ルカにいわれるがまま俺は席につかされる。
入った喫茶店は人が少なく、ルカはすぐ店員へコーヒーを2杯たのんだ。
「ユイさん単刀直入に聞きます。マヤさんになにかしたんですか」
「俺は…なにも…」
思い返すとすれば彼が気に食わないのはミヤビの代わりに客を担当していることか、ろくに売上を出せていないことぐらいだろう。
俺のか細い声にルカはじっと俺の顔を見ると深いため息をついた。
「はぁ…なら、なんで俺たちに一斉にユイさんのことを無視させたりミヤビさんの話題を禁止にさせたりしたんですか…」
急に始まった無視やミヤビの話題の禁制はマヤが始めたことのようだった。
「しかも、ユイさん、マヤさんにいつも殴られてるでしょ。さすがに入ったばっかの俺だって気づきます」
怒った口調のルカに俺はすみませんと謝ることしかできない。
これでも減った方だ、最近は顔にだって殴られなくなった。
そう言おうと思ったが、彼にそんな主張しても無駄だと、俺は椅子の上で小さく縮こまった。ルカはその様子を見て額に手をつく。
「ユイさん。俺はユイさんに怒ってるわけじゃなくてですね………いや、まあ怒ってますが、どうしてこんなひどい目にあってるんですか?どうして周りに助け求めないんですか?これじゃあ一方的にやられるだけじゃないですか」
ルカが心配してくれていたことはわかった。
でも責めたような口調にこのとき俺は理不尽な怒りを抱いてしまった。
「たすけを、助けを求めたって…!………誰も助けてくれないじゃないか…!!」
思ったより大きな声とルカの驚いた顔に「やってしまった」と俺は顔が青くなっていった。
ルカになんて言葉をかけていいかわからず俺は結局俯くことしかできない。
助けてなんて言葉、誰に言ったらいいんだ?雅の居場所を半ば独占し、対しても仕事はできないのに金は入る。挙句、雅の名を汚し、こんな俺に誰が味方なんてしてくれるのか。
それでも、彼に今までの感情をぶつけるなんてお門違いだ。これは完全なる八つ当たりだ。彼は同情かもしれないが、気にかけてくれたのに彼の温情を蔑ろにしてしまった。
どうしてなんだろう、いつもうまくいかない。なんて自分はダメなんだ。優しくしてくれた彼まで傷つけて……。
「それなら…俺が助けます」
決心のこもったような強く凛とした声が響いた。
その声に思わず顔を上げると、ルカは自身の持っていたカバンを漁りはじめ、書類の入ったファイルを俺の前に差し出した。
「俺調べました。ユイさんがどうしてホストやってるとかどうやって稼いでるとかどこに住んでるとか誰と一緒にいるかとか…勝手に調べてすみません。でも、貴方みたいな人がここでわざわざ働いている理由が見当たらなかった…だからいろいろ調べさせてもらいました。これって全部、ミヤビ…さんですよね?」
核心を突いた一言に俺は激しく動揺してしまい目が泳ぐ。
俺が何も言わなくともその態度で彼は確信できたようだ。
「やっぱり…。ユイさんが連絡なしに休んだ日から、マヤさんが急にユイさんとミヤビさんの話題に触れるなって言い始めて…。俺ずっとそれに違和感感じてたんです。やはり、ミヤビさんが関係してたんですね」
正直マヤの行動はわからない。
でも彼が俺を呼び出したり何か行動を起こすのはミヤビがきっかけなことばかりだった。
「いま、ミヤビさんと暮らしてるんですよね?はやくそこから立ち去った方がいい。取り返しのつかないことになります」
「で、でも…俺家なんてないし、ほかに頼れる人なんて…」
「だから俺がいるんですよ。大丈夫です、こう言うこともあろうかと思ってさっきやっとゆりかさんに部屋を抑えてもらいました。ここから結構遠いし、ミヤビさんの家みたいに豪華じゃないですが、すこしはここら辺の人達の目にも留まらないと思います」
