番外編〜ifルカルート〜
もしミヤビが入ってこず、ルカとあのまま逃げられたらというifルートのお話です。

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俺があの華やかな世界から逃げついた先はとても静かな住宅街だった。
歌舞伎町のような煩わしい都会の喧騒さはなく、快速電車さえとまらないような小さな駅沿いのアパートだ。


ホストをやめた俺は何かお金を稼がなければと、アパート近くのパン屋で働き始めた。

アルバイトとして働き始めたため、ホストどころか昔勤めていた会社よりも給料は安い。さらに朝早くに出勤して下準備や力仕事が必要とされることもあり、一概に楽な仕事とはいえなかった。
それでも俺はこの仕事にやりがいを感じていた。
堅実にコツコツと毎日を積み重ねることで店長たちとの信頼感が生まれた。また酒や過剰な香水の匂いから食欲をそそる芳ばしいパンの香りを感じるようになって、身体が元気になっていく。仕事をしていけば、次第にお客さんとも顔見知りになり、そうした常連客との他愛もない会話や挨拶を交わすのはホストの無理くりなお世辞や嘘をいうよりもずっと快かった。

暮らしも給料も、ホストの時よりはずっと貧しくはなった。
しかし俺は今の生活のほうが幸せだ。
使えないような大金でタワーマンションに住むより、人一人生きていける給料とたまにまかないでもらえる美味しい洋菓子を楽しみに仕事を頑張る方がずっと幸せだ。
俺は本当の幸せを手に入れた。





「ただいまー」
「あ、流伽くんおかえり!」
相変わらず綺麗な金髪が玄関から覗いた。

「勇維さんただいま、今日は早かったんすね」
「うん、今日は流伽くんの誕生日だからね。お店の人もせっかくだからってお菓子くれたよ」
「わっ!本当っすか!誕生日ケーキ食べてこなくてよかった〜!はやく勇維さん食べましょっ!」
「わっわっ待って待って」

紺のスーツを身にまとった流伽くんは玄関にいた俺をそのまま抱きかかえてリビングへと入っていく。
やんわりお酒とたばこの匂いが彼のスーツから香り、あのときのことを思い出すが、それよりも頭を擦り付けてくる彼の髪先がこしょばゆいことにそんなのはどうでもよくなった。

「流伽くんっ!離してくれないと用意できないよ?」
「う〜〜勇維さん〜っ、疲れた〜〜!俺勇維さんに会いたくて早く帰ってきたんすよ〜〜!ねっ?ねっ?」

彼はまだ僕のうなじに顔を擦り付けながら、僕を軽々と後ろから抱えてキッチンまで運ぶ。
そのまま床に下ろされ、ぎゅうっとお腹に手を回された。
………離れない、ということはこのまま用意してほしいということだろう。

俺はそのままパン屋でもらった袋包みからフィナンシェを2個取り出し皿にのせた。
このフィナンシェはたまに俺がパン屋でまかないとしてもらうお菓子で、流伽くんのお気に入りでもあった。実は店長の奥さんが俺を迎えに来た流伽くんを一度見かけたことがあって、そのときにこのフィナンシェが好きだということをインプットしたらしい。流伽くんの誕生日だと伝えればすぐさまフィナンシェを包んでくれた。

流伽くんは俺の思っていた通り大きな瞳を輝かせて「美味しそう」と大きく笑った。




彼はまだ俺の背中に引っ付いたまま、フィナンシェにつけ合せる紅茶の用意に付き添った。
高級百貨店に売られていたという海外の紅茶茶葉を取り出す。

流伽くんはその様子をじっとみながら、耳元ですねたような声を出した。

「その紅茶くれたお客さん…今日も来たんすか?」
「そうだよ。毎朝ここのパンじゃないと元気でないからって買いに来てくれて。…あ、そうそう!その人がこの紅茶に合うお菓子を今日、わざわざ持ってきてくれたんだ。一度に食べちゃうとお腹が大変だから、また夕方一緒に食べよう」
「うーーん…」

紅茶にはチョコレートが合うらしい。

『変わった風味のシロップが入っててほかのお店とは一味違った味わいなんだ。あそこの紅茶はチョコレートと相性がいいからぜひ食べてみてほしい』

俺よりも少し年上であろうサラリーマンのお客さんは常連さんで、ときたまこうやってプレゼントをくれる。今日は高そうなどこかの海外パティスリーのチョコレートらしい。笑うと目尻にしわがよる柔和な雰囲気の人で俺もそのお客さんに好感を抱いていた。

