こうして金曜日が訪れた。先週みたいに化粧をして今どき風と言われる服装をして、天鵞絨駅付近を歩いている。だけど摂津くんらしき人は見当たらない。
 当然と言えば当然だ。別に摂津くんと会う約束をした訳でもなければ、駅付近だっていろいろなお店がある。「週末いることが多い」と言った彼の言葉に期待をしても、確実にいる訳ではない。そもそも駅の範囲が広いので約束してなければ会える確率なんてほぼないのだから。

(何を期待していたんだろう……)

 当然な結果を改めて身をもって感じ、思わず肩を落としてしまう。やっぱり先週のことが夢のように感じるよ。とりあえず近くのカフェにでも入ろうかな。期間限定の新作の飲み物でも飲もうっと。



△▼△


 カフェに入って飲み物を購入した。期間限定メニューがまだ売り切れてなくてよかったと思いながら、そこそこ賑わっている店内を見渡して空いている席を探す。週末だからかなかなか混んでいるけれど、カウンターで空いている席を見つけたのでそこへ向かう。そして座って飲み物にストローを通して一口目を飲んだ。
 ……美味しい。どうしてこう、期間限定メニューって特別美味しく感じるのだろう。そう感動しながら二口目を飲んでいる時だった。


「あれ、こないだのおねーさんじゃね?」
「、え」
「ぷはっ、ほんとに週末いるんだな」

 隣の席から私が聞きたかった声が聞こえ、見上げるとまさかの摂津くんがいたのだ。嘘、まさかこんなところで会えるなんて。帽子を被っていたからかまさか摂津くんが同じカフェにいるなんて分からなかったよ。摂津くんは私を見て可笑しそうに笑っている。

「せ、摂津くん!?」
「なんだよ驚きすぎじゃね」
「だって、また会うなんて偶然すぎてびっくりして……」
「週末は俺も駅でのんびりするって決めてんだよ。大学生なおねーさんは今日も一人ですか?」
「……一人です」
「ま、隣気にせずカウンター席座るくらいなんだから一人か」

 まさか会えるなんて思っていなかった私は少し慌ててしまい、動揺しながら摂津くんと会話をする。一方摂津くんは私とは反対に余裕そうな笑みを浮かべていて、なんだか見透かされるような気がした。

「つかその期間限定のやつ甘くね?」
「甘いけど美味しいよ」
「ふーん。ま、おねーさん甘いもん平気そうな顔してるもんな」
「どんな顔……。摂津くんはそれコーヒー?」
「おう」
「コーヒー苦そう」
「お子ちゃまかよ」

 私達は他愛ない話を繰り返す。すると摂津くんがコーヒーを片手にしながら意外なことを言ってきた。

「なあ、おねーさんの名前何?」
「え」

 突然に摂津くんは私の名前を聞いてきたのだ。思わぬ内容にドキリ、と心臓が鳴った。

「とっ、突然どうしたの!」
「別に深い意味はねーけど。おねーさんが俺の名前知ってんのに俺が知らないの不公平じゃね?」
「そ、それは……」

 どうしよう。まさかこういう状況になるなんて思っていなかった。でも冷静に考えて、もしこの姿で仲良くなりたいと思ってそれなりに仲良くなれたのなら名前を言う機会はあるだろう。でも本名を教えたら私が同じ高校であることが分かってしまう気がする。1年の時同じクラスになっただけではあるが、名前をフルネームで教えてしまえば頭のいい彼は思い出すに違いない。かといって偽名を教えるなんで器用なことは私にはできない。

「? なんで黙んだよ」
「え! ご、ごめんね!」

 そう考えていると、摂津くんは不思議そうに怪訝な顔で私を見ていた。当たり前だ、名前を聞いているだけなのにこんな間が起きるなんて変に思われるに決まっている。これ以上黙るのはよくない、そう思って私は恐る恐る口を開いた。

「……かえでです、」

 声が震えてないことを祈りながら私は静かに名前を伝えた。伏せていた目を摂津くんに向けると、特に何も思っていなさそうに会話を続ける。

「かえでちゃんか。大学この辺なん?」
「あ、うん……葉星大学!」
「へー葉星か。かえでちゃん何年生?」
「い、1年」
「んじゃ俺とひとつしか変わんねーのか」

 ああ、嘘をついてしまった。カフェの外に映っている葉星大学の看板が目に入ったので思わず言ってしまったよ。これじゃあ某漫画の名探偵が高校生から少年になった時についた名前の嘘と同じじゃないか。そう思いつつも、答えられたからか摂津くんからは不信感が取れたようなのでひとまずほっとする。だけどこれ以上いろいろ聞かれたらボロが出そうだったので私は話を変えた。

「摂津くんは高校3年生なんだね。学校は楽しい?」
「あー……いや、学校はだりぃ」
「え、行ってないの!?」
「成績に影響は出ないようにはしてる」
「おお、計算内なのね……」

 知ってはいたけれど相変わらず摂津くんは学校に行っていないようだ。なるほど、学校をサボる回数も既に計算内だった訳か。成績も良いし、いろんな意味で頭がいいと改めて感じた。
 そんな時だった。テーブルの上に置いてある摂津くんの携帯が鳴ったんだ。それに気付いた摂津くんは「兵頭かよ……」とボソッと呟いて電話に出た。

「んだよ。は、稽古? 今日ないっつってただろ」
「……知らねぇよ。あー、分かったよ今から戻っから」

 そう言って摂津くんはだるそうにしながら電話を切る。

「ったく、朝に左京さんが言ってたとか知らねーっつの」

 続けてボソッと呟くように言い、残っている少ないコーヒーを飲み干して摂津くんは立ち上がった。

「じゃーな、かえでちゃん」
「あ、うん。帰るの?」

 どうやら摂津くんは帰るようだ。今の電話が関係してるのだろう。ちらっと聞こえた稽古とはなんのことなんだろうと思っていると、摂津くんは話す。

「ああ。俺劇団やってんだけど、この後稽古があって帰んなきゃいけなくなった」
「劇団!? すごいね!」
「そんなことねーよ」

 摂津くんが劇団をやっていたなんて知らなかった。意外で思わず声が少しだけ大きくなってしまう。劇団って役者とかそういうやつだよね? いつの間に始めていたんだろう。


「んじゃ、そゆことで」

 そして摂津くんはその端正な顔で私に一声かけ、出口の方へと向かっていく。そんな彼の後ろ姿を見続け、摂津くんは外へと出て行ってしまった。そして外を歩く摂津くんとショーケース越しに目が合い、彼は手を振ってくれたんだ。

 こうして摂津くんとの金曜日が終わった。少しだけ嘘もついてしまったけれど、それ以上に摂津くんと会えたことが嬉しかった。それに、劇団をやっているという新たな一面も知れたし。

 次にまたいつ会えるかなんて分からないのに、それでも私の心はまた会えるかもしれない期待に胸を膨らませていたんだ。



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