小説 | ナノ

 見失ったのは、一瞬だ。高校に入学してから経過した時間は二年二ヶ月。その中で俺たちが教室で過ごした時間はどのくらいだろうか。更にその中で、お前を見ていた時間はどのくらいになるのか。
 昼休み、珍しく公子が教室にいなかった。いつもダチとよくわからんテレビ番組だの俳優だのの話をしているお前が、ダチを置いてどこかへと行ってしまった。昼休みが終わる直前に戻ってきたから三十分以上は席を空けていたことになる。三十分。それは俺が公子を見ていた時間の中ではほんの一瞬にすぎない。だがその一瞬目を離した間に、こんなことになっていたとは想像もしていなかった。

 下校時刻。俺もお前も部活動に所属していないから帰る時間はいつも一緒だ。だが俺はお前と一緒に帰ることはない。周囲の女がやかましいのと、やはり俺から女に話しかける図が自分自身全く想像がつかなかったからだ。今思うとくだらねぇプライドだ。こんな光景を見るくらいなら、笑顔の一つも作る練習でもして、もっと早くお前にコンタクトを取ればよかった。
「待った?」
「ううん。ウチのクラスも今終わったとこ」
 いつもお前と一緒に帰っていたダチが、俺の後ろで噂をしている。
「まっさかあの公子が一抜けとはねー」
「くそー。爆発しろ」
「四組の……誰だっけ、あれ」
「畠中」
「いーなー。結構イケメンじゃん」
 あの昼休みか。どちらから告白したのかは分からない。だがそれ以外の時間、公子とあの男が接触しているところを見たことがない。
 なのにどうして付き合うんだ。あの男も俺と同じように、遠くからずっと公子を見ていたのだろうか。頭の中だけでは俺の女だと思い込んで満足していた俺を殴ってやりたい。

 ネェ、モウキスシタノ?
 ドコマデススンダノ?
 シュウマツドコニデートイッテタノ?

 聞きたくもない情報を、女共が必死に引き出そうとしている。やめろ。公子、その唇や身体も既に開いてしまったのか?いや、知りたくねぇ……。
「そういうことは、まだ早いから」
「えー!」
 ……本当か?まだ、清いままなのか?あの男に触れられていないのか?俺は安堵の直後にとてつもない焦燥感に襲われた。まだ、と公子は言った。いつかは、するのか。俺以外の男と。
 俺は一瞬目の前が白くなった錯覚を覚えた。疲れたときに電車の中で眠っているときにガクッとなるあの感覚に近い。いや、実際俺の頭は少し落ちたようだ。やかましいだけの俺の周囲の女が心配そうにしている。
 集まってきた女を掻き分け、俺は公子にふらついた足取りで近づいた。
「主人」
「ん?」
「明日の放課後、ちょっと付き合ってくれねぇか」
「え。何?」
「いいから」
「いや、何に付き合うの」
「いいから」
「……わ、分かったよ」

 翌日、学校が終わって約束どおり俺たちは一緒に学校を後にする。行き先を告げない俺に不安そうに付いて来る公子。こっちは家と反対方向だから普段は来ない道なのだろう。立ち並ぶ店も高校生には早いブランド店ばかりだし、遊びに来ることもあまりなさそうだ。この坂を下って、途中の小路から住宅街に入れば俺の家へ着く。
「あー!ディスプレイのバッグ売れちゃったんだー。欲しかったのになぁ」
「さっさと買わないからよ」
「毎日見に来てたのにー」
 その通りだぜ。見ているだけでも楽しかっただろう。俺もそうだ。見ているだけでよかった。誰のものでもなければ。
「あの、空条くん。そろそろ用事の内容教えてくれない?」
「行き先は俺の家だ。そこでちょっと確認したいことがあってな」
「何を?」
「しながら教えるから今は黙って着いて来な」
 本当に他の野郎の手垢がついてないか、確認させてもらうぜ。誰にも抱かれてないのなら、さっさと俺を初めてにする。もしあのとき言っていたことがその場しのぎのウソだったら……俺で上書きして塗りつぶしてやる。要は、やるこた一緒ってことだ。
「着いたぜ、俺ん家だ。あがりな」
「え?あぁ……お邪魔します」
 親父は地方公演、お袋はアメリカの方の親戚の結婚式に出てる。さあ、何もかも整った。
「俺の部屋、こっち……」
「うん」
 途中台所に寄って飲み物を用意する。俺の分のビールを出すと窘められたから普通の缶ジュースを二人分にした。
「手塞がってるから開けてくれ」
「あぁ、うん」
 公子の手がふすまを引く。二歩足を踏み入れたところで気づいたようだ。流石に部屋中にびっしりってことはしてねぇが、勉強机に置かれた多すぎる数の写真立てと、その中に納まっている自分の顔を。
 俺はジュースとカバンを床に落とすと、固まったまま動けないでいる公子を布団に倒した。こうするつもりで、今朝は敷いたままにして家を出てきた。
「早速だが、確認するぜ」
「……な……にを」
「しながら教えるからもう声上げていいぜ」


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