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今日も激辛カレーを食べて腹を下した。




ヒリヒリとする尻をさすりながらトイレから出る。
辛いもので口をヒリヒリと麻痺させるのは好きだが、肛門の方はどうやら無理らしい。
数時間前に食した超有名店の激辛カレーはいつも以上に胃に響いて、いつもなら家のトイレまで我慢するところを今日は腹の痛みに耐えかねて途中駅のトイレに駆け込んでしまった。

時刻は22時を越えたところだった。最寄り駅から2つ手前の駅なのでまだ終電にも余裕がある。
帰りは座らず立って帰ろうと決心し、手洗い場で手を洗うため蛇口をひねろうとした時だった。
俺の肩が誰かによって叩かれた。
腹を下してトイレに駆け込んでいた身であるため、恥ずかしさでドキリと心臓が跳ねる。
誰だと恐る恐る振り向けば、とても顔が整った茶髪の男がこちらを見て立っている。背は俺よりも数十センチ高そうでマッチョとまではいかないが肩幅もある程度しっかりしている。スッとした顎に高くまっすぐ筋の通った鼻をして、大きな黒目に甘い目元のほくろが男の色気を引き立たせた。ここまでじっくりと顔を見ていたが、ぶっちゃけ誰だかわからない。こんなに整った顔なら忘れるはずがない。
驚きのあまりに俺がじーっと男の顔を見ていると、男は少し目を細くして苦笑した。
「お兄さんそんな警戒しないでよ」
「え、えと、誰ですか。もしかして知り合いだったりします?ごめんなさい覚えてなくて…」
「いや、初対面初対面!突然話しかけてごめんね、怪しいものじゃないから」
ヘラヘラと手を振る。温和そうというよりはチャラそうという言葉の方が似合う雰囲気だ。
俺がはぁと間抜けな返事をしたのに対し、男は俺の方へ一歩近づく。縮まった顔の距離に驚いて男を凝視するが男は気にせず話を始めた。
「実は聞きたいことがあるんだよね」
「は、はぁ。何ですか」
「ここの駅のトイレってハッテン場だって噂らしいんだけどホント?」
「はぁ?」
そんな噂聞いたことあるか。
というかそもそも自分はただ通過の駅でしか利用したことがなく、ここで降りたのも今回が初めてだった。

「い、いや、知りません」
「え?そうなのー?この掲示板に書いてあってさー。有名だって聞いてたんだけどー」
そう言って、後ろポッケから取り出したスマホを素早く開いてこちらへ見せてくる。
手はまだ洗っていないため触れはせず、画面に顔を近づけた。たしかに誰が投稿したか知らないがこの駅の名前がはっきりと書かれていて、ヤリモクがいるぞ!と大きな赤文字で書かれていた。
よりにもよってこんなのをマトメている奴がいるとは…。
このサイトの内容を間に受けた人間がいるのも恐ろしかったが、俺はとりあえず知らないことは知らないと男に告げた。

「え!そーなの?俺期待満々で来たのにー!
お兄さんだってさっきのトイレでヤってたのかと思って声かけたのにさ」
ガセネタに期待満々で来たのは知らないが、最後の一文に俺はスルーすることができなかった。思わず飛びつくようにレストルーム内で大声を上げてしまう。

「は?!何言ってんの?!そんなわけないだろ!」
「え?だって、お尻さすって出てきたじゃん?そこらへんの男の人と一発ヤッてたんかなぁって」
「?!?」
驚きのあまり声が出なくなる。何という想像力かつぶっ飛んだ思考か。
「しかもお兄さん結構可愛いからオレ的にアリだしなぁ。ねね、お兄さん、俺抑えられそーにないからさー、一発やってかない?」
にこりと微笑んで後ろの洋式トイレの方を親指でチョイチョイと示す。
俺は驚きと呆れから一転して身の危機を感じ始めた。
そろそろと手洗い場から離れるようにして足を滑らせ距離を取る。
「お、俺そういう趣味じゃないんで。間に合ってるんで」
「え?彼女いるの?」
「あ、いや、いないですけど…」
気が動転していたのかなぜか素直に答えてしまう。嘘でもいるって言えよ俺!バカ!
男はその言葉を聞いてニタリと口もとを綺麗な弧を描かせた。
「なら大丈夫じゃん!お兄さん腰細くてエロいね?」
懸念するものがなくなったのか、ぐいっと腰を自分の方へ男は引き寄せる。耳元で体型のことを言われてゾゾッ…と背筋に悪寒が走る。

ついに俺の目の前で赤いランプが点灯し始めた。危ない信号は身体中から発せられている。どうにかしてあの個室トイレに引きずり込まれる前に逃げなければならない。
俺は目をぐるぐると回しながら大慌てで男へ弁ずる。
「お、俺!さっきお腹壊してトイレしたばっかで!手も洗えてないし、お腹の調子も悪いんで!!無理です!!」
「あ、そうなの?」
「は、はい!!なので体調不良でそういうのは今無理かと思います!」
「うーん、お腹の調子悪い時にやるのはさすがに痛そーで可哀想だからなぁ…しょうがないかぁ。あ、連絡先だけ交換しよ?」
そう言って俺の腰を頑なに捕まえたまま俺の首元で、ね?と綺麗なスマイルを圧する。

俺は今この状況を逃げられるならば!困ったらあとでブロックしちゃえばいいんだし!と急いで茶髪変態男と連絡先を交換し、そそくさとその場から逃げた。


俺は次腹を壊しても絶対にその駅には近づくまいと決めた。

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