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視点?????


信じられない。いや、もしかしたら…とは心のなかで思っていたはずだ。
しかし、こんなにすぐ機会は来ると思っていなかった。


新田(にった)歩麻(あゆま)。派手な容姿に、人を見下したようなあの態度。自分が人よりも上にいることを信じて疑わず、傲慢に自分の欲望のみで生きる、不躾な蛮行さ。
一瞬たりとも忘れないし、間違えたりしない。苦しかった日々への報復。復讐。雪辱を今ここで果たせと神が言っているのだ。それぐらい俺の計画の万全さと環境は揃っていた。

ああ、あいつには俺が受けた絶望の何十倍の苦しみを…。
俺はなんとも表現できない震えを押し殺して、事務室へと向かった。


*********
視点:求

やけにホール内は騒がしかった。思ったよりも広い会場と不思議な造りをした建物。
どの階もけたましく音楽が鳴り響き、たくさんの男女に、タバコと酒の強い匂いが満ちていた。

「歩麻メインの方行こうぜ、最上階の」
「お前、いきなりそっち行くのかよ!まずは一階で何人か捕まえて上行こうぜ」
「がっつきすぎだろお前ら!待っとけば寄ってくんのにさ」
「は?それは歩麻の顔だからだろうが、自慢かよっ!」

ぐいっと肩を押されても、歩麻は怒るわけでもなく、しかし否定もせずケラケラと笑った。
一方で、できるだけ人の波に紛れないように体を壁際に寄せて求は、彼らの様子をじっと離れて見ていた。

面白い場所と彼らにつれてこられたが、それは求からしたらとんだ勘違いだった。

ここはクラブ。ガンガン音楽はなっていて頭は痛いし、イケイケなお姉さんとそのお姉さんの体に触れて良からぬことをしようとしている男のカップルが目に入る。ガードマンの強面の黒人は睨まれるし、内心気が気ではない。マジで最悪だ。あいつ何考えてんだよ。
飲んでもいないのにこの店に入るだけで高い入場料を取られてしまうし、そのせいで店を出たくとも出られない。陽キャな彼らは女の子をナンパする話で盛り上がっていて、さすがにあんなに楽しく飲んだ仲だが、もう俺は彼らについていけなかった。

2人と話していた歩麻だったが、求に気づいたのか、隅のほうへ寄ってくる。そこへ偶然通りすがった香水の匂いがきついお姉さんたちが熱い視線で歩麻を見た。
女の人たちもこの場の空気のせいなのか、わざわざナンパ箱と呼ばれるクラブにきているほど上がっているせいなのか、格好の良い歩麻に釘付けであった。しかし、歩麻は気にも留めないようにその視線に全く関せず、求に近づいた。


「求、お前そんなとこにいて何してんの?」
「うるさい…。俺こういうとこあんまり得意じゃないんだよ。隅のほうがうるさくなくて落ち着く」

拗ねたようにそう答えると歩麻はケラケラと笑った。

「クラブまで来といて、その発言は求らしいわ!え、なに?踊ったりナンパするの興味ないの?」
「…はぁ。俺はお前らと飲みに来たんだぞ。女の子を引っ掛けたり、頭のうるさい音楽聞いて踊りに来たわけじゃない…、それに行き先知ってたらついてこなかった」

店の前にとんでもない行列ができていて、わざわざ身分証のチェックまでされたから、どんなすごい店なのかと期待していたのに…。入ってみればこんな騒がしい場所だったなんて、ほんと今日は騙されてばっかりだ。


歩麻は少しピリピリとしている俺の方へ更に近寄ると、同じように壁にもたれかかって、顔を覗き込んできた。

「知ってる。求、クラブとかいきたくねーって言いそうだったもん。だから今日連れてきたんだよ」
「は?嫌がらせか?いい加減にしろ」
「求、怒んな〜って。酒が飲めないとは言ってないだろ?クラブも全部の階がこんなにうるさいわけじゃない。ゆっくり飲める場所もちゃんとあるんだよ。女の子と遊ばない分、俺が付き合うからさ、な?機嫌なおせって」

