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環也はあのあとすぐ、地下の部屋から俺を追い出した。気づけば店自体の営業は閉店時間に近づいていたが、環也はそれを待たずに自分の荷物を持ち出してくるとそのままタクシーに俺を連れて乗車した。クラブの仕事自体放棄するようだ。タクシーに乗せられた俺は環也の指示に従い、俺の自宅まで移動した。
タクシーの中は沈黙した空間が続き、なんとも言えない緊張感が満ちていたが、俺も何も口を開くことはしなかった。自宅の前につけば急いで車から降ろされた。高い乗車賃は環也が支払ったようだった。てっきり自分だけ降ろされると思っていたが、環也も当たり前のようにタクシーから降車してくる。それにギョッとして彼を見つめると、「お前の家に泊めろよ」と無理難題を言ってきた。
自分を脅している相手を入れることに不快感を表せば、環也は「お前に拒否権はあるのか?」と再度脅してきた。自分はあの選択の中で、彼の命令に従うことを選んだ。
仕方なく、俺は家に奴を入れた。

「学生マンションのワンルームか」
「ああ、そうだけど」
「歩麻の家からは近いのか」
「いや、そんなに近くないと思う。アイツ実家暮らしだし。でも、学校がある日は大学近くに住む友達の家を回ってるみたいだったけど…」
「アンタの家には来たことないの」
「ないけど…てか、誰も入れたことない」
「へえ、じゃあ俺はアンタの部屋に初めて入った人間だな」

まさか親よりも先に今日会ったばかりの知らない男(自分を脅している)を部屋に入れるとは、夢にもおもわなかった。環也は靴を揃えて脱ぎ、部屋へ入ると勝手にソファに座った。俺はまたそれに何か言おうかと思ったが、これでまた何か命令やいちゃもんでもつけられたら困るため黙ることにした。口を閉じるのは元から得意だ。少しモヤッともしたのは事実だが、黙っておくことにする。

「ハァ、お腹すいた。ご飯なんかないの?」
「ご飯…?カップラーメンしかないけど」
「は?カップラーメン?飯作れよ」
「材料とか買ってない…。それに俺そんな自炊しないし」
「は?お前マジで言ってる?食生活どうなってんだよ。…ってオイ、本当に何も入ってねえじゃねえか!」

環也はいつのまにか勝手に冷蔵庫を開けては、中身を見てギャーギャーと騒いでいる。やけに緊張感のない、身勝手な行動だった。

「なんだよこれ。オイ、近くのスーパーって何時に開くんだよ」
「えっと…9時とか…だった気がする」
「そうか…。チッ、今は仕方ねえからカップラーメンで済ます。早く用意しろ」

これは、命令、なのだろう。とりあえず帰ってくれるまでは従うしかない。ヤカンに水を入れてお湯を沸かす。所望されたように沸いたお湯をカップラーメンに注ぎ、小さなテーブルに置いた。彼はテーブルの前にあぐらして座り込むと、時間と同時に食べ始め、あっという間に完食した。横暴な割には、食事の後を綺麗に後片付けしていた。
それから、9時になるまで寝るから起こせとまた命令され、環也は俺の許可も取らずベッドの上で寝てしまう。求もオールで酒に酔っていて体力は限界だったが、この時だけの我慢だとタイマーをかけてソファで眠りについた。




・・・・・・・

なんだか芳ばしく、胃をくすぐるような美味しそうな匂いが香ってきた。
目蓋をゆっくりと開けパチパチとさせる。狭い部屋の中からジュージューと何かが揚がってるような音とカンカンと金属が当たる音が聞こえた。

(誰かがいる…?)

求はハッとしてベッドの方を見た。しかしベッドの上はもぬけの殻でスマホで時間を確認すれば、10時を過ぎていた。慌てて立ち上がり、キッチンの方へ寄る。すると狭いキッチンで、環也が勝手にフライパンを使って飯物を炒めていた。

「あ、アンタ遅えよ。アラーム鳴ってんのにぐーすか寝やがって。しょうがないから1人で買い物行くしかなかったじゃねえか」
「は?え?何してんの?」
「は?見てわかんねーの?炒飯作ってんだよ、炒飯。あ、皿よくわかんねえから勝手に出したぞ」

環也はそういうと、炒飯を手際良く皿に盛り付けてしまう。求がほぼ2、3回しか使わなかった調理器具を使いこなし、手慣れたように洗い物まで始めた。
驚きのあまりポカンとその様子を見つめていると、環也は「食べねーのかよ」と不機嫌そうに睨んでくる。それに求は慌てて「食べる」と返事し、食器やスプーンを用意して一応中にあったお茶をコップへ注いだ。
テーブルの方へ行けば、環也は当たり前のように炒飯の並べられたテーブルの前に座って茶を出されるのを待っている。お茶を差し出せば、「ん」と素直に受け取り、お前も座れと顎で指示された。

