先週の出来事が忘れられない。今日は週の真ん中の水曜日なのに、あれからずっと、毎日のように摂津くんのことを考えていた。
 金曜日、本当にたまたま駅で摂津くんと会ってしまった。しかも学校での私、齋藤楓としてではなく、変わりたいと思って今時風に装った私としてだ。それはとても不思議な気分だった。あの時出会った"私"という存在は、摂津くんにとっては初めましての"私"なのに、私にとっては摂津くんは初めましてではない。なかなかない経験をしたと思う。


「…………」
「……さん、齋藤さん!」
「わ! ど、どうしたの佐久間くん!」

 ぐるぐるといろいろ考えていた授業中、隣の席の佐久間くんに名前を呼ばれていることに気付いた。佐久間くんは赤い髪の毛と瞳が特徴の、とても優しそうな雰囲気が印象的な男の子だ。今年初めて同じクラスになり、1人でいることが多い私にも気さくに話しかけてくれる。

「次齋藤さんの番だよ!」
「えっ」

 佐久間くんに言われて気付く。いけないいけない。今は英語の授業中で、席順に段落ごとに音読をしていたのに、いろいろと考えていたせいで自分の番なのにそれが抜けてしまっていた。

「すみません! えっと……」
「ここだよ、三段落目!」
「ありがとう、佐久間くん」

 慌てて教科書のページをめくり、佐久間くんに読み上げる場所を教えて貰って読み上げた。 読み終わると先生は笑いながら「委員長がぼーっとしてるなんて珍しいな、しっかりしろよー」と言ってはくれた。……私らしくない、今は授業中なんだからしっかりしないと。


「佐久間くん、さっきはありがとう」

 チャイムが鳴って授業が終わり、佐久間くんにさっきのことのお礼を言うと、彼は笑った。

「あはは、どういたしまして。齋藤さんがなかなか読まないからみんなびっくりしてたんだよ」
「うっ……ごめんなさい」
「え、なんで謝るの!?」
「いや、授業中にぼけーっとするなんて罪悪感が……」
「真面目すぎるよ! 誰にでもぼけーっとしちゃう時はあるし、そんなこと言ったらオレなんてずっとぼけーっとしてるから!」
「え、そんなことないでしょ!」

 佐久間くんは私が謝ると、とても焦ったように慌てていた。そうさせてしまったのは申し訳ないけど、励ましてくれたのか、庇ってくれたのか……どちらにしても佐久間くんはやっぱりいい人だ。


 そして佐久間くんとの会話が一区切りつき、もうすぐ次の授業が始まる。ああ、次の授業の教科書を出さなきゃ。そう思って教室後ろのロッカーへと教科書を取りに行こうと立ち上がると、ふと窓の外の校庭に目が行った。校庭にはジャージを着た隣のクラスの生徒達がいて、そしてその中にいる彼の姿が目に入り、見入ってしまった。

(……摂津くんだ)

 そこには隅っこの方でだるそうにしながらも、ジャージを着ている摂津くんがいたからだ。珍しい、彼が学校の授業に参加するなんて。かったるそうにして足を組んで座る摂津くんはそれだけでも様になっていて、その近くで女の子が彼の姿を見ている様子が伺える。
 ああ、やっぱり摂津くんは人気者で、かっこいい。遠目でさえかっこよく見えるなんて、ずるいよ。先日摂津くんのことを改めて好きだと思ってしまった私は、ドキドキと高鳴る心臓が隠せなかった。

(………あ、女の子が動いた)

 そしてある女の子が摂津くんの元に寄っていて、何やら話しかけているようだった。もちろん何の話をしているかなんて分かるわけもなく、私はその様子をただただ見ることしか出来ない。だけどモヤモヤとした気持ちが自分を襲い出したので、私はすぐに視線を外して、止まっていた足を動かして次の授業の準備をしたんだ。

 気軽に話しかけられる女の子を見て、私も同じクラスなら話せたのかなとか考えてしまう。でもきっと同じクラスになったところで1年の時と同じことになる未来も見えている。他の女の子の可愛さや、いるかもしれない彼女という存在を気にして"委員長"としての最低限の会話しか出来ないんだろう。結局、真面目な私はそれくらいしか出来ないんだ。




「俺も週末この辺いること多いからまた会うかもな」

 
 金曜日の夜に摂津くんが別れ際に言った言葉が脳内に響く。もしかしたら、摂津くんにまた会えるのではーー? そして、あの着飾った自分としてなら、他の女の子の存在を多少は気にせずに摂津くんと話せるかもしれない。
 だけどもしその自分で会ったのなら、その私は別人で、偽りの自分なので彼に嘘をつくことになってしまうのではないか。それに前回は大丈夫でも、必ずしも私だとバレない保証なんてない。いろいろと不安要素もあるのでどこか気の進まない自分もいたのも事実だった。

 それでも、それすらもしなかったらそもそも関わる機会なんてない。クラスも違い、学校には可愛い女の子がたくさんといて、彼は人気者なのだから。もちろん化粧して装う自分が可愛いとは決して思っていないけれど、少しは摂津くんと話す勇気が持てるはずだ。だから私が彼と関われる方法はそれしかないーー。


 改めてそう思った私は金曜日、またお洒落をして駅に行こうと決めた。そして摂津くんに会えますようにと祈るのであった。


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