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それから10日ほど経った。
殊夜兄上の部屋に住んでいるが、特に可も不可もない生活を来は過ごしていた。
貧乏な山の中で生活していた頃に比べては、飯も服もこの大きな屋敷も可ではあるが、兄弟達との関係は特に深まるわけでもなく、あの父親はあれから一度も顔を合わせていない。

殊夜兄上もそのことは特に何とも思っていないようで、ここでは「これ」が普通なのかと享受した。



殊夜兄上は学業に忙しく、ほぼ朝から夜まで学校へ行っている。朝貴兄上も学業へ勤しんではいるが、殊夜兄上に比べては早く帰宅することが多く、夕晴と俺の面倒をよく見ていた。
夕晴も学校へ通っているようだが、あまり学の才能がないらしく、家へさっさと帰ってきては勉強をほったらかして朝貴兄上へ甘えたり、学校の友人たちと遊びにでかけているようだった。
一方、俺はまだこの見た目や文字の読み書きもできない頭であるため、まだ学校へ通うことはできてない。そのため文字の読み書きを朝貴兄上に教えてもらっていた。

朝貴という男はほかの兄弟に比べて我があまり強くなく穏やかで面倒見のよい性格だった。
「来、ただいま。ちょうどお菓子を近所の方にもらったんだ。食べるかい?」
襖を開けて、白いシャツに黒のズボンを着た朝貴が風呂敷を持ったまま声をかけてきた。

来は緑の縁がとられた淡い紺の着物の裾を揃えて朝貴に向き直って「お帰りなさい、ぜひ頂戴したいです」とこたえた。
朝貴はその答えにそうかと目をキュッと嬉しそうに引いて、使用人へ風呂敷ごと手渡した。
朝貴はそのまま来のいる座敷へ入る。
ちょこんと可愛らしくも品のあるように座った朝貴は、先ほどまでは机の前で紙に文字を書いていた来へ話しかけた。

「来、もうひらがなやカタカタは書けるようになったかい?」
「はい、兄上。文字も少しずつ読めるようになってきました」
淡々と来は朝貴へ言ったが、朝貴はそうかと嬉しそうに来の白い頭を撫でる。

来はまだ愛想のつき方がよくわからずぶっきらぼうな言い方をしてしまう。しかし朝貴はそれに怒ることはなく、そのままでいいのだと穏やかに笑むだけだった。

頭をやんわりと撫でていた朝貴の手が太陽光で反射した来の絹髪を一房手に取る。
「来の髪は本当に綺麗だ、まるで神様みたい」
するりと細い指が日本人とは思えない来の白い髪を梳いた。
「そういうのは朝貴兄上だけですよ」
ましてや神様だなんて。
実の母親にまで化け物と言われ、山の中へ長い間隠されていた来はポツンと素直にそう言った。

朝貴はそうかなと一旦は首を傾げたが、僕は変わり者らしいからねとクスクスと笑った。

クスクスと笑った朝貴の顔は、いつもの穏やかに見せようとする笑みとは違って年相応に見えた。来は胸をとくとくと高鳴らす。

優しい朝貴は弟や兄のことを愛し、ただ素直に身を捧げる。このような人間に来は一度もあったことがなく、朝貴の方が神様なのではないかと思った。


朝貴のいる暖かい空間は来の長いこと冷めきった心を少しずつ溶かし癒していく。来は朝貴の指を素直に受け入れ目をとじた。
自分もこの人といればいつかこんな風に笑えるのだろうか。そう思うことがより増えて、かつそんな風に自分が思っているのを最近自覚して驚いている。


赤い瞳を開けては頬の上がらない来の顔がぼんやりと朝貴を見つめる。その様子に朝貴は何も言わず小さな丸い白髪をゆっくりと撫でた。






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