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「おはよう。気分はどう?」

日付けは最後雅と話して2日立っていた。

単純計算でも俺は24時間以上、この冷たく真っ暗な部屋に閉じ込められていたことになる。

光なんて一筋もない。暗視に慣れたとしても何も見えないし聞こえない。俺はその空間に意識を何度も朦朧とさせ、何度も目覚め、何度も意識を手放した。

この今まで、閉じ込めてから彼は一度も俺の前に現れなかった。

食事どころか水さえ一滴も与えられておらず、排泄だってもう耐えられない。
俺は雅に支えられながら、彼の前で小便を垂らしてしまった。

そのあとも雅に風呂に丁寧に入れられ体を丹念に洗い、リビングへ戻っては上手くあかない口へ赤ちゃんへするように顎を支えられて流動食を流し込まれた。
飲み水も与えられ、体に栄養がいきわたっていく。思考は次第にはっきりしていった。それでも俺の体は休息を欲しがる。結局、俺はそのまま雅にベッドの中で抱きしめられながら寝た。








冷たい感覚が首を覆う。
首がぴたりとなにかに締められた。

その拘束感に暗い部屋が思い浮かび、俺は思いっきり叫んだ。


「勇維、大丈夫…?」


息がうまくできない俺を心配そうに雅が見下ろしていた。

周りは明るくて、雅の顔がよく見える。俺は訳もわからないまま無我夢中で雅の体を引っ張りしがみついた。


さらさらな雅の髪が頬へ滑り、今は夢じゃないと自覚させられる。
まだ痙攣のように震える手を雅は優しく包み込んだ。


「勇維」

もう片方の手で優しく髪を撫でられる。甘く含んだ声で名を呼ばれ、俺はハタと今の状況に意識が戻った。

確かめるようにやんわり彼の服から手を離す。彼もそれに気づいて俺からゆっくり離れる。雅は俺の様子にゆっくり微笑んだ。

「勇維大丈夫だよ。もう少しで支度できるから待ってて」



支度…?

不安そうにした勇維の首へ雅はネクタイを通す。
彼は慣れた手つきで器用に結んでしまうと、「はい、できた」と勇維の背を撫でた。


「あの…雅さん…どういうこと…」
「ん?勇維はこれからお仕事行くでしょ?無理させないように店には伝えてあるから」

ごく当たり前のように俺にスーツを着せ、髪を整え始めた雅に俺は思考が追い付かない。


「雅さん、俺…」
「勇維。そういえば君が持っている借金っていくらか知っている?」
「え…」

借金?突然何を言い出したのか。雅の綺麗な桜色の唇から言葉が並べ上げられる。


「ここの家賃に食事代、水道光熱費、君の新調したスーツ代に、髪のセット、写真も店に飾ってあるだろう?あの撮影代やホストを始めるうえでの損害賠償含めた初期費用。これらすべて君の借金だ。いくらだと思う?ふふっ、数千万は軽くいくね」

(なにそれ…。そんな話聞いていない)

彼の家に住まわせてもらっているため家賃や生活費は負担せねばならないと考えていた。しかし、初期費用だの、髪のセットだの、あれは店が負担しているのじゃないのか。


理解できていない頭で彼の顔を追うと、彼はただ微笑んだ。


「俺たちのいる世界ってこういうことだよ。逃げようとしても無駄。一度入ってしまえばずっと因縁を突かれ、追われ続け、その世界に引きずり込まれ続ける。ずっーと、暗い憎悪の塊の世界さ。
もし、それから逃げようと思うのなら………それは上を潰すぐらいに上り詰めるしか方法はないよ」


その上に上り詰めたのが雅。誰からも仰がれる存在。

雅は曖昧に笑うと「俺はいつの間にかここにいただけだよ」と笑った。



雅は続ける。
「だからね、逃げても無駄なんだ。死のうとしたってあいつらが許すはずがない。死ぬまでずっと搾取し続けられる。でもね?俺のとこにいれば大丈夫。衣食住も保証するし、それ以上の豪華な暮らしや安全だってついてくる。むしろ、ここからいなくなれば勇維はデメリットしかないよ。小指のない奴らからひたすら追い回され、金を稼げないとわかったら身体をバラバラにして売り捌かれちゃうかもなぁ。…それでも危険な道へわざと進もうと思う?」



そんなの、俺には、選択肢なんてないじゃないか。

あのときが全て、人生の分かれ目だったのか。













「勇維いってらっしゃい。早く帰ってきてね」
俺は相変わらず似合わないスーツを着て重い扉を開いた。










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