めんどくさい……。声に出さなくてもそう考えているのが表情から伝わったのだろう。キッドはむっとした顔をして、それからゴホンと咳をして言った。
「……ここにパンがあります。食べたいですか?」
「はっ?」
 いきなり何を言い出すんだと思ったが、そう言うキッドの手には確かに菓子パンの袋が握られていた。そしてコナンは今日昼を食べていない。ちなみに今は夕方で、コナンの腹はさっきから鳴りっぱなしだ。パンを見たら余計に腹がへってきた。
「そのパン、まさか毒が入ってるんじゃねーだろうな?」
「まさか。好きな相手に毒入りパンを食べさせるほどのヤンデレ属性は、持ち合わせていません」
(ヤンデレ属性ってなんだろう)
 キッドの言ってる言葉の意味はよく分からないが、パンを食べたいか食べたくないかで言えばもちろん、めちゃくちゃ食べたい。
「よこせっ!」
 奪うように手を伸ばせば、それよりも素早い動きでパンが遠ざけられた。思わずチッと舌打ちしてキッドを睨んでしまう。
「おっと、そんな目をしないでくださいよ。欲情してしまいます」
「くれるんじゃねーのかよ!」
 コナンの頭にはもうパンを食べることしかなかった。キッドの問題発言よりもパンが優先された。その心情を汲み取ったらしいキッドが、拗ねるように口を尖らせる。そしてパンを高らかに持ち上げた。
「差しあげますよ、私のことを好きだと言ってくださったらね!」
「好きッ!好きだよ好き好き!愛してるぜ!!」
(パンをな!!)
 コナンは叫ぶように言い、今度こそキッドの手からパンを奪い取り袋をちぎるように開けてパンに食らいついた。そうして一心不乱にパンを食べるコナンを、キッドは夢見るような目つきでうっとりと見守っている。胡乱な目でコナンに睨まれてもヘラリと笑うだけで、余計な邪魔はしてこなかった。
 どうして誕生日なのにこんなにひもじい思いをしなきゃならないんだろう。理不尽だ。みじめすぎる。パンを食べてる途中でキッドが差し出してきた紙パックのジュースを受け取り飲み干しつつ、コナンは全世界を――というか主に博士を――呪った。