流伽くんは納得いかなさそうにうなり続けている。

「うーん…勇維さん…。それ狙われてないですか?不安だ……」
「えっ?」
「そのお客さん、絶対気がありますよ。なんか、俺…その人からもらったものって……やだなー…」
「流伽くん、気があるって…。俺、男だよ?そんなこと起きないよ」
「勇維さんっ!」

大声で名前を呼ばれ、くるりと勇維の体は反転させられて流伽のほうへ振り向く。

一つ分背の高い彼はかがめるように俺を覗き込み、至近距離で顔が近づいた。

(ああ、流伽くん思ったより怒った顔…)

それでも流伽の清涼な顔つきと目の前に垂れてくる透けた金髪はとても美しかった。

「勇維さん、俺は心配してるんです」
「うんうん、いつもありがとう流伽くん」
「あの、勇維さんね、俺は」
「あっ!お湯吹いちゃう!」
「ああっ!勇維さん!ちょっと!!」

隙をついてそそくさと紅茶にお湯を注ぐ。
流伽くんは「ああ、もう!」と項垂れた。
いいじゃないか、だってここの紅茶美味しいんだもの。



俺はこの生活に満足している。

流伽くんのおかげで本当の自分に出会えた気がするのだ。

生きていけば多分つらいことがこれから必ずやってくると思う。
それでも俺はこの生活を懸命に守っていきたいと思っている。



はあっと困り顔を浮かべながらも俺の肩をぽんぽんと叩いてくれる流伽くんやこの小さなアパートの生活が俺は大好きだった。









*******

もう夕方の4時だ。

勇維さんは俺とフィナンシェを食べていつもよりハツラツとお喋りしていた。
そのせいで疲れてしまったのだろう。彼は布団でまだ寝静まっている。



俺は仮眠から起き上がりそっとスーツに着替え始める。
勇維さんを起こしてはいけないと部屋の明かりは付けず、身支度や出勤準備を済ませた。
開店準備は後数時間したら始まるだろう。

それにしても、4時にしては外はもうほの暗い。春はまだ来ないようだ。




ふと目をやれば、物をあまり持たない勇維さんの無造作な部屋に小さな紙袋がぽつんと鎮座していた。
褪せてぼろけた畳に全く似合わない高級そうなこじんまりした紙袋だ。


気づけば俺はその袋に手を伸ばしていた。

丁寧にパッケージングされた包み紙を爪で剥ごうとする。しかしリボンやらシールやらの装飾が非常に華美で開けづらい。その緻密さが俺には鬱陶しくて半ば無理やり包み紙を破り捨て開封した。

フランス語のような金字が彫られたシックなダークブラウンの箱だ。

パカリと無遠慮に蓋を開ければ、蓋の裏面にメッセージカードがしまわれていた。

ーーー嫌な予感がする…。

俺はなぜか冷や汗を一筋垂らして、メッセージカードの中身を見た。








『勇維、いつも愛しているよ ミヤビ』




このたった一言に体全身の血が沸騰しそうだった。


なんだこいつなんだこいつなんだこいつなんだこいつ。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
いつまで勇維さんにまとわりつく気だ。
はやくさっさと死ねよ死ねよ、死ねよ。

死ねよっ!!!!




勇維さんをあそこから連れ出し、歌舞伎町から姿を消して、ミヤビが店へ戻ったのはすぐだった。

あんなに店から離れようとしていたミヤビが、てのひらを返したように店へ戻ってきたのだ。
しかしその後が悲惨だ。ミヤビが戻ってきて数日で店は大混乱に陥った。
ミヤビが店を取り締まっていた上の人間を次々と潰していったからだ。幹部で店を仕切っていたマヤもミヤビの勢力下につき、店の体制は大きく変革してしまった。
俺はその混乱中に乗じて店をやめた。
もともとはミヤビという男の弱みを握り情報屋に売り込もうと思っていたのが魂胆だ。歌舞伎町では有名だった男の情報を売れば高くつくと思っていたのだが、入った時には勇維が代打で働いており、なにひとつヤツの弱点を引き出すことは出来なかった。まあ、しかし、勇維と出会えたからそれはそれで収穫はあった。もうヤツなんか忘れて、のんきに二人でバーでもなんでもやって行こうと思っていたときに……。




(どうやって見つけたんだ)

なるべく彼らのシマではないかつ寄り付かなさそうな場所を選んだつもりだ。
彼らの汚らしい世界から離れたこじんまりとした閑静な住宅街。勇維の働いているパン屋だってどこにでもあるような小さな田舎の店だ。
足跡がつくにはあまりにも早すぎる。


なんでだ、どうしてだ、どうしてわかった。

誰かが情報を渡したのか?

