パニックバースデイ


 五月四日、午後二時現在。江戸川コナンは、全力疾走で米花商店街を駆け抜けていた――――大人達から逃げるために。
「待っとくれ!待つんだコナンくん!」
 後ろの方でドスドスと音を立ててを砂埃をあげながらコナンに向かって叫んでいるのは、警視庁刑事部捜査第一課強行犯捜査三係の目暮警部。
「目暮警部、ここは私に任せてください!さあコナンくん、逃げたりなんかせず私の胸に飛び込んでくるんだ!」
 その横を走る白鳥警部が、目暮を牽制するように手で遮りつつ追いかけてくる。
「コナンくんっ、逃げられると思っているの!ただちに止まりなさい!」
 さらにその前を走る佐藤刑事が、ヒールを履いているのにもかかわらず恐ろしいほどの俊足で迫ってきていた。
(くそっ!なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねーんだ!)
 すれ違う人々の野次馬視線を浴びながら、うんざりと胸中で悪態をつく。コナンがこうして大人三人に、しかもよりによって警察に追われているのは、決して何らかの容疑にかけられているわけでも、犯罪者として連行されようとしているわけでもなかった。ならば何故、こんなことになってしまったのか。
(チクショウ!恨むぜ博士!)
 そう、すべては阿笠博士の所為だった。全部博士が悪い。この報復は絶対にさせてもらう。ゼーゼーと荒く息をきらし足を必死に動かして警部達から走って逃げながら、コナンは復讐を胸に誓った。


 事の始まりは今朝、博士宅を訪れた時までさかのぼる。新しい発明品を試したいと昨晩電話があり、コナンは博士の家に来ていた。
 本日は五月四日、工藤新一の誕生日である。つまりコナンの誕生日でもあった。しかもゴールデンウィークだ。せっかくの誕生日兼国民的休日なのだから、個人的な希望としては幼なじみの毛利蘭とどこかに出掛けたりしたかった――のだが、残念なことに、蘭は園子と買い物に行く約束しているらしくその願いは叶わなかった。だがその約束が、自分(新一とコナン両方)の誕生日プレゼントを買い行くことだとコナンは知っている。「楽しみにしててね新一。でも、コナンくんには内緒だよ」という電話越しの弾んだ声が、コナンにとって何よりものプレゼントになった。
 だから今日は予定も特になく、元々さほど自分の誕生日にこだわる質でもなかったので、博士から電話があった時は暇がつぶせてラッキーと軽い気持ちでいた。この時コナンはまだ知らなかった。その発明品の所為で、自分の誕生日がとんでもない日になるということを……。

「ハッピーバースデーじゃ新一!」
 陽気な声で博士が押しつけてきたのは、ピンク色の包みでラッピングされた袋。手のひらに収まるサイズのプレゼントだった。
「もしかして、これが昨日言ってた新しい発明品かよ」
「うむ!自信作じゃよ!」
 博士の顔を見れば、にんまりと得意顔をしている。博士との付き合いは十年以上になるが、その長年の付き合いの中で得た勘が言っていた――「なんか嫌な予感がする」――と。
「効果があるかどうかまだ試してないんじゃ。さっそく付けてみとくれ」
 『効果』という単語に嫌な予感がさらに増す。だが危機感よりも好奇心の方が勝り、とにかくどんな物か見てみることにした。
 誕生日プレゼントというくらいなのだから、どうせなら半日だけでも新一の体に戻れる薬とかが良かった、などと思いつつ、ハートマークが描かれた悪趣味なラッピング袋を開いてみると……
「なんだこれ。バングル?」
 出てきたのは、留め具のない銀色の腕輪。とてもシンプルな見た目をしていた。ボタンなどの装置も見当たらないし、ただのアクセサリーにしか見えない。
「なあ博士。これって何に――」
 使うんだ、と訊こうとしたら、問答無用とばかりにいきなり博士がコナンの腕にバングルをカチリとはめてしまった。
「その名も、ラブミーバングル!これで最高の誕生日を過ごせるぞぉ!」
「は?ら、ラブミー?おい、ちゃんと説明してくれよ博士」
 最近マシな物が続いたから完全に油断していた。恐らくこれは久々の、胡散臭い方面の発明品だ。
「このバングルはな、付けているだけでモテモテになれるんじゃよ。と言っても、効果があるのは知り合いだけじゃがのう」
「はあ!?なんだそれ!」
 なんか博士の発明品らしくない。というかむしろ、未来から来た猫型ロボットがポケットから出しそうなアイテムっぽい気がする。テイスト的に。
「どうだ、男の浪漫じゃろ?」
「いや、浪漫って、モテモテって……俺はこういうのはいらねーよ。悪いけど返すな。俺以外のだれかにあげた方が喜ぶと思うぜ」
 べつにモテたいわけじゃないし。そう言ってバングルを外そうとすると、どういうことかがっちりと腕に固くはまっていて、外すことができない。
「無駄じゃよ。一度はめたらしばらく取れんからのう」
「な、なにっ!?」
「わしには効かんから安心しとくれ。さあ、もうそろそろ哀くんが起きてくる時間じゃよ。その前に出て行かんと、大変なことになるぞう」
 ニヒヒヒ、と悪い顔で博士が笑った。楽しくて仕方がないといったふうな様子だ。
 コナンは一気に青ざめた。そういえばこの爺さん、時々お茶目を通り越した悪ふざけをする人間だった。最近すっかり落ち着いたから忘れていた。
「くっそぉ!覚えてろよ博士!!」
 そんなわけで。主人公にあるまじき捨て台詞を吐いて、コナンは博士の家を飛び出したのだった。


「はあ……こんなことになるなら、博士の家になんか行かなきゃ良かったぜ」
 と後悔に頭を抱えたところでもう遅い。いくら悔やんだところでバングルは頑丈にはまったまま取れそうにもないし、このまま効果が切れるか外れるまで我慢するしかないのだ。
 博士への恨み言をブツブツと口にしつつコナンが最初に向かったのは、普段生活している場所である毛利探偵事務所。モテモテとか本当にどうでもいいから、とりあえず家で大人しくしていよう。そう思って帰ったら、麻雀をしに行ったはずの小五郎が何故か居た。今ならだれもいないと思っていたのに。
「あ、あれれ〜。おじさんなんでいるの……」
「そりゃあヨーコちゃんが出るテレビ番組を予約し忘れたことを思いだし――ッ!」
 振り返った小五郎がコナンの顔を見た途端、その目が大きく開いた。そしてみるみるうちに表情が変わっていく。ギクリ、としたコナンが一歩後ろに下がった瞬間。
「こ、小僧っ…!愛してるぞ〜〜〜!!」
 急に脈絡もなく気色悪いことを叫んだと思ったら、小五郎はなんとコナンに向かってルパンダイブしてきた。
「うぎゃああああああッッ!」
 理性を失いトランクス一丁になったおっさんの姿に、一気に鳥肌がぶわりと立つ。コナンは絶叫し、考えるよりも先に体が動いて麻酔針を小五郎に打ち込んでいた。
「ふにゃあ〜」
 いつものように情けない声を上げて小五郎が床に倒れ込む。寝ている今の内にと、コナンはこの場から逃げてしまうことにした。
「悪いなおっちゃん。沖野ヨーコの番組は俺が予約しといてやっからよ」


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