小説 | ナノ

 主人家で飼っている雑種犬のポップは、バカだけど愛嬌があるというか、愛嬌だけはあるがバカというか。とにかく、バカだった。
 公子が小学生の頃から毎日欠かさず連れて行ってやってる散歩の途中、何を見つけたのか急に興奮しだし、リードの先の公子ごと引っ張って道路に飛び出したのだ。その勢いに公子の足がもつれ、転び、手からリードがすり抜け道路へと飛び出すポップ。そこにタイミング悪く制限速度をそこそこ越えてやってくる乗用車と、タイミングよく通りかかった空条承太郎。
「オラァ!」
 信じられない光景であったが、公子は確かに見た。右腕一本で軽自動車を止め、左手にポップを抱える、まるで銀幕のヒーローのような姿を。

 事故の処理も終えた土曜日。授業が午前中で終わるので放課後に公子は病院へいく予定となっていた。
 承太郎は右手骨折。車の運転手は入院の必要もない軽い鞭打ち。ポップは元気そのもの。一番の原因であるポップの飼い主である公子が転んで膝をすりむいただけだというのに、無関係な承太郎が一番の重傷だ。礼と謝罪はいくらしてもし足りない。
 気に病む必要はないと承太郎から言われていたが、一度も顔を見せないなどさすがにありえないだろう。道中、花とお菓子とジャンプを買ってから病院へ向かった。
 大型トラックをも(自分が)無傷で止める承太郎が骨折したのには理由がある。犬を引き止めるため意識を集中しきれなかったことと、軽自動車をスタープラチナでぶん殴れば流石に運転手が死ぬ。そこの力加減を見誤ったのだが、それは結果論で語れば彼にとっては最良だった。怪我の功名というやつだ。
「空条くん。腕はどうですか?」
 正直、女性から花を贈られるというのは男としては微妙な気持ちであったし、これはプレゼントではなく見舞いの品なのだから特別な気持ちが篭っているわけではないことは理解している。だが、今まで遠くから眺めているだけの意中の少女が自分に会いに手土産を用意して現れ、更には名前を呼び体調を心配してくれることに喜びを感じるのは当然だった。
「痛みはねぇ。このギプスももうすぐとれる」
「本当にごめんなさい」
「犬はどうだったんだ」
「あ、全然平気というか……元気有り余ってるのが逆に申し訳ないです」
「よかったじゃねぇか。俺が腕一本折ったのに怪我しちまったなんてほうがキツイぜ」
「ごめんなさい」
「そんなに謝るこたぁねぇ、が、どうしてもお前が気に病むっつーんならよ……」
 コンコン。
「空条さん、昼食のお時間です」
 そこに昼食が運ばれてくる。今日のメニューはご飯と魚のグリルと温野菜サラダだった。
(あれ?利き腕を怪我してるのに、おにぎりじゃないんだ。それに、スプーンもない)
 ご飯は、承太郎の体格に相応しい量が盛られている。公子も以前肩を手術して数日病院食に世話になったことがあるが、他の患者と違って公子だけ固形のメニューが多かったのを覚えている。例えばスクランブルエッグじゃなくて卵焼きになっていたり、やきそばは肉野菜炒めとおにぎりになっていたり。それにメニューが何であれ必ずスプーンがつけられていた。
(まぁ、病院によって違うよね、そんなの)
「主人。お前、罪悪感が拭えないっつーんなら、飯手伝ってくれねぇか。今日おふくろがどうしても来れねぇっつーからよ」
「あ、はい。えっと、どうす……ればい……」
 承太郎が、口をあけて待っている。鳥の雛のように、甘えてくる恋人のように。
「す、すぐやるからちょっとまってください」
 急いで荷物を置いて箸を手にする。
「主人、ここ座れ。立ったままじゃやりにくいだろ」
 承太郎が健康な左腕でベッドをバシバシと叩く。
「え、大丈夫です。立ったままで平気……」
「座れよ」
「あ、はい」
 ドスのきいた声と座った目に逆らうことが出来ず、公子は承太郎が占領するベッドに腰かける。するとどうしても標準サイズのベッドを少し窮屈に感じる承太郎のガタイに密着してしまう。
「あの、もうちょっと口を大きく開けてほし……」
「あ?」
「ひー、違うんです!口が汚れちゃうから、その……」
「どうしてほしいって?」
「口をあけてほしいんです」
「あけてるじゃねぇか」
「あの、えっと……もっとこう、あーん、って」
「そうならそう言え。ほら」
 公子と同じように口を大きく開ける。口調と顔が怖い分、やっていることのギャップがものすごい。
「お前、昼飯は?」
「まだです」
「食うか?」
「いえ、帰ったらお母さんが用意してるんで」
「帰るまで腹もたねぇだろ。ちったぁ食え」
「え、でもこれ空条く……」
「食え」
「あ、はい」
(これで間接キスゲット)
「あの、またもう少し口開けてくれませんか?」
「なんだって?」
「えっと……あーん、して?」
「あぁ」(あーん、して、ゲット)

 食事を終えると、今度はジャンプを読むのに片手だとページが押さえられないということで、マンガを読み終えるまでやはり身体に密着することを要求された。自然と公子も目がマンガにいくが、今まで読んだことのないものだからストーリーがよく分からない。
「これ読んでねぇから飛ばしてくれ」
「うん……えっと、これも飛ばす?」
「読む」
(えっ。これってタイトルと表紙からして恋愛モノだよね!?)
 リアルな表情と、下着の皺まで描き込まれたコマは見ていて顔を背けたくなってしまった。
「あ、まだめくるな」
「あ、はい」
 このページはセリフ量もそんなに多くない。多くないがきわどいアングルで下着の向こう側が見えそうなコマが多用されている。
(そんなまじまじと見なくても……)
「めくって」
「あ、はい……」
(照れ顔ゲット)
 既に病室に来てから二時間近くが経過していた。正直これ以上の長居は勘弁願いたい。
「そ、それじゃあ空条くん。そろそろ私帰ります」
「ああ。そういえば明日もお袋これねぇんだ。飯、また食わせてもらっていいよな?」
「あ、はい」
(私服ゲット……の予定)


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