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店へ着くと、定例会議が始まり、今日一日も引き締めるよう幹部が声をかけた。

相変わらずミヤビの客は絶えなかった。
あの閉じ込められた日から俺の心境は大きく変わった。しかし、相変わらず不器用な俺は酒を造る手がぎこちなかった。
ただなんとなく客と会話をし、いつものごとく何も面白い話をできない俺は酒を煽らされた。体中は痛み、酒は体中の怪我に染みていく。でもそうやってなんとなく過ごせばあっという間に締める時間になり、こんなに時間ってはやく過ぎたものなのかとぼんやり考えた。

1日でなんて癒えない傷だらけの体を引きずり掃除を始める。ルカは遠くでモップ掛けをしていたが、今日は話しかけてこなかった。
マヤがまた給料を渡しに来た。特に何も言わず茶の封筒だけ渡される。中身を除けば札は入っておらず一枚の紙きれが入っていた。
「無断欠勤罰金 100万円」と書かれている。
ああ…無断欠勤は罰則が付くんだった…。また知らないうちに借金を増やしてしまった自分に笑うことしか今はできなかった。







*******

俺の帰る家はまだ雅がいる高級なタワマンの最上階だけだ。今日も無駄に酒を煽られてボトルが空になった。

あの部屋に閉じ込められて以来、客もほかのホストメンバーもミヤビの話を一切しなくなった。客は特段俺のへの態度は変わるわけではないため、酒を飲ませられることに変わりない。しかし、やっかみやミヤビのおこぼれをもらっていることに僻んだメンバーたちの嫌味や罵倒は一切なくなった。ミヤビの話をしないと同時に俺とも関わろうとしていないような雰囲気もある。マヤの呼び出しは少なからず続いていて時折殴られることもあったが、頻度も少なくなっていった。

ルカと会話したのも彼が入った初日だけで、それからは避けられるようにして彼と話せていない。
そのことが俺を更に失楽させた。

彼もあの時は先輩だからと上辺だけ優しくしてくれていたのだろう。気づいてしまえば、他のホスト達と一緒だ。それぐらい俺には価値がなかった。





今日も定刻通り定例会議が始まった。
俺はしばらくしてこの罰金制度の意味を理解した。表には見せられない闇に集まってきた人間たちの統率を取り、縛り上げるために設定されたのだろう。

今日はマヤの姿はなかった。そしてルカの姿もだ。
マヤは上―――この店を仕切る集団―――に仕事で呼び出され一日不在らしい。かわりに今日はほかの幹部メンバーが前に立って話している。いつものように喝を入れられ開店の準備が始まる。

店が開き、パラパラと女性たちが店内へ入ってくる。
俺を指名する客はまだ現れず、店の入り口に立つ。

また、入店した合図が鳴った。
「「「「いらっしゃいませ!」」」」
「すみません〜同伴です」
「あ!ルカ、同伴なら先に連絡しろよ〜」
「すみません〜!」
派手な金髪が目に止まる。横には女性もいて、ルカにはもう同伴してもらうお客さんがいたのかな…なんてぼんやり思ってしまった。

「ねえルカ早く行こ。ダーツまた見せて」
「あ、はい!ゆりかさん!」

(え、ゆりか様?)

俺はルカの腕を引いていく女性を思わず見た。

それはこの前まで俺を指名し、ミヤビに貢いでいたゆりかだった。服装だっていつになく露出が多くて少し派手な気がする。
長い髪を揺らしルカと消えていったゆりかに呆然とする。

(ミヤビさんは…?)

ルカの横で嬉しそうに笑っているゆりかに、ミヤビからルカへ指名替えされたのだと気付いた。
ミヤビに会えず、いつ帰ってくるかも不明なのであれば彼女達の指名替えは当然起こりうることだった。それでも、俺が引き止められたのではなかったのだろうか、いや、できないからゆりかは指名替えをした。

(俺のせいだ…俺が雅さんの名前に恥をかかせた)

ほかのホスト達は何も言わなかったが俺をじろじろと見ていた。それがむしろ、お前のせいだなと突きつけられているようだった。



このあと、ミヤビの太客であるりいなが現れ、席に着く。彼女は席に着いた途端、「次回シャンパンタワーをよこすから」と言い放った。

「しゃ、シャンパンタワーですかっ…?」
「ええ。そろそろミヤビの誕生日だし、大金もはいるしね。なによりミヤビの名前を汚したドブネズミがいるらしいじゃん?超ムカつくから見せつけてやるわよ」

いつになく鋭い目つきのりいなに相当怒りを抱えているのを感じる。

「だから、ミヤビ呼んでよ」
「えっ」
「ミヤビいなきゃなんのためにタワーすんのよ。私がミヤビの一番だって皆に見せつけるわよ」

だからミヤビを呼べとりいなは俺へ命令した。

りいなの命令には逆らえない。そんな希望通るだろうか。俺は「掛けてみます」と答えるしかなかった。

りいなの怒りはまだ収まらなかったようで、この日のうちにボトルを3本も開けた。さすがにイベントでもないのに高額の品を1日に何本も開けたのは他客も驚いている。これもミヤビのためなのだろう。どうして彼のためにここまでするのか。しかしこんなところまできたら、彼女のプライドの戦いでしかなかったようだ。


ラストの挨拶を終えて、店じまいを始める。
りいなはもう一度ミヤビを呼ぶよう俺に忠告し、帰っていった。

掃除を終えれば、マヤの代わりの、いつも関わらない幹部から給料を手渡され、俺はそそくさと店を出た。


いろんなことが同時に起きて理解が追い付かない。

混乱する頭と足取りがとても重たかった。


まっすぐ歌舞伎町を抜け、帰宅道である裏道へ行こうと角を曲がった。そのとき、急に口を抑え込まれ、腕をひねりあげられた。

(な、なんだ…!!!)

大声を上げようともがく。


「ん、んーっ!!!!!」
「静かにして!ほかの人に気づかれる!」

後ろから抱き込まれるように体を引き寄せられ金色の髪が降りてきた。

俺がもがくのをやめれば、彼はゆっくり手を離した。

「る、ルカくん…?」
「すみません、手荒な真似して…。ここじゃ話せないんで場所移動しましょう」
そうやって半ば強引に腕を引かれていく。

「ルカくん、どういうことっ…?」
「それはこっちが聞きたいです。何かやばいことでもしたんですか?マヤさんに目付けられるなんて」
「え…?」

彼は俺がマヤに暴力を振るわれているのを知っているのだろうか。
ルカは無言でずんずんとどこかへ向かって歩いていってしまう。俺は彼の手に引かれながら、小さな喫茶店へ入った。






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