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酒や暴力でボロボロな体を引きずりながら俺は出勤を繰り返した。
マンションに帰ると、雅にいつも治療してもらい、彼の優しい施しのおかげで俺はこうして今なんとか生きていられた。彼がいなければなぜ働く理由があるんだろう。そう思わずにいられない。美味しいご飯や広い家、高級な家具や眺めの良い家に住めてるのも彼が俺をそばに置いてくれているおかげだ。感謝しなければない。この仕事を与えてくれたのだって雅だ。そうだ。俺は何度も何度も口の中で呟いた。





「今日、新しい子入ったの?」
「あっ、はい、そうです。すみません、伝えるの遅れてしまって。ゆりか様にご挨拶させますね」
「うん、よろしく」
今日の客、ゆりかは基本的に興味ないことには無視するが、りいなのように無理に酒を煽ったり暴力的な一面はない女だった。比較的穏やかなタイプの客であるため、俺に話しかけてくれることがこうしてたまにある。しかし、基本的にはミヤビに金を落とすためだけに来ているので無視されているが。

それでも、他の客よりは優しい方なので、俺は心臓を落ち着かせながら、ルカを呼んだ。

呼んだすぐに、ブリーチを何度もかけたような黄色に近い金髪の男が入ってきた。
男は明るい笑顔を見せると、その場にかしずきゆりかに挨拶した。彼は人より少し背が高く、顔も爽やかな感じで普通の男性に比べ見目はカッコいいと部類されるだろう。

「ルカです。よろしくお願い致します」
「うん、よろしく〜。それにしても派手な金髪だねー、髪痛くないの?」
「あー。俺毛根強いんでブリーチ何度かけても平気なんすよ。実はこれも5回もブリーチかけてて」
「えーっ!やりすぎ!それは絶対ハゲるわ」

キャハハとゆりかは笑った。

何気ない会話だが、俺は初めてゆりかが笑う顔を見た。
何度か指名してくれ俺をぞんざいには扱わない彼女だったが、愛想のような笑顔でさえも俺には一度も見せたことはなかった。


しかし、ルカは彼女の笑顔を出会って数秒で引き出してしまった。

俺がそのことに驚いている間にゆりかとルカの話は盛り上がっていく。

「ルカって面白いね。なんかさ、特技とかないの?」
いつも足を組んでソファに背をつけている彼女が、やや前のめりになりながらルカへ聞く。俺とルカ2人を指名したようだ。

「特技っすか?うーん……趣味でダーツとかはするんですけど」
「ダーツ!いいじゃん、見せてよ」
「いや、でも、遊びでやってるんであんまり期待しないでくださいよ?」
「はいはい、新人くんだし優しく貶してあげるよ」
「貶されるんすか?!」

ゆりかと楽しそうに談笑しながら、ルカはダーツができる場所がないか、辺りを見回す。

(そうだ彼は入ったばかりなのだった)
急いで俺は彼に声をかけた。

「あ、ルカさん、あっちにダーツあるから…」
「あ!本当だ!ありがとうございます、ユイさん。てか、俺の方が後輩なんで敬語じゃなくていいっすよ!」
「えっ、あっ、そう?」
「ルカ〜いいのいいの。ユイはなんか真面目くんだからずっと敬語なんだよねー。他店とかだと行ってすぐ馴れ馴れしく話しかけてきたりする奴いるのに、無駄に礼儀正しいのこの子」
「あー、そうなんスね。まあ、俺後輩なんで敬語とか気にしないで声かけてください!」

ルカはそう明るく笑うと、ダーツの方へ歩いていく。ゆりかと一緒に俺もダーツ場へ向かった。

ダーツの矢を手に取ったルカは軽く眺めると、一本手に取り指定の位置に立つ。身体を横に向け背筋がスッと伸び長い足を一歩下げた。立ち姿から洗練されており、狙いを定めるよう手が的の方へ集中している。

ゆりかは椅子に座りながら、その様子をスマホで動画を撮っている。俺もその横でじっと彼の様子を見た。


彼の表情が一瞬消える。


それと同時にダーツの矢は投げられ、的の真ん中にスパッと綺麗な音がして刺さった。

フッと彼の顔に表情が戻ってきたとき、ゆりかは椅子から急いで降りて彼の元へ走った。

「え!やば!一発?!すごいじゃん、ルカ!超カッコイイ!」
「あれ?貶すんじゃなかったんですか?」
「いや、これは凄すぎ……」

ゆりかは興奮したように彼と話しながら、撮っていた動画を二人で見て笑っている。

あまりにも楽しそうな二人に出遅れた俺は置いていかれてしまった。
二人は楽しそうに盛り上がっている。ゆりかがこちらを突然振り向いた。


「ねえねえ、ユイとさ、ダーツ勝負してよ。ゲームしないとつまんないわ」
「あ、俺はイイっすよ。ユイさんどうしますか?」

急に話を振られて俺は「えっ」と戸惑ってしまう。少し放心していて話をちゃんと聞いていなかった。
ゆりかが「ユイやるよね」と言ってきたため、俺は意志なくはいと答えるしかなかった。
ダーツなんてやったことない。俺は見様見真似で彼のように立ち矢を放ってみたが、変な方向へ飛んでいってしまった。
結局一回戦試みてみたが、圧倒的に俺が弱すぎてぼろ負けした。矢がまともに的に当たったのも2、3本で、的に刺さらず落ちた矢がたくさん転がっている。
俺はその矢を拾いながら惨めな思いになった。(こんなことでも新人の子を超えられず、満足に客を楽しませてあげられないなんて…)

