番外編〜マヤ視点〜*前編
高校から帰ってくると、俺以外の家族は皆一家心中していた。
親父が闇金に手をつけていたのだ。
つるされた3体の死体に、ぽつんと残されたメモ書きと麻縄が机の上にあり、俺だけが17年間住んでいたアパートに置いていかれた。




俺は金を稼ぐためにホストを始めた。
高校も卒業できなかった俺は、手っ取り早く大金を稼げる方法がこれしか思いつかなかった。黒髪を金髪にし、髪も無理やりワックスで固めて、昨日までのアパートに残された俺はもういなかった。


ホストは所詮接待業。昔から人間関係を煩わせたくなくて、上辺だけを取り繕うのが得意だったのが功を奏した。金を稼ぐために、ろくでもないホスト狂の女を褒めちぎり、機嫌を良くさせるためなら枕営業もいとわなかった。

俺は相当身を削って働いた。年を誤魔化して酒を飲んでいたことで店をやめさせられたり、気に入らないと頭のイかれた先輩にぼこぼこに殴られたこともある。
そうやって自分を殺して大金を稼いだ。稼いで稼いで稼いだ。
しかし借金はなかなか返済できず、違法な高利子だけが溜まっていく。


俺はもう焦っていた。20にもなってこんなに働いてもそれを上回る借金がのしかかってくる。

そう、ちょうど、俺が焦っていたときだ。店のナンバーワンホストだった美しい男に声をかけられた。彼はいつも独特なオーラを醸し出していて、自然と客を虜にしていく不思議な男だった。彼は歌舞伎町でも名が知られており、誰もが憧れるほど、才や美貌は特筆していた。


俺は彼に自分の身の上話をした。ミヤビは悲愁の表情を見せた。美しい表情が暗く沈み、可哀想にと呟かれる。
「そういう法律を無視した利息をつける闇金はホストをしているだけでは返せない」

一生金を搾取続けられると宣告された。
俺は絶望のあまり崩れ落ちた。一生俺は捕らわれたままなのか、負け組なのか。

しかし、そんな時彼が囁いた。
「返せる方法は別にある」と。





俺はこの人生で最も地獄を見た。

人よりも顔も整っており、姿見もほっそりとしていた俺は、金持ちたちの売春男として買われたのだ。

俺を買った奴らは男を辱めるのを好むクソ変態野郎ばかりで、ゲイでもなく処女だった俺を輪姦するのはさぞ楽しかったらしい。

ぼろぼろにされた体は男としての威厳を失わされた。
「具合が良かったよ」と嫌らしい顔で笑う奴らに俺は激しく憤りを感じ、初めて人を殺したい程憎んだ。しかし俺は体を売るということで、ホストで働いていたときとは比にならないほどの大金をもらえることを知ってしまった。
俺には所詮、この道を拒むことはできなかったのだ。


かなりの上玉と認識された俺は数々の金持ちの男とセックスをした。
一晩我慢するだけでもらえる大金とこの世界は悪でしかないという刷り込みは俺の精神を崩壊させるには十分だった。

下粋な趣味を持った男たちに女を抱けない体に開発され、男たちから吹き込まれるミヤビの恐ろしさと美しさの崇敬話に身も心も浸食されていく。

『ミヤビには逆らってはダメだ。あの美しい生き物は人間ではない…神であり、魔王だ』




ーーー気づけば俺は借金を利子も含め完済できていた。

しかし、それでも、俺は呼び出された男たちに抱かれ続けていた。

正常な判断はもうできなかった。俺は自分の心を空っぽにしないよう、ただひたすら男を求めていた。


そんな俺の前へまた突然ミヤビは現れた。

久しぶりに見た彼はいつの間にか黒かった髪を美しい銀へ染色し、髪は伸びて、もはや神なのか人間なのかわからない。

彼は言った。
「この世界はどんなやり方をしてでも上を殺せなければずっと搾取されたままだ」


君はホストに戻ってきた方がいいよ。マヤ、きみは賢く、根性がある。まずは幹部で上に立ってみるのはどうだ?


俺はなぜか自然とミヤビの誘いに乗っていた。
依存していたはずの男たちと縁を切るため、様々な手を使って暴行してきた男たちを脅し、目の前から消した。
一方、幹部という仕事では自分は才があったのか、ホストとしても運営側としても地位を順調に上げていく。そんな俺をミヤビも気に入ったのか、俺は彼の右腕と呼ばれるほど彼のそばで働くことになっていった。








……それから5年経った。ミヤビがユイを拾ったのは。


「ゆうい、きちんと仕事できてる?」
ミヤビさんの上機嫌な声がスピーカーから漏れた。
俺はたくさんの書類を眺めては、ため息をつきながら答えた。
「ユイ……彼は全く仕事ができません。今日もお客様を怒らせて帰しました」
ミヤビは彼のことをゆういと呼ぶ。ユイと名付けたのも彼らしい。彼は何故か周りにゆういと呼ばせないようにしていた。だから、俺はユイと呼ぶ。