歩麻の友人二人は何やらこちらに叫んでいて、女の子をゲットしに他の階へ行ってしまうようだった。歩麻は宣言したとおり、俺と一緒にいると彼らに告げ、結局俺らは2人とは別行動することになった。
てっきり2人と一緒にナンパしに行くと思っていた歩麻がここに残ったのに俺は驚いた。別に歩麻は女性に困った感じも見せなかったが、そういうのに興味がないとも言った感じもなかったからだ。歩麻に腕を引っ張られて別のフロアへ移動する。その最中も、主に歩麻へ何人か女性が声を掛けてきた。しかし、歩麻はそれを綺麗にいなしてしまい、今現在、静かなフロアで俺と2人向かい合って酒を飲んでいる。なんだかそれが、女性を置いて俺のことを優先してくれているような勝手な優越感と、俺が怒ったから宥めようと無理に付き合わせている罪悪感を感じさせた。

だがしかし。
歩麻が騙したのは事実。そんな気持ちは置いて、奢りという歩麻の一声に乗った俺は淡々とまた酒を煽った。





○○○○○○○


「おい、求、大丈夫か?」
「うっ…」

頭がぼやぼやとして、歩麻の声を聞き取るのもやっとだ。タバコと酒の濃い匂いが当たりいっぱいで、より脳機能が低くなる。

「求、ちょっと待ってろ。水もらってくるから」
「歩麻…」

ごめん。ありがとう。そう言いたいが、うまく言えたかはわからない。呂律もちゃんと回っているのか判断できない。
歩麻はじっとしてろと声をかけると、そのまま慌てて何処かへ行ってしまった。
熱かった体が急に冷えてきた。手先が冷たいし、エアコンの冷気が直接当たって非常に寒い。酒の飲み過ぎでおれはすっかり酩酊状態になってしまったようだ。

身を縮めて、足の長いテーブルに上半身乗せてもたれかかった。

(すごく眠い、それに体もだるい。もう家に帰りたい…)

そう思うとより体はしんどくなってきて、テーブルにもたれかかっているのも嫌になる。
思わず、その場で蹲りかけようとした時。
ふわりと誰かが肩に触れた。

「お客様、大丈夫ですか?」

歩麻ぐらい背の高い、茶髪の男がそうたずねてきた。白黒のボーイ服を着ており、どうやら店員のようだ。

『大丈夫』そう言おうとしたが、求の体はそのまま店員の方へ倒れてしまう。
突然のことにも店員は器用に俺を抱き留めると、「場所を移動しましょうか」と強く体を引いた。
どうしようかとも思ったが、体は思うように動かないし、とてつもなくしんどい。肩の手を振り払うことすらできないほど力も出なかった。

体を預ける方が楽だと判断した俺はそのまま店員に身を委ねることにした。
店員に支えられながら階段を降り、ホールを抜けて下へ下へと降りていく。フラフラする足元になるべく意識を向けていればいつの間にか地下まで来ていた。

「こちらへどうぞ」

そう腕を引かれて、ガラス越しの扉の奥へ入って行く。その際、酔っていた俺の脳には歩麻のことなどすっかり消えてしまっていた。



部屋へ移動すると、真ん中の長椅子に何個かの扉が目についた。むしろそれしかない。
店員はそのまま奥の扉の、左から三つ目を開いた。無言で店員はその中へ勝手に入って行く。無断で入っていいのか、そう思いギョッと一瞬したが、腕を掴まれているからそのまま店員と一緒に中へ入ってしまう。

入れられた部屋の中は個室のようなワンルームになっている。ビジネスホテルのような狭い空間で、ツインサイズのベッドとスナックテーブルしか置いていない。
店員は俺をベッドの前まで連れていき、そこに腰を下させた。ずっと立ちっぱなしであったため、やっと座ることができて気分が悪かったのが少し和らぐ。ふうと呼吸が漏れた。

「お客様、気分がまだ悪そうですね?そのまま寝ましょうか」

店員はそう言って俺の体をベッドの上へ寝かせた。うつらうつらとして、顔がはっきりとは見えないが、色抜けしすぎたのかキツめの茶髪が目にこびりついた。
店員はそのまま俺の隣に座り、俺の履いていたスニーカーを脱がせた。キツかった足が開放感に包まれる。スニーカーをベッドの脚元に置いた店員は次に俺の上着を脱がせていった。

もうほぼ頭は回っていなかった。
1着1着衣服を脱がされていきながら、まぶたが重たくなっていき、肌に触れるシーツがとても心地よく感じる。



「バカなやつ」

そう笑った声は聞こえなかった。










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