結局ゆりかとはいつも以上に話さず、仕事が終わってしまった。








「ユイさん」
今日は酒を無理やり飲まされることもなく、俺はフロアの掃除をしていた。
派手な金髪が目に入り、そういえば一番の下っ端がモップ掃除をするのだと思い出して、いつもの癖で彼の仕事を奪ってしまったなと心の中で笑った。

「ごめんなさい、ルカさんがここ担当でしたよね。いつもの癖でつい」
「いや、そういうことじゃないんです…あ、もちろんそれが俺の仕事でもあるんですが。今日はすみませんでした。ユイさんのお客さん独占してしまって」

大きく彼は頭を下げてもう一度すみませんでした!と声をあげた。
まるで俺が彼に説教しているみたいで俺は頭上げてお願いと慌てふためいた。

「だ、大丈夫だから。俺だけだったらゆりか様をあんなに楽しませられなかったと思うし…俺こそ何もできなくてごめんなさい」

彼に顔をあげてほしくて肩を叩くと、ルカは安堵した表情を見せた。

「ほんとすいません、俺……気づかなくて…あと、敬語とかさん付けやめてください、俺後輩なんで、なんか、その、変な感じになっちゃうんで…」

伺うような表情のルカに、ああ、そうか、この業界は縦社会で厳しいんだったと「ごめんね、ルカくん」と謝った。

いえ、こちらこそと彼は人懐っこい笑顔を見せると、俺の手渡したモップをもって掃除を始めた。



「そういえばユイさんって俺がくるまで一番新しい新人さんだったんですね」
「…えっ?あ、うん、そ、そうだよ」

てっきりお互いバラバラで掃除を始めるかと思っていた俺は、俺のそばで雑談を始めたルカに驚いた。
今までここにきて会話するのは客とマヤぐらいだった。

せっせとモップ掛けをしながらルカは当たり前のように俺へ話しかけてくる。

「いや、入りたてなのにお客さんの指名もらってるし、お客さんもかなりの高いボトル頼んでくれるじゃないっすか。売上見せてもらいましたけど先月3位って聞いて、新人なのにすげー!と思って」
「あ、まあ…俺の客というより、雅さんの客なんだ。今はある事情で俺が代わりに指名受けてるんだけど」
「みやびさんってミヤビさん?もしかしてこの店でNo.1の?」
「ああ、そうだよ。入ったばっかりなのによく知ってるね」
「まじか!俺ミヤビさんに憧れてこの店入ったんですよ!ミヤビさんの直属の弟子なんすか?!すげーっ!あ、そうだミヤビさんっていついらっしゃるんですか?!」

興奮した様子で俺に食いついてきたルカにびっくりして体を後ろに引いてしまう。彼はその様子に気づいておらず目を輝かせてこちらを下から見上げた。

「え、えと…俺もそのよくわからないんだ…俺がいるからしばらくは戻ってこないかも…」
「そ、そうなんすか…」
しょんぼりとして前のめりにしていた背をルカは元に戻した。


「まぁ、そうっすよね。お客さんユイさんに預けてるぐらいですもんね」
「う、うん…ごめん」
「いや、なんで謝るんすか〜!ミヤビさんのお客さんを相手してるだけすごいっすよ!」
「うん…」

そうは言ってくれるものの、まともにミヤビの客を満足させたこともないし、初めてだったルカのほうがよっぽど接客できていた。
はぁ…と落ち込む俺に、ルカは何も言わず背中を優しく三回叩いてくれた。



「ユイ、ルカ掃除は済んだか」

突然後ろから聞きなれた低い声が聞こえた。
慌てて振り向けば皴のないスーツを着たマヤが後ろに立っていた。俺が何かいう前にルカが大きな声を上げた。

「あ、もう時間っすか?!一通りは終わったんで急いで片づけます」
「ああ、そうしてくれ。あと」
マヤは近くにあったテーブルに茶封筒を二つ並べる。
「今日の分の給料だ。ルカ、お前指名でゆりか様がボトルキープしてくれてるようだから今度来たらお礼言っとけよ。それじゃ、お疲れ」
「「お疲れ様です!」」

マヤはルカを見た後、一瞬俺を見たが、すぐに視線をそらしてフロアから立ち去った。


(………今日は呼び出されなかった)
俺がヘマをしなかったからだろうか。マヤの後姿を呆然と見ている俺とは反対に、ルカはお給料だと嬉しそうにテーブルへ駆け寄った。
「わあ!すげえ…やっぱりホストって羽振りがいいっすね〜」
「あ、ああ…うん」

俺もテーブルのほうへ行き、封筒を手に取り中身を確認する。ゆりかはきちんと俺のほうにもいつも通り支払ってれていたようだ。しかし、ゆりかはルカのボトルもキープしたと言っていた。これはつまり、ルカを次回指名するというサインだ。
一切興味ないものには関心を持たないゆりかがここまでルカに尽くしている。
ミヤビの代わりである俺にもボトルを置いていてくれたことはない。

(ああ…やっぱり俺はここにいらないんじゃないか)
俺は明るく笑うルカを見てそう思った。



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