「ねえ、ダーリン」
「……だれがだれのダーリンだって?」
 キッドの懐から出された二つめのパンを食べ終わり、眠たくなってきて目を擦っていると、キッドが話しかけてきた。一日中動き回って疲れていたコナンは、煩わしげな声を出す。
「だってさっき確認し合ったじゃないですか。ふたりの愛を」
「あー。そうだったな」
 そんな事実はまったく無いが、面倒だったので適当に話を合わせた。それによってキッドが再度モジモジとして照れ始めたのだが、ぼーっとしていたためコナンはそれに気付かない。というかぶっちゃけ、興味がなかった。
 いつのまにか夕日も沈んでしまったし、そろそろ家に帰りたい。でもバングルの効果が切れるまではそこら中を出歩くのは危険だ。これからどうしようか悩んでいると、ポケットの中の携帯電話が震えだした。発信元は、阿笠博士だ。
「おい博士!いつになったらバングルの呪縛から俺は解放されんだよッ!」
 飛びつくように着信に出たコナンに、博士は暢気な声で返してきた。
『なんじゃ新一。まだ付けておったのか。もうとっくに外したと思っておったのに』
「えっ」
 驚いてバングルをはめられた右手首を見てみる。するとそこにあったはずのバングルは、いつのまにか消えて無くなっていた。どういうことだ。外した覚えがないのだが。
「あなたの腕に付いていたコレなら、私が外しちゃいました」
 そう落ち着いた声で言ったのが聞こえて、コナンは耳に電話を当てたままキッドの方を振り向いた。コナンと目が合ったキッドが、ニッと勝ち気に微笑む。その様子は、いつだったかに見た光景を思い起こさせた。キッドと初めて会った日。たしかあの日も、こんな感じだった気がする。
『新一聞いとるか?今日一日、モテモテ気分を楽しめたかのう。感想を聞きたいんじゃが…』
 電話の向こうで博士がまだ何か言っていたが、コナンは通話を切って携帯電話をしまい込んだ。今は博士に構っていられない。何故なら、確かめなきゃいけないことがあるからだ。
「なあキッド。それ、いつ外したんだ?」
 コナンが眉を顰めて訊けば、にっこりとしてキッドは答えた。
「目隠しした直後くらいに」
「どうやって」
「私にかかればこの程度、金庫を開けるよりも容易いことです」
「それがどんな物だか分かってたのか?」
「もちろん知ってますよ。モテモテになれるバングル、でしょう?」
「なんで知ってるんだ」
「見てましたから……ずっと」
 ポーカーフェイスで微笑みを保ったまま、キッドはコナンからの矢継ぎ早な質問に素早く返答する。その笑顔が嘘くさくないのが余計に怪しくて、キッドが何を考えているのかとコナンは不審に思った。
「見てたって、いつから」
「それは秘密です…――ねえ、そんな顔しないでくださいよ」
 コナンは何故か、裏切られたと感じていた。そんなことを考える自分の方がおかしいことくらい分かっている。裏切るも何も、最初から自分と目の前の不審者は敵対関係にあるのだ。元々、出し抜いたり出し抜かれたりするのが当然の仲なのだ。
 それでも、今日こいつと一緒に過ごしたこの短い時間は、普段の自分達とは違う一時(ひととき)だったと思っていた。コナンが勝手にそう思っていただけだ。そう、自分一人だけがそんなふうに思っていた。相手はそうじゃないのに。だから、『裏切られた』なんて一方的に思ってしまったのかもしれない。
「おまえ、一体何が目的なんだよ」
 胸の中に黒いモヤがかかったような心地がして、コナンは一気に不快な気持ちになった。キッドが何をしたかったのかが分からない。どうしてわざわざこんなことをしたのか理解できない。だってキッドは、バングルの効果を知っていて、わざわざ近付いてきて、バングルの所為でおかしくなったふりまでしていたのだ。そしてコナンに愛の告白をしたり、パンを与えたり、本当に意味が分からない。
「『目的』ね…………私の目的は、ただ一つ。あなたの誕生日を、一緒に過ごすこと。それだけです」
「……は?」
「バングルを外したのは、あなたとの逢瀬をだれにも邪魔されたくなかったから。パンを差し上げたのは、あなたが空腹だったから。愛の告白をしたのは――――私の行動のすべて、理由は同じです。そのくらい察してくださいよ。名探偵でしょう?」
「…………」
 コナンは、愉しげな声色で喋り続けるキッドの顔を凝視していた。からかうような、試すような、遊んでいるような表情をしているのに、その瞳だけは、やけに切実に揺れていた。
(もしかして……)
「でも、安心してください。もう満足しましたし、そろそろお望み通りあなたの目の前から消えますから」
「っ…!待てよキッド!!」
 飛び立とうとしたキッドのマントを、コナンは咄嗟に掴んだ。
「その、おまえは――…」
 条件反射で捕まえたものの、何を言ったらいいのかと言葉が出てこなくて口をつぐむ。そんなコナンに、キッドはフッと優しい目をして微笑むと、言った。
「Happy birthday……誕生日おめでとうございます名探偵」
 ポンッ!と音がして、しっかり掴んでいたはずのマントが手から消えていた。驚いてキッドの顔を見上げれば、いつのまにか、キッドはふわりとマントを広げてコナンから離れた場所に立っている。そして最後にウインクをして、白い煙幕と共にキッドは消えてしまった。
「おい!?キッド!!」
 コナンが叫んできょろきょろと周りを見回すと、姿は見えないままキッドの声だけが聞こえた。
「今度は月明かりの下で……また会いましょうね、ダーリン」


 その後、コナンは博士から「もともと恋愛感情を抱いてる人物にはバングルの効果はない」という真実を聞くことになる。


end.



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【後書き】
祝!江戸川総攻めアンソロジー公開!ずっとこの日を待ち望んでおりました……本当に。大好物です。江戸川攻め万歳。江戸川攻め最高。江戸川攻めがもっと増えて江戸川攻め作品がもっと普及して江戸川攻めの輪が広がりますように!!この度は企画にさそって頂きありがとうございましたっ!!


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