「そうか…仕事向いてなさそうだね…」
ミヤビさんは、言葉とは裏腹に少し嬉が混じった声色をしていた。

「それじゃあ、仕事ができるようにちゃんと教育しておいてね」
「はい」



ミヤビの命令は絶対だ。ユイを教育しなければならない。

勢いよく事務所へ訪れたユイの頬を殴りつける。彼は喧嘩の経験もなかったようでもろに顔面へ拳が入った。痛みに顔を酷く引きつらせている。

「ちゃんと接客できるようになるまで、教育だ」

体を捻って勢いに任せユイの鳩尾を狙う。
人間は急所を狙えば図体がでかいやつでもすぐ動けなくなる。案の定、ユイは腹を中心に体を縮こまらせた。
身を守る態勢に入ったのがわかり、ユイの首元を持ち上げる。
「お前がミヤビさんの名を落としてるんだよ。これ以上恥をかかせるんじゃねえぞ」
ガツンともう1発頬に拳を入れる。うぐっ!と絞りあげたような声を出して、ユイは項垂れた。
しばらくすると、嗚咽のような鼻を啜る音が聞こえ始めた。
もう一度無理やり顎を掴んで顔を上げさせれば、血で口周りや鼻下を汚しながら、涙を浮かべている。
ユイの目は怒りではなく恐怖や悲哀に満ち、歯をガタガタと揺らした。

その顔に何故か俺は見覚えがあった。
それと同時にふと心臓が締め付ける感覚がする。

ポタポタと涙粒は落ち、ごめんなさい…とユイは呟く。

おもわずその光景に俺は手を離してしまい、ユイが床に転がった。ドサリと重たい荷物が放り投げられる音を立てユイは地面に倒れこんでしまうが、痛みに耐えながらごめんなさいごめんなさい…と謝り泣き続けていた。

その光景にゾクゾクと腹奥から痺れがきたのを確信した。心臓の心拍数が急速に上がり、中心から溢れる熱が身体中を満たしていく。
男たちが言っていたことを思い出した。

あぁ、これが被虐心をくすぐられるということか。


俺はそれから教育と称してユイを呼び出しては暴力を振るった。痛みに慣れては困るからある程度は加減しながら、ミヤビの名を貶めているのはお前だと体も心も追い詰めていく。実際にミヤビの売り上げを落とされるのは店としても支障をきたしているから、これは然るべき行為であり、ほかのホスト達も受けてきた洗礼だ。

ユイは痛みに耐えられないのかよく泣く。その顔が見たくて、俺は彼が嫌がるところを執拗に攻めてしまう。昨日痣をつけた位置へ殴り込むと、彼は思いっきり泣き叫んで倒れ込んだ。
殴り終えた後は給料袋を叩きつけてやる。そうすると、彼は金が手に入ってしまうこの環境から逃れられないことを再度思い知らされ、涙を何度も溢れさせるのだった。




******

「ルカです!よろしくお願いします!」
ユイの後輩となる金髪の新人は爽やかに大きな声で挨拶した。顔立ちもよく、背も高くて女が好きそうな見た目をしている。

(こいつはよく売れそうだな…)

ちらりとユイのことを横目で見る。
相変わらずユイは下を向いていて、新人のことなど目もくれない。自分のことで必死なのだろう。その様子が妙に可愛く見えてくる。早く殴りつけてやりたい…。
内なる興奮した高ぶりが止まらなかった。


しかし、今日ユイはルカのお陰で大きな失敗はしなかった。
俺も上の方から新人が入ったことでの打ち合わせに呼び出され、忙しい。

(まあ、今日はいいか)

黙って給料袋を置くと、ユイは驚いた顔で固まっていた。しかし、ルカのことを伝えると、屈辱心を感じたのか顔は真っ青になっていた。

彼が退勤したのを確認し、ミヤビにその事を連絡する。これも業務の一環である。
ついでに送られてきたメールをチェックし、調べさせたルカの情報が一覧になって送られてきていた。
「早崎流伽」
殺人犯の息子。母親と父親は離婚しており、10歳の頃父が逮捕され、施設に送られる。その後、マルチ商法や詐欺を働くが、逮捕され3年間拘留される。

まあ、よくある事例だ。親がまともに機能せず、裏社会へのめり込んでしまうやつ。
明るい彼からは想像できないほどの壮絶で惨い生き方だ。しかし、この世界で明るく幸せそうに生きている奴ほど、とんでもなく醜く、人を偽り騙すのがうまい。正常な人間ほどこの世界の闇に触れ、暗いオーラを纏う。それを全く見せない奴が腹底1番恐ろしい。ミヤビはよくそう言って、彼らを扱うのが1番煩わしいと笑っていた。

そしてまさにルカはその傾向にピッタリと当てはまる。
俺はミヤビへそのメールを転送した。





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