早いもので高校3年生になった。3年も摂津くんとはクラスは違い、おかげで彼への恋心は薄れてくれたし、何より今年度は受験が控えている。たまに摂津くんのことが気になる時はあるけれど、その程度に収まった。そして3年でも学級委員をしている私は周りから「やっぱり楓ちゃんは真面目だね」と言われ続けたんだ。

 そんな自分に変化があったのはふとした時だった。前触れなどなくて、勉強の合間にテレビを観ている時、CMでとても可愛らしい女優さんが映る。ああ、可愛いな。いいなあ、お化粧も上手で、薄い茶色の髪の毛が似合ってて、いいなーー……。
 CMが終わってもぽけーっとテレビを観続ける私に、不審に思ったお母さんが「楓?」と私の名前を呼んでハッと我に返った。「なんでもないよ」と言って部屋にすぐさま部屋に戻る。

(いいな、あんな風になりたいな。自分を変えたいなーー……)

 受験生だというプレッシャーがあったのか、どうして急にそう思ったのかは分からない。突発的にそう思った私は、次の休みの日に化粧品やら何やらを買いに行っていた。

 今思うと、本当は摂津くんのことがまだ頭のどこかにいたのかもしれない。




 そしてある週末の夜。私は駅ビルを巡って街を歩いていた。時刻は19時過ぎ。辺りはそこそこ暗く、こんな時間から出かけることなんて滅多にない 。それにーー

(変、じゃないかな……)

 とても緊張していた。なぜかと言うと、今日の私はこれまでの私と180度違うと言えるからだ。
 まず、カラーコンタクトというものを生まれて初めてつけてみた。コンタクトというものを初めてつけたので、つけるのに相当時間がかかってしまった。けれどつけてみると私の黒目は一気に茶色になってとても感動した。髪の毛も巻いてみた。ずっとストレートヘアで過ごしてきた私に巻き髪は初めてだ。上手くいくまで何度も練習して、肩下の髪の毛をミックス巻き、という形になった。さすがに髪の毛は染められなかったけど。そして化粧もフルメイク。とはいえ濃いのはさすがに似合わないので、シャドウしてアイラインを引いて、チークをしてグロスを塗って……あ、あとまつ毛をあげた。そんなごく一般的な化粧であるけれど、でも普段下地や眉を整えるくらいしかしてなかった私にとっては結構頑張った。更に普段着ない淡いピンク色の花柄のワンピースを着た。丈は膝よりほんの少しだけ上。普段は制服か、休日でもGパンやロングスカートしか着ない私はこんな格好初めてだ。
 変わってみたかった。ただそれだけの理由。お洒落をして街を歩くだけ、それだけでも何か変われるかなという軽い考えだ。もちろん高校生が夜に出かけるなんて、と躊躇いもあった。でも万が一、土日の昼間に同じようなことをして、学校の人達に見られたら……と考えてしまった。悪いことをしている訳ではないのだけど、普段の自分と違うことをしているのでどうも知られるのに抵抗があったのだ。だからといって今だって絶対に会わないという保証はない。だけど辺りが暗い夜の方が万が一の時に「別人です」と言い訳ができる気がするという小さい脳の甘い考えである。

 さあ、とはいえ何をしよう。お洒落をして街に来たのはよかった、けど目的というものがあまりない。何か買い物買い物……。うーん、とりあえずスマホケースでも見に行こうかな。



 スマホケースを見に行こうと天鵞絨駅前を通りがかると、軽い感じの男性二人組がこちらへと近付いて来た。そしてそのまま声をかけられてしまう。

「ねぇ君めっちゃ可愛いね! どう? これからお兄さん達と遊ばない?」
「ご飯とか奢っちゃうよ〜」
「え、いや……」
「大学生だよね? どこ大?」
「俺らはすぐそこの大学なんだけど〜」
「え、えと」

 不意に声をかけられたのと、こんなこと滅多にないので戸惑いと動揺が隠せない。化粧をしていると大学生に見られるんだなとか一瞬呑気なことを考えたけれど、どうしよう。見知らぬ人と遊ぶなんてしたくないし、私にできるわけない。

