ、そ、そうなの?」

急にテンションが上がった彼は俺の腕をまた強い力で引っ張りだした。その様子に驚きつつも、この体全身から溢れる無邪気さは何か悪いことを企んでいるようには見えなかった。むしろ、俺を歓迎しているような勢いだ。

「僕の名前はケチョル!ユーリ、会えて嬉しいよ!」
「あ、ああ…?よろしく、ケチョル」
名前を呼ぶとフフッと赤いほっぺたをケチョルは揺らした。この子もよく見れば幼い顔に反してとても綺麗な顔立ちをしている。少し長めのローブにも似たコートを揺らして、俺の顔をもう一度見ては笑った。

「僕はユーリがここに来て初めて会った人間だね!」
「ああ、そうだね…」

…ちょっと変わった子だ。いや、かなりかも。
そう思ってまじまじとケチョルを観察していると、遠くから誰かがこちらに近寄ってくる音が聞こえた。


「ケチョル様っ!ここにいたんですか!」
「あ、ピドゥルギ!どうしたの?急いで」
「ケチョル様、次は神酒の用意をしないと…って、誰ですかこの人」
ピドゥルギと呼ばれた、赤に近いオレンジ髪の少年がこちらを見ては睨んできた。ケチョルを呼びにきた際は害がなさそうだったのに、俺を見た瞬間、嫌悪感丸出しである。鋭いアーモンドの目がこちらを強く射抜いている。

「あ、この人はユーリ。外から来たって」
「外?ってことは部外者ですか?」
「ぶ、部外者…」
「ピドゥルギ、そんな言い方は…」
「部外者ですよね?なら放って置きましょう。外の人間と関わるとろくでもないんですから」

そういうと、ピドゥルギはドンッと俺の胸を強く押した。びっくりしてよろけた俺は後ろに後退し、ケチョルを隠すようにしてピドゥルギは俺の前に立ちはだかった。

「早くさっさと出て行け。見たもの珍しさできたんだろうが、ここは余所者が入っていい場所じゃねえんだよ。……失せろ」
「ピドゥルギ!ちょっと!!」

そう橙色の髪の少年は言い捨てると、ケチョルの静止の呼びかけも聞かず、彼はケチョルを無理矢理引くかたちで、二人してどこか遠くへ立ち去ってしまった。


あっという間の出来事に一人取り残されてしまった俺は、何も出来ずに呆然と見つめることしかできなかった。
ゆっくりだが徐々に意識が戻ってくると、次はふつふつと怒りが湧き出てきた。

「な、何だあいつ!初対面のくせに失礼だろ!しかも部外者とか余所者とか…来たくて来たわけじゃないっつうの!」

理不尽な嫌疑に腹立たしくなり何か勢い任せに蹴り上げたくなる。しかし、草や花々しか生えていないこの草原で蹴り上げるものを探す方が大変難しかった。








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