「…っ」
喉が痛い。
さすがに水分を捕まってから一切摂っていないのは辛かった。乾燥した空気は喉をより乾かせる。
それにトイレにも行けてないため、用を足すことすらできていない。
ずっと固い地べたに座っていた尻や太ももは悲鳴をあげていた。
(いい加減、早くここから出たい)
そう思いながら、ぼーっと時計を眺める。
自然とため息が漏れていた。
それからどれくらい経ったのか。すぐだったのか数十分後なのか、それほどわからない感覚でノックが聞こえた。
「失礼しまーす。書類持ってきました〜……って、え!?なにこれ!?」
「んー?あー、変崎ね。お仕事お疲れ」
「えっ、三笠隊長、いまのスルーっすか!?」
(変崎…!)
そうだ、変崎も凌駕の親衛隊に所属していた。
偶然書類を届けにきた変崎が
思わず助けを求めようと口を開ける。
「変崎っ…!」
「そ、相馬。声ガラガラじゃん!?大丈夫!?いや、大丈夫じゃないか!」
変崎が慌てて駆け寄ってきて、目線を合わせるようその場にしゃがみ込む。
俺の顔などを一通り見て、とりあえず何もされていないことは確認したのか、「水もらってくるね」と声をかけられる。
「あっ、待っ、て、外して…」
「あ、ああ、そっか…すぐ外すから」
「わーっ!ちょっと変崎ダメ!相馬には入隊してもらわないと!!」
「にゅ、入隊っ…?てか、何で相馬拘束してるんです!?」
意味がわからないと、状況が理解したい変崎はかくかくしかじか説明する三笠先輩の話に耳を傾けてしまい、紐を解く手を止めてしまう。
結局、一通り話を聞いた変崎は複雑そうに、こちらを見た。
「相馬。お前も…大変だな……」
「えっ、外すのは…」
何も言葉を返さずポンポンと肩を叩いて変崎は立ち上がり、「水を持ってくるね」とその場から立ち去ってしまう。
変崎、親衛隊の方に鞍替えしてしまったようだ……。
とりあえず戻ってきた変崎にペットボトルの水を飲ませてもらい、水分補給はできた。
それでも疲れで思考は回らなくなってくるようで。
サインをするように目の前に置かれた紙のことで脳の中がいっぱいになっていってしまう。
一瞬でも心が揺らぎかける、それを耐えては、また揺らいで。
そうやって葛藤していた時、また高らかにノック音が鳴った。
「やっほー!みんな元気してるー?凌駕だよー!」
「りょ、凌駕様っ!」
皆虚ろとしていた空気が、キャピッと女子高生並のはっちゃけた(親族として恥ずかしい)凌駕の登場で一気に晴れる。
じっと縮こまっていたチワワ先輩やマッチョの人達も皆、柄になくキャーキャーと凌駕の周りを囲んでいく。我ながら、兄の周りへの影響力の凄まじさを感じる。
「兄ちゃん…?」
「えっ!?相馬の声がする!?」
「わっ、ちょっ、凌駕様っ!」
ポロッと小さく呟いただけなのに、どんだけ地獄耳なのか、凌駕は勢いよく顔を上げて、先輩達をかき分けこちらへ駆け寄ってくる。
(ああ、これで助かる…)
そう思ったのだが、俺の様子を見た瞬間、凌駕の表情が明らかに変わった。
「は?なにこれ」
いつもはテンションが高すぎてうるさいほどキンキンしていたはずの兄の声が、何トーンも下がってそんな声が出たのかというほど低くなる。
思わず条件反射で俺も体が強張る。
それは先輩達も同じなようで、三笠先輩なんかガチガチと歯が震えている音がする。
「りょ、りょりょりょ凌駕様っ、これは、わけがあって、あの、祈祷で、いや、祈祷じゃないけど、でも、あの」
「祈祷?なにそれ?てか俺よりも先に相馬を拘束プレイするなんて何考えてるの?相馬の俺との初体験がまた一つ消えたじゃん。どうしてくれんの?しかも相馬を見つけたら俺に連絡して、その動向を隅々までみっちり報告しろって言ったよな?なぁ、三笠」
「ひっ、ひぃぃいッ!!」
いや、待って、なんか今いろいろと変な発言があった気が…。
しかし、そんな突っ込みを悠長にする雰囲気もない。
凌駕は三笠先輩の方へ向いてしまいちょうど俺とは真反対の方向を向いているからどんな顔をしているのかわからないのだが、あの元気な三笠先輩の顔色が血の気がひいたように真っ青である。相当、凌駕は怖いみたいだ。
三笠先輩は倒れかけて膝を地面についてしまう。
そのまままだ凌駕は言葉を続ける。
「それに、ここにいたやつ全員、相馬と同じ空気吸ってたから同罪ね。相馬の拘束をさっさと解いて」
その一言に一同の空気もピシッと一気に凍った。全員に恐怖が襲いかかる。
「早く解いて」という凌駕の命令に、怯えていた先輩達は急いで俺の拘束を解いてくれた。なんだか可哀想な気もするが、長時間拘束していたのだから自業自得だ。
俺はやっと拘束を解かれた安心感で安堵のため息を吐いた。
ああ、本当に助かった。俺も張り合ってしまって後に引けなかったから、兄が来てくれて助かった。
兄には感謝だ。
「兄ちゃん、ありが…」
「とりあえず、そこで大人しくしてた相馬もお説教ね」
「………え?」
まさかのとばっちりである。