どうなっているんだ。

環也は求が座ったのを確認すると、両手を合わせて「いただきます」と炒飯を食べ始めた。どんどん炒飯を口に運ぶ環也につられて、求も恐る恐る炒飯を口に入れる。求は炒飯を一口食べて驚いた。うまい。これを環也が作ったのか。先ほど冷蔵庫を確認した時キャベツや卵など勝手に突っ込まれていたが、本当に彼が自分で用意して料理したのだと驚いた。
環也は大して何も話さないから、求も無言で炒飯を食べる。しかし、環也の料理があまりにも美味しいため食事に夢中になりあっという間に皿を空にしてしまった。そのおかげか無言の時間は全く気になることはなかった。そして環也は求が食べ終わったのを見計らい、求の分までまた食器をさっさと片付けしに行ってしまったのだった。

求は環也の後ろ姿を見ながら、ふと思う。所々の所作や行動にきちんと躾けられた育ちの良さが環也から伺えるのだ。料理だって手慣れているんだろう。あんなに手際よく、クオリティの高いものを作っていた。そんな今の姿は、歩麻にあんなに憎悪を向け殺してやると言い放った男とはあまりにも違くみえた。




皿洗いを終えた環也はベッドの方へ戻ってきた。ここの部屋が自分の部屋であるかのように、ベッドへ座り込む。

「アンタ、次からはちゃんと材料を買い揃えておけよ。野菜と肉、卵と牛乳は絶対だ」
「は…?なんで…?」

思わず突っ込んでしまう。あまりにも馴染んでしまっている彼に少し辟易したのもあるかもしれない。環也はこちらを見ると、またあの馬鹿にしたような目でこちらを見た。

「…しばらくここに泊まる。俺の家よりもアンタの家の方が大学も近いし、アイツに接触しやすい」
「は?今日だけじゃなかったのか!」

キツく声が張り上がった。交友関係が薄い求にとって誰かと共にいる時間は大変ストレスであったし、信用もできない男を家に住まわせるほどの許容力もなかった。
男は反抗を見せた求を横目で睨み返す。

「お前は新田の復讐材料だ。出来ることなら、なんでもやるしなんでも使う。ただそれだけだ」
「そんなこと言われて俺が従うと思っているのか!」
「従う従わないも、従ってもらわなきゃ困る。…お前は知らないだけだ、アイツがどんな汚くて非道極まりない奴かを」

そんなことを言われても困る。俺の知っている歩麻は夜遊びや悪い遊びはしていたが、人を傷つけるようなことはしていなかったはずだ。それにあの時の俺を強く抱きしめてくれた、助けてくれようとしていた。…俺がそれを逆に拒んでしまったが……。最後に見た歩麻の顔を思い出し苦い感情になる。求はやはり納得できなくて少しでもと男に抵抗した。

「お前のいう歩麻はそうかもしれないが、俺の知っている歩麻は決してそんなことはしない…。あんたのいうことは否定しないしするつもりもないが、俺にとってはアイツはやっぱり友達だ」
「ハッ?友達?友達じゃねーよ。アイツは『都合の良い人間』をそう呼ぶだけさ。お前はアイツのお気に入りだったからもっと甘やかされたんだろうけどよ。アイツは俺らのことを玩具としか思ってねえ」

環也は相当歩麻を嫌っているようだ。機嫌がまた悪くなっているのを感じ、歩麻に相当な恨みがあることを再度認識した。
やはり、歩麻を守るには自分が彼を出しぬかなければならないらしい。求はそれに覚悟を決めるしかなかった。


その時、突然インターホンが鳴った。
今日は日曜日だ。特に配達も頼んでいなかったはすだが…。
睨んでいた環也はふいっと視線を逸らして、ベッドの上へ寝転がった。俺も、待たせるのは申し訳ないと玄関へ向かう。
誰が来たのかわからないため、念のためチェーンをかけたままドアを開ける。
すると、ドアの隙間からふわりとタバコと酒と、知っている甘い香水の匂いが香った。赤毛のような髪色が目に入る。

「あゆ、ま…」
「求…今日はごめん。いろいろと話したいことがあるんだ。家に入れてもらってもいい?」

歩麻が部屋の前に立っているのに驚いた。
もちろん歩麻が家に来たのは初めてだし、家のことは聞かれたとしてもしっかり教えたことはなかった…。しかし、なぜか歩麻は家の前にいた。なんでここにいるのか、なぜ俺の家を知っているのかと疑問が湧き上がることと同時に、いつもの様子の歩麻に少し安心する自分もいた。
しかし、家に入れることはできない。なぜならばアイツがいるからだ。

「やはり来たんだな」

環也が壁にもたれかかりながら、ドアの隙間から見える歩麻を見てそう言った。



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