これが部屋の証明書です。
そういって、ファイルから紙を取り出し俺に見せてくる。ゆりかの名前の横に流伽(るか)と書かれた文字があった。
「初めの生活費や家賃なら俺が持ちます。ユイさんの分の店の借金も俺が全部肩代わりします。申し訳ないと思うのであればあとで返してもらってもかまいません。だから、ユイさん。はやくここから離れましょう、ミヤビさんからも」
行き届いた準備に都合よく置かれた紙切れ、そして真面目な顔でこちらを見るルカの顔に勇維は大変混乱した。
「なんで?なんで、俺を?俺、なにもできないし、ルカくんにメリットなんてなにも…」
「そんなことないです。ユイさんは人の気持ちがよくわかる人だし、とても繊細だから言葉を選ぶのに時間がかかって他の人より表現が下手なように見えてしまうだけです。できない人ってことじゃない。それになにより、貴方は悪い人じゃない。純粋で全てを真っ当に受け止めてしまうから傷ついてしまうんだ。だから俺はあなたを信じるし、守りたい」
初めていわれた言葉に勇維は泣きそうになった。
少し臆病で生真面目だねなんて言われてきたが、俺の存在を大丈夫だと優しく包む言葉をくれたのは彼が初めてだった。
鼻がつんといたくなる。
でも、ルカの顔をちゃんと見ようと思って前を向いた。
「こんななにもできない俺だけどいいの?ルカくん」
「いいんですよ、臆病にならなくて。俺が怖いのなら少しずつ知っていってください。俺はただあなたを守りたい、それだけです」
ルカがそういって俺の固く握りしめた手へ手を伸ばす。彼の大きな手が包み込もうとした。
そのとき。
「ヒーロー気取りのところ悪いけど下心が隠せていないよ?これじゃあ、No.1になるまでの道のりは遠いね」
突如降ってきたその声にルカが顔を上げ、頬を激しくひきつらせた。
ルカが手を伸ばした俺の拳は、白くて綺麗な指を備えた掌に包み込まれた。
「ミヤビ…さん…」
ルカが呆然と呟くと、ミヤビは俺の拳を握り締めながらルカを見て笑った。
「あ、俺のこと知ってるんだ。俺もキミのことを知ってるよルカくん。入ったばかりなのに営業成績いいんだってね?指名までもらえるようになって。こんなに若いのにすごいなぁ」
笑みをきれいに浮かべたミヤビはルカへそう言う。
対照的に突然現れたミヤビにルカは顔面蒼白になっていた。
ミヤビは固まるルカへさらに言葉をたたみかける。
「ルカくん、キミ俺にあこがれてホストになったんだって?しかも目指してるのはNo.1?心意気がいいね。勇維もお世話になってるらしいし、キミには幹部昇格を言い渡そう!おめでとう。勇維に懐柔してよかったね。また夢へ一歩道が近づいたじゃないか」
ルカは信じられないとミヤビを見つめる。
勇維も何を雅が言い出したのかわからなかった。
雅はまだ足りないのかなとルカに問う。
「ルカくん、キミ、お父さんがお勤めしているそうじゃない?今までお金、稼ぐの大変だったろう。しかもあの早崎の息子なんて…」
「っ!!!失礼しますッ!!!!!!」
ルカはカッと目の色を変えると慌てて立ち上がった。
横に置いた荷物をもち、店から勢いよく飛び出してしまう。出ていくときのルカの顔は見たことのないような必死な形相をしており、ポツンと俺は席に取り残されていた。
「ああ、ルカくん物わかりのいい子でよかったよ。ねえ、勇維?」
ゆうい。
呼ばれたまま、俺はゆっくりと雅の方へ振り返る。
再度笑った雅の顔を、俺は恐ろしくて覚えていない。
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