それなら誰だ、誰だ、誰だ。

ゆりかか?店長か?従業員か?それともアパートの住人か?


誰だ、だれだ、だれだ。


だれだ。





「るか、くん…?」
「!勇維さんっ……」

少し寝ぼけたような様子で部屋に入ってきた勇維は目を擦りながらうつらうつらとこちらに近づいてくる。

俺は思わず咄嗟にメッセージカードをポケットへぐしゃぐしゃに仕舞い込んだ。


「るかくん…?……あぁ…お菓子?食べたくなっちゃった…?」
ふふっと夢うつつで笑う勇維の頬が赤く腫れていたような気がした。

その幻想に思わずその場でしゃがみこんでしまう。

大丈夫、大丈夫、大丈夫…。俺は勇維さんを守れているはず。あいつには一指足りとも…一指たりとも触れさせない…!


「流伽くん…?大丈夫…?どうしたの?しんどいの?」

ふんわりと蹲った背中に体温を感じる。そのまま覆われるようにパンの焦げた匂いがうっすら漂った。

「勇維さん…俺…俺……おれ……」
「流伽くん、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」

目の端に移るちらばったチョコレートが気に触る。勇維さんを取り囲んで、べたべたに溶けていくのが気持ち悪くて気持ち悪くて仕方ない。

触るな、俺の勇維さんに。
さわるな、さわるな、さわるな。

さわるな。


「勇維さん、ゆういさん、おれ、おれ…」
「流伽くん、大丈夫、大丈夫…大丈夫だから」

ヒィ、スゥと下手な呼吸をする俺の顔を両手で包み込み、そっと勇維の唇が触れる。息を少し吹き込まれつつ下唇を啄まれた。
ちゅっ、ちゅっ…と互いに唇を重ね合わせながら、舌を勇維に求める。入っていった舌も勇維は受け入れた。

言葉は出さず、呼吸音と唾液の絡まる水音だけが大きく響く。

もっと彼を求めたくてそのまま抱きこんで上にのしかかれば勇維の体はすんなり畳の上に寝そべり、俺の髪を梳きながらキスを続けた。


彼の柔肌や目元、秘部へ少しづつ触れていく。

全て裸になった勇維は「大丈夫、好きだよ」と呟きながら、まだ上手く息の吸えない俺を自身の中へゆっくり受け入れた。


「ゆう、いさん…」
「流伽く…好き…好き…どこにもいかない…ここにいるよ、ね、大丈夫、だから、ねっ、ん、んっ」
「勇維さん…」
「あっ…る、かくんっ……!」

ぎゅうっと背中へ彼の細いふくらはぎが絡みついた。

中は熱くてきゅうきゅうと締まり、彼の甘い声が全身に降り注ぐ。
触れ合う体温が気持ちいい。ぴっとりと引っ付く勇維さんの中は俺の形をどんどん埋め合わせる。

もう縋りつく勇維さんの声しか聞きたくない。


「るかくっ、んっ、ね?おれ、ここいる、よ。るかくん好きだから…、好き、好きっ…だから、だっ、からっ……あっ、ああっ…!」


勇維さんはここにいる。


ぐっと強く中へ押し付ければ、より甘く勇維さんは鳴いた。
はぁ…可愛い…。可愛いよ、勇維さん……。

口づけをまた貪れば、勇維は俺に唇を重ね続けた。


「すき、勇維さん、好き…」
「流伽く、おれも、すき…っ!すきぃっ…!!」


ああ、好き。
ねえ、好きだよ。
俺もだ、勇維さん。勇維さんの幸せ守ってあげたい。
そばにいたい。
こうやってキスしたい。
セックスしたい。
繋がりたい。

ねえ、勇維さん、勇維さん、勇維さん………。






勇維さん好きだよ…だから『一生』俺のそばに。





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