そのあとも最悪だった。どこへ行ってもだれかと出くわし、皆が一様に目の色を変えてコナンに飛びついてくる。それもただ普通に愛情を示してくるだけならまだしも、狂気的なまでにコナンを欲して求めてこようとするのだ。目を血走らせて息を荒くし、無我夢中でコナンに突進してくる。いっそだれとも出会わないようにと、どこかに隠れても無駄だった。一カ所に長い間居続けると、バングルの呪い(効果というよりももはや呪いと言った方が近い)に引き寄せられて、やがて必ず見つかってしまう。そうなると、一人だけじゃなく集まってきた複数の知り合いから逃げなくてはいけなくなるのだ。隠れたり逃走したりを繰り返し、捕まってしまったらどうなるのかと恐怖し怯え、コナンは生死をかけた鬼ごっこをしている気分だった。
 それは少年探偵団に遭遇した際も同じで、子ども相手ならまだ安全だろうと思っていたのが甘かった。
 まず一番先に見つかったのが元太で、「コナン!なんでか知んねーが、おまえの姿がうな重に見える!なんかいいにおいがする!うまそう!」と腕に思いきり噛みつかれた。
「おい元太!それがおまえにとっての最上級の愛情表現なのかよ!」とツッコミを入れつつなんとか振り切ると、今度は光彦に遭遇。
「こっ、コナンくん!なんだか今日はやけにキミがハンサムに見えます!同性相手に恋心を抱いてしまった僕は、イケナイ男なのでしょうか!?」
「ボケが多すぎて拾いきれねーよ!」
 とにかくひたすら逃げるに限ると元太と光彦を撒いて、コナンは公園を突っ切った。すると予想はしていたが、やはりお約束とばかりに歩美にぶつかった。
「ゲッ、歩美!」
 女の子相手に乱暴なことはできない。無自覚なフェミニスト根性が働き、歩美を突き飛ばすことに躊躇する。そしたら、歩美が怒ったように頬をぷぅっと膨らませた。
「『ゲッ』ってなによ!コナンくんたらひどーい!」
「……え?」
 どんなふうに仕掛けてくるのかと身構えていたコナンは、呆気に取られる。どういうわけか、歩美の反応は他の連中と違った。出会い頭にコナンに抱きついてくるわけでもなく、熱烈な愛を口にすることもしてこない。というか今までが異常だっただけで、歩美はただ普通なだけなのだ。
(どういうことだ。なんで歩美だけ……まさか効果が切れたのか?)
 不思議に思い、コナンは歩美の目を覗き込んだ。
「なあ歩美……俺のことどう思う?」
「ええっ!?」
 肩を掴んで真剣な表情で問うと、歩美はびっくりしたように大声を出した。そして、
「えっとね、歩美は……コナンくんのこと大好きだよ」
 林檎のように顔を真っ赤にして、にっこりと微笑んだ。それは、バングルの効果が働いたようには見えなかった。
「え。あ、ありがとな……」
 なんだか毒気が抜かれて、思わず礼を言ってしまう。そうして歩美がますます顔をカアッと恥ずかしそうに赤らめた時。
「あーっ!コナンくん!今度こそ逃がしませんよ!!」
「コナン見っけ!うな重!コナン!うな重!!」
 という元太と光彦の声が後方から聞こえてきた。どうやらバングルの効果はまだ続いているらしい。歩美には悪いがこのままここにいては危ないと、コナンは再び逃走した。


 そうして現在時刻は午後五時前。適当に目に付いたビルの中に入り、コナンは少し一休みすることにした。長居するのは危険だが、ここなら簡単に見つかりはしないだろう。ここに来るまでの間、知人に遭遇しては激しく求愛され続けて、コナンは体力精神共にクタクタだった。
「つ、疲れた……つーか昼メシ食ってねーよ。腹へった……」
 今日だけで一体何キロ走ったんだろう。膝がガクガクしているし喉がヒューヒュー鳴っている。吐き気と胸焼けがひどい。限界をとうに超えているのにそれでも足が動くのだから若さって凄い。それともこれが生命力なんだろうか。だってもし捕まってしまったら、生きて帰れる気がしない。それくらい皆必死で恐かった。だからコナンも、必死に逃げ続けるしかなかったのだ。
「スケボーが欲しいけど、取りに行くのも危険なんだよなあ……」
 このバングルの効果はいつまで続くんだろう。これほどまでに博士の発明品が恐ろしいと思ったことはない。そして同時に、メラメラと博士への怒りも過去最高に達していた。
(許さねえ!絶対に許さないからな博士!)