「とりあえずお酒飲んじゃう? 居酒屋行こ〜」
「あ、わ、私お酒飲めなくて……!」
「へーお酒弱いんだ可愛い〜! 」

 高校生なんだから、そもそもお酒なんて飲めないんだ私は。それは特に言わずにお断りしようとしたのだが、男の人は気にせず私の肩を組む。そんな時だった。

「じゃあ普通にご飯に」
「悪ぃ、待たせたな。……って何変な奴に絡まれてんだよ行くぞ」
「、え」

 後ろから懐かしく、どこかで聞き覚えのある声がした。その声の主は自身の腕と私の腕を絡ませると早歩きでその場を後にしたんだ。私は誰とも待ち合わせなんてしてないし、何事かと思ってその人の歩く後ろ姿を見上げては絶句した。顔は見えないけど、栗色のサラサラした髪の毛。忘れるわけない、この人はーー……。
 驚きで何も言えず、その人の後ろ姿を見ることしか出来ない私はただただ彼についていく。そして少し歩いたところでその人は立ち止まり、「悪い」と言って腕を離して私の方を見た。

「突然悪かったな。アンタ困ってそうだったからつい」
「あ、え、えと……」

 振り向いたその人の顔をなかなか見れなかった。なぜかというとこの人は、私が好きだった摂津くんだからだ。

「……ありがとう、摂津くん」
「あ? なんでアンタ俺の名前知ってんの?」
「!」

 摂津くんは顔をしかめて私を見て、そんな彼の態度で私は今の状況にハッとした。今の私は普段の学校での私とは別人で、摂津くんは私のことに気づいていない。だからこそ「1年の時同じクラスだった齋藤楓です」なんて言う訳もない。そもそも彼が私のことを覚えているかなんて分からない。

「あ! いや、その、摂津くんって喧嘩強いってこの辺で有名だから……」
「……ふーん」

 だから咄嗟に嘘をついた。きっと化粧をしていて普段の私と違うし、辺りも暗いし、私が同じ学校の齋藤楓とは分からないだろう。摂津くんはそんな私の返しに納得しているかは微妙そうだったけど、この話はこれ以上延びることはなかった。

「つーかアンタ高校生……じゃねぇよな、大学生?」
「……、はい」
「なんだよその間」

 ひとまず大学生かと聞かれて思わず私は頷いてしまったので摂津くんは私のことを大学生と認識してくれたようだ。

「ま、この辺変な奴いるから気をつけろよ。特にアンタみたいなのは男が寄ってくるだろうし」
「え?」

 そんな彼は私の全身を見ながらそう言う。それはどういう意味だろうと思ったけれど、聞き返す間もないまま摂津くんが話を続ける。

「あ、つーか誰かと待ち合わせとかしてたんじゃねぇの? 悪いな駅から離れちまって」
「ううん! 特に待ち合わせとかしてなかったし……」
「へー。週末の大学生は飲みに行くもんだと」
「うっ……。や、その、週末は一人で過ごすって決めてて」
「ははっ、なんだそれ」

 痛いところを突かれた私はとりあえず適当なことを言った。いや、一人で過ごしていることは事実なんだけど。そんな私の言葉を聞いて摂津くんは可笑しそうに笑っている。あ、これ、2年間前と変わらない笑顔だ。私また何か変なこと言ったかな。


 そんな摂津くんとそのまま少し話していると、赤色の髪の毛の私よりやや幼なそうな男の子が近くに寄ってきた。

「あー! 万チャン何してるッスか! ナンパ!?」

 響き渡る声をしてこちらにやって来る。摂津くんとどうやら知り合いのようで、摂津くんの視線は男の子へ向いた。

「ナンパじゃねぇよ。むしろ逆だ、助けた」
「ええ! そうなんだ! お姉さん、気をつけてくださいッスね!」
「あ、はい……」

 元気な男の子だなとその元気さに圧倒されていると、男の子は摂津くんに再び話し出した。

「万チャン、そろそろミーティングだって監督先生が」
「あー、んじゃそろそろ戻るか……」

 摂津くんはその男の子の話を聞いてややだるそうにし出す。ミーティングに監督先生……一体なんのことだろうと疑問に思ったと同時になんとなく帰る流れになった気がして、摂津くんの視線は私に戻った。

「んじゃ俺ら帰るわ。俺も週末この辺いること多いからまた会うかもな。変な奴には気ぃつけろよ」
「気をつけてくださいッス!」
「う、うん! ありがとう……!」

 そう言って摂津くんは背を向け、その男の子と一緒に帰り出した。俺らってことは、家近いのかな。それにしても万ちゃんって呼ばれてるなんて、仲良いんだなあ。少なくとも私の記憶では学校で誰かと話しているところあんまり見たことないのに。そう思いながら私は彼らの背中を見送るけれど、私の心臓はどうも落ち着きがない。


 トクン、トクンーー

 この感覚は知っている。覚えている。2年前、摂津くんに抱いていた感情だ。そういえばあの時も摂津くんに助けてもらったなあ。それが気になり出したきっかけだっけ。

 ああ、せっかく薄れていた摂津くんへの恋心が、今日の出来事によってまた復活してしまったらしい。


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