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あの恐ろしい出来事から数日。
謎のイケメンと連絡先は交換したものの、特に何かメッセージや電話がかかってくるなんてことはなく穏やかな日々を達明(たつあき)は過ごしていた。



朝から入っていたコンビニバイトが終了し、今から俺は駅前に新しくできたという激辛ラーメンに挑戦する。
昨日はキムチ鍋を友人と食べに行き、辛さがもの足りなくて一味を鍋に大量にブチ込みまくったらそれ以上に友人にブチ怒られた。

俺は辛いもの依存症と言われるほど辛いものをこよなく愛し、毎日激辛と名のつくものを食べなければ気が済まない男だ。辛いもの依存症なんて辛いものの好きすぎる俺にはただの褒め言葉でしかない。最近は韓国料理に激ハマりしていて、とんでもなく辛いのに味付けも最高に美味いため韓国旅行に行くか迷っている。
しかし、友人達は俺の辛党に到底ついて来れるやつがおらず、ひどい時はお前の味覚死んでるんじゃないかと逆にドン引かれたこともある。
ぶっちゃけ辛いもの食べている時は舌が痺れて感覚が無くなっていくことに快感を感じることもあり、自分でもそれが性癖になっているんでは…という懸念を感じている節はあるが、俺は辛いものを1日も食べないということは決してありえず、毎日腹を壊してでも辛味成分を取り続けている。


一か月前にオープンし、辛党の間では人気という激辛ラーメン店の前にできた行列を見つける。俺はその行列の長さに期待を膨らませつつ、最後尾へ並ぶ。
さすが人気店。俺が並んだ後ろにまたずんずんと人が並び始めた。
すごいなぁ、楽しみだなぁと感心していると、すぐ後ろに並んでいる人が俺の背中にやけに密着してきた。
嫌な予感がして、目だけで後ろを確認する。
すると、後ろの男が俺の伺う様子に気づいて顔を近くに寄せた。

「ヤッホー達明くん!」
あのイケメンホモヤリチン野郎だった。
俺は恐怖でスマホを持つ手が震え始める。イケメンはそんな俺を気に留めず、肩へ手を回してくる。
「達明くん久しぶり〜、連絡してって言ったのになかなか来なかったから寂しかったよー!ここら辺でよく辛いの食べてるよね!辛いのが有名なお店へ入っていくのよく見かけるから思わずついて来ちゃった」
『はぁと』でもついてそうな甘い声で俺に囁く。
俺の行動パターンが把握されていることに恐怖で体が凍りつく。俺の聖地がまた一つ失われた。
ラーメン店であるため回転が早い行列はどんどん前へと進んでいく。イケメンは俺の上半身を包み込みながらグイグイと前へ体を押し進める。
天国が目の前にあるのに隣の男のせいで地獄のカウントダウンでも始まっているような光景に俺は体を強張らせていく。
「達明くんラーメン楽しみだね!結構人気なんでしょ?美味しいといいね」

俺は味覚がついに死ぬかもしれないと絶望した。





悔しいことにこのイケメンはとんでもない辛党であった。
辛党と呼ぶには辛さにこだわりはもっていないのだが、この俺が汗をひしひしとかいて激辛ラーメンを食っている中、顔色一つ変えずにラーメンを平らげた。
熱したラーメン屋を出て、男と駅まで歩く。
俺は舌のヒリヒリとした感覚に酔いしれながらも、汗一つかかず「おいしかったねえ」と声をかけてくる綺麗な顔を横目でチラチラと見た。


(過去最高に辛さに強い男かもしれない)

友人達と食事をしに言っても辛さが第一優先な俺は食がなかなか合わない。酒は飲んでもいいが飯だけは個別で頼んでくれと言われてしまうほどだ。
別に1人で楽しめばいいことなんだろうが、この20数年間、1人で食事をさせられる寂しさとこの辛さという幸せを共有できる人間がいないのはやはりつらかった。

俺はまだ辛さで熱されているのか額から汗を一筋流しながら男に疑問をぶつけた。
「アンタ、辛いの得意な方なの?」
「うーん。人よりは平気な方かも。今日のラーメンも美味しかった。スパイスの効いてる感じが最高だね」
「!わかるのか!」
「わかるよ。ピリピリとしてるけど麺にも絡みついてる感じがいいね」
初めてだ。
「達明と辛いもの食べにいくと、辛すぎて味なんてしない」「美味しくなんて全くない」
冗談なのか本気なのか、それは分からなかったが自分の好きなものを否定されていることには変わりなく、心臓が締め付けられる思いをたくさんした。
そういう人生を歩んできた中ではじめて、美味しいねと言ってくれた人物を見つけた。
ちょっと怪しい人物ではあるが、達明の中で好感度がググッと上がっていく。
「あの隣町の激辛鍋店いったことある?」
「あぁ、あるある。あそこの韓国鍋めちゃくちゃ美味しいよ、調味料とか香辛料がすごいらしくて」
「あるの?!俺それ食べたかったんだけど1人で行くには鍋だと量も多いし、激辛だからってこの前は辛さ4段階下げたキムチ鍋にせめてしろって友達に言われて特別韓国鍋食べれなかったんだよ…」
「そうなの?今日食べたラーメンが好きなら絶対好みだと思うな。今度食べに行く?」
「え、行く!」
思わず興奮して即答してしまう。男はその様子にクスリと笑うと、次の週末行こうねと言った。

駅へついて電車へ乗り込む。
男はスラリと足を伸ばして俺の横へたった。さすがに汗が引いてきたが、前髪は少し濡れている。気にして前髪をいじっていると、男は長い指で俺の前髪を丁寧にかき分けた。
「達明くんってどこが最寄りなの?」
「寺がつく駅」
「あーそうなんだ。俺そこから3つぐらい先のとこ」
「へー、結構近いんだ」
男の住む駅の近くに何か有名な辛い店があった気がするなとぼんやり考える。
ガタンガタンと揺られて特に熱心に会話をするわけでもなく、男に聞かれた質問に受け答えをする。ついに達明の最寄駅についてチカチカとドア前の電子掲示板が光った。
「それじゃ」
達明は男に別れを告げようと手をあげて、ホームから降りる。しかし、男はそのまま達明の後ろをくっつくようにして電車から降りた。人混みに紛れて男を電車へ押し戻す間もなく改札へとつながる階段の方へ流される。男ははぐれないように達明の手首を掴んだ。
「達明くんもうちょっと話そ?」

それは俺にとって悪魔の一言でしかなかった。

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