 本音を言えば今すぐにでも博士の家に行って文句と愚痴を吐き出したいところだが、バングルの効果が働いた灰原のことを思うと恐ろしすぎる。絶対に近付きたくない。きっと博士もそれが計算の内だったんだろう。なんて卑怯なんだ。
 そんなことを考えながら、また知り合いに見つかる前にそろそろ移動しなければと立ち上がろうとしたところ――「だーれだっ」と突然、楽しそうな声が真後ろから聞こえてきて、目の前が見えなくなった。
「なッ!?」
 どうやらだれかに手で目隠しをされたらしい。今の今まで、まったく気配を感じなかった。
「だ、だれだ!!」
「さあて。だれでしょう?」
 ふふふ、と聞き慣れない声が耳元で笑う。しかし、そんなふうに含み笑いをする人物には一人だけ覚えがあった。
「まさかっ……キッド!?」
 視界を塞ぐ手をどかして確信気味に振り返れば、そこには本当に、コナンの宿敵である月下の奇術師こと怪盗キッドが居た。スーツにシルクハットにマント。いつもと同じ派手な白い衣装で佇んでいる。予想外の遭遇者に唖然とするコナンに、キッドは嬉しそう言った。
「ピンポーン!さすが私の名探偵。なんで分かったんです?愛の力?」
「キッド、なんでおまえがここに……」
 動揺したものの、考えなくても分かることだった。こいつも一応、コナンの『知り合い』に分類される人間だ。例によってバングルの力に引き寄せられて来てしまったんだろう。
「運命的な出会いってやつだよ、探偵くん」
 そんなドヤ顔で言われても困る。だってこれは運命でもなんでもないのだから。
「ふっ……運が悪かったなキッド!今日こそおめーのその神秘のベールを剥がしてやるぜ!」
 この際チャンスと思って素顔とか色々拝んでやろう。そう意気込んで時計型麻酔銃を向けた――が、何も起こらなかった。
(しまった!!)
 興奮して忘れていたが、先ほど小五郎に使ってしまったためもう針が残ってないのだった。
「おやおや、大丈夫ですか」
 麻酔銃を構えたまま一時停止したコナンに、事を察したらしいキッドがニヤニヤと意地悪げな笑みを浮かべて見下ろしてくる。その表情が語るに、捕まえられるもんならやってみやがれと言ったところだろうか。
「クソッ!」
 コナンは屈辱に歯ぎしりした。それでなくても今日は散々なことばかりだったのだ。これまでの鬱憤が溜まりに溜まりまくっていた。その小憎たらしいツラをなんとしてでも歪ませてやりたい。この苛立ちを晴らしてスッキリしたい。とにかくストレス解消したくてたまらない。空腹であることも相俟って、コナンの苛立ちゲージはマックスレベルにまで達していた。
「『ベールを剥がす』だなんて、名探偵ってばスケベなんだから」
「なに言ってんだよ気色悪い」
 ポッと顔を赤らめたキッドにコナンはまったく動じなかった。今日は一日中、知人達の血迷った発言をたくさん耳にしてきたのだ。今さら何を言われたところで驚かない。腹立つけど。むかつくけど。もう何を言われようとかかってこいという気概だった。
「今さら照れなくても。私の方は大歓迎ですよ。あなたがお望みとあらば、いつでも押し倒される覚悟はできています」
「へえ、そうなんだー」
 コナンは棒読みで返事しつつ、目の前の獲物をどうしてやろうかと考えた。この調子なら、「ちょっくら刑務所までランデブーと行こうぜ」などと言えば二つ返事で頷きそうな気さえする。今日がキッドの予告日じゃないのが残念だ。現行犯だったなら迷わずバングルの力だろうがなんだろうが利用してお縄にしてやったのに。
「ずいぶんと物騒なお顔してますけど、何考えてます?」
「おまえのこと」
 そう即答してやれば、案の定キッドは恥ずかしそうにしてモジモジと照れた。意外な一面が見られるし、これはこれで結構面白いかもしれない。調子に乗ったコナンは、気が済むまでキッドをからかうことに決めた。
「なあキッド、おまえって俺のことどう思ってるんだよ」
 歩美相手にしたのと同じ質問をする。それに対してキッドが口にしたのは、やはり歩美と同じような返答だった。
「どうって、それは……好き…ですよ…………特別な意味で」
 後になるにつれどんどんと声が小さくなり目が泳いでしまっている。まるで本気で言ってるようなその様子が笑えて、コナンはふぅんとわざと素っ気ない反応を返した。そしたら当然、キッドが少し傷ついたような表情をする。そしてムキになって訊き返してきた。
「め、名探偵はどうなんですかっ」
「どうなんですかって、なにが?」
「だから私のことですよ!『好き』って言ってください!」
「それ質問じゃなくて命令じゃねーか」
「だってずるいですよ!私だけに言わせるなんてっ…!」
 うるる、とキッドが涙目になる。実年齢がいくつだか知らないが、この程度のことなんか、泣くほどのものでもないだろう。いくらバングルの力で狂わされているとはいえ、コナンは軽く呆れてしまった。


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