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長ったらしい髪を梓(あずさ)は一つに結んでため息をついた。クーラーをつけているのにまだ暑いと扇風機に当たりながら梓は長い前髪を揺らす。帰宅部の俺と梓は今日も俺の部屋に篭っていた。

「郭那(かくな)、また馬鹿なこと言ってる」
「はぁ?それよりも、いい加減、髪切ったらどうだ。邪魔なんだろ」
「うん、じゃまー。でも、髪切ったら似合わないって言ったの郭那じゃん」
「お前が髪短いの想像できねえもん。絶対ツーブロとか似合わない」
「ほんと?…絶対ツーブロしない」
「なんで俺の意見を採用すんだよ。それこそプロに聞けばわかるだろ」
「プロねえー。郭那プロプロいうけどさ、プロも全部のことはわからないでしょ。美容師なんか特に主観入りそうだし」
「でも、プロってその道極めた奴だろ?俺らよりは詳しくねえとダメだろ」
「うーん、そうだけど、そういうのじゃなくってさ……信用したい人とかいるじゃん」
「信用したい人?」

信用したい人こそプロだろ。
信用出来る材料を持っているからこそプロになれるんじゃないのか。
信用出来ないやつなんかこの世の中わんさかいるというのに。梓はなにを言ってるんだ。

そう思って口を開こうとしたとき、無遠慮に部屋のドアが突然開いた。


「あちーーーっ、って、わっ。郭那帰ってんの?ウザーッ」
「仁志(ひとし)…」
「あ、仁志くんこんにちはー」
「あ、どもっす、梓さん。あ、郭那、リビング行ってくんね?着替えとかしたいんだけど」
「は?お前が部屋から出て行って着替えればいいだろ。それに客人もいるからお前失礼だろうが」

そう睨むが、仁志はフンッと鼻を鳴らした。

「だって服ここしかねえし、俺練習帰りで早く着替えてえの。リビング全然クーラー効いてないしさー。それに梓さんなら部屋に居てくれて構わない、むしろ嬉しいーっ大歓迎ーっ。…郭那だけ邪魔って言ってんの」
「はぁ?服だけ持ってって着替えればいいだろ!」
「郭那ばずっと呑気に部屋で涼んでたんだろ?!ちょっとぐらい我慢しろよ!」
「あーあー、もう兄弟喧嘩しないー。郭那行こうー、僕は構わないから」
「は、ちょっ、梓っ」

梓は無理矢理を俺を起き上がらせると、部屋から連れ出してしまった。携帯を片手に持って、もう片方の手でずるずると俺は階段をおろされる。母さんは買い物に出かけたのか、リビングの電気は消えていた。

「梓!お前また仁志を甘やかすな!」
「甘やかすもなにも服着替える間だけでしょ?僕は別にそんなの気にしないから」
「そんなことしてたらまた仁志が図に乗るだろうが!」
「そんなことないよ。仁志くんももう高校生だし、流石にわかってるよ。それに、喧嘩して郭那だけ部屋の外に出されたらもっと困ったでしょ」
「……」

チッと思わず舌打ちをしてしまった。
図体がしっかりした仁志に、俺は喧嘩では勝てない。中学の時にその事実を知ってから、仁志はより一層偉そうに口答えしてくるようになった。

「それに梓が危ないだろうが」
「なにが?流石に仁志くんも僕を殴ったりはしないでしょ。郭那じゃないし」
「…あのなぁ、仁志がお前を揶揄ってたのわかったか?」
「はぁ?なにそれ」
「梓………はぁ」

梓はどうしてこう鈍いのか。可愛らしい見た目と反して、性格は男勝りな部分がある梓は自分のことに対してとても疎い。梓は見目が女っぽいのもあって、仁志は卑下にからかったのだ。本当にあいつは信用ならない。宗教、詐欺師に並んで、この世界で最も信用出来ない人間ワースト3位に入るレベルだ。仁志みたいな体育会系の奴らは脳筋で偉そうで馬鹿っぽくて下品で、とてつもなく嫌いだ。あいつらこそさっさと死んじまえ。

「とりあえず仁志にはこれ以上関わるなよ」
「まあ、極力頑張りまーす。郭那、それよりも僕って他にどんな髪型似合う?」
「お前、またその話?俺もそういうのよくわかんねえけど」
「郭那の意見も参考にしたいんだよ。ね!」
「…俺はいつものまんまでいいと思うけど。その髪型が一番好き」

嘘は言ってない。少しマッシュボブに近い髪は俺がしたら全くもって似合わないが、可愛らしい雰囲気の梓にはよく似合うっている。他に似合う髪型と言われると、全然思いつかない。

梓は俺の答えを聞くとにんまりと笑った。

「わかった、じゃあこのままでいく」
「そうかよ」
「うん」

頬もとの髪をくるくると弄りながら梓はにこりと照れたようにはにかんだ。
梓はこういう顔して笑うからたまに可愛いなぁと思う。照れ屋な所も人に好かれるんだろう。素直だし、梓が悪く言われてるのもあまり聞いたことない。
横髪だけクルンクルンのカールになってしまうんではないかというほど指に髪を巻きつける梓を観察していると、タンタンタンとリズム良く足音がなった。


「仁志…なんで降りてきたんだよ」
「うるせえよ、郭那が俺の行くところにいるだけだろ」
「はあ?俺はお前が退けって言うから…」
「もうもう郭那ストップストップ!」
「梓!お前は俺の味方なのか、仁志の味方なのかどっちなんだ!」
「もちろん僕は郭那の味方だよ」
「えっ。梓さん俺の味方じゃないんですか。そんなクソゲーマー兄貴なんの役にも立ちませんよ」
「うるせえ、脳筋クソバカ仁志!」
「はっ。あっそ」

くそ。ムカつくムカつくムカつく。いなされたこともムカつく。
お前も価値がない人間だろ!と怒鳴り散らしたいが、仁志のタンクトップから覗く筋肉を見た瞬間黙ることしかできなかった。
仁志は全国でもトップを争う水泳選手だ。奴は金メダルも期待されるほどの選手で、高校も地元県立高校通いの俺とは違い、有名私立のスポーツ推薦枠で入っている。あいつは俺よりも勉強はできなかったが運動の才はあったのだ、しかも世界を競うレベルに。あいつも、結局は生きる価値のある人間だ。

仁志は塩素で少し傷んだ髪をオールバックするように後ろに流すと、冷蔵庫から取り出した麦茶を飲み干し、俺らを横切ってまた部屋に帰っていこうとした。

その去り際に、なぜか仁志は俺の耳を横に摘んで引っ張った。
思ったよりもしっかり引っ張られて、つい「仁志!」と怒鳴ってしまった。
仁志はフンッと相変わらず鼻だけ鳴らして部屋に引っ込んでしまう。梓が捕まえなきゃ、今の俺なら2、3発は平手を喰らわせたのに。








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