小説 | ナノ

「ママー、あのお姉ちゃんの風船ボクも欲しいよー」
「かわいいわね、あの犬型の風船」
「結構リアルな風船ね。本物の犬みたい」
 すれ違う人が皆こちらを見る。まぁ何せ日本の学生服で出歩いているだけで目立つからそれは別に構わないのだが、問題は注目されて明らかに不服そうな風船ことイギーだった。
 敵スタンド使いの嫌らしい攻撃方法。当てるだけ当てといてあとは逃げる、というチキン戦法にはまっているジョースター一行。この攻撃を喰らうと一定時間ごとに地面から離れていってしまうという、一見すると危険がなさそうな能力ではあったがこれが実にやっかいだった。
 足が離れれば地面を蹴る事ができないわけだから当然歩けない。最初に攻撃を受けたのはアヴドゥルだった。不幸中の幸いなのはホテルの室内で襲われたこと。今はベッドの真上の天井に張り付いているだろう。敵スタンド使いを倒し、能力が切れるのを待っている。
 次のターゲットはジョセフ。今度はカフェのテラス席で襲われたが、ハーミットパープルで咄嗟に近くの建物にしがみつき、今もそこで突っ立っている。慎重に進まねばと意気込んだところでやられたのがイギーだ。仕方なしに雑貨店でリードを買って腹にくくりつけるも、その姿はどう見ても風船である。
 無事なのは承太郎とポルナレフと公子の三人だけとなった。まだ数で勝っている今倒してしまわねば相当厄介なことになる。承太郎が一発オラァすれば解決ではあるが、その一発をいれるのがここまで苦労するとは思わなかった。
「イギーちゃん、怪しいやつがいたら教えてね」
「アギ」
「おい、風船に返事させるなよ」
 イギーは持ち運んでも怪しまれることはないと思い、高所からの監視役につれてきている。まぁ相当目だってはいるが。
「しかし向こうからはこっちの場所が手に取るように分かるわけだろ。ちょいと不利じゃねぇか?」
「いや、あまり遠くに行かれると困る。俺たちが見える場所にいるほうが好都合だ」
 しかし敵はどこにも見当たらない。むしろ通行人が皆こちらを見るものだから監視されていても気づきようがない。
 そこに一人の少年が転んで派手に泣き出した。公子が慌てて起こしてやる。
「君、大丈夫?今血を拭いて……え?」
 少年を抱き起こしたかと思うと、身体に力が入らなくなった。だが公子が転ぶことはない。地面に手も足も着かないからだ。
「ちょっ」
 縛り付ける重さのなくなったイギーがどんどん高く舞い上がろうとする。慌ててポルナレフがリードを掴む。
「地面だ!アヴドゥルは知らねぇが、ジョースターさんも地面に落としたスプーンを拾おうとしてああなったはずだ!」
「おい、ガキがいねぇ」
「はああ!?くそっ、どこ行きやがった。おい、イギー、臭いで追跡できるか?」
「アギ!」
「よっしゃいくぜ承太郎……あ、承太郎は公子を押さえつけといてくれ。」
 ポルナレフは風船イギーの示す方向へ走り出す。自分達をコケにしたやつを許せない、という同じ思いが普段の仲の悪さをすっかり取り除き、抜群のチームワークを発揮させた。
「やれやれ、あいつらに任せりゃなんとかなりそう……おい、引っ張りすぎだろ」
「だだだだって」
「落ち着け」
 そういって肩に両手を乗せる。それだけで身体は多少沈むが、足元がぷるぷるしている。
「これ確か時間経過で威力が増すんだよね」
「ああ」
「や、やばいって、この体勢でずっとここにいるの?」
 周囲から、キスしろーという品のない野次が飛んでくる。厳格なイスラム教徒が大半を占める国とは思えない。事実周囲には酔っ払いが集まってきていた。情報収集は酒場でやるのが基本と言ったポルナレフのせいだろう。
「移動するぜ」
「ゆ、ゆっくりね。浮くから」
 承太郎は公子の腰に手を回し公子の右腕を自分の首の後ろを通して肩にかけた。足を怪我している人に対してよくある「肩を貸すぜ」の状態だ。こうしてけが人のフリをしながら、能力の解除を待ってとりあえずはホテルへ向かった。天井がある場所ならば大気圏に飛ばされる心配もないし、アヴドゥルも近くにいる。
 だが相手のスタンド効果は徐々にではなく一気に現れた。公子の浮き上がる力が承太郎の腕力を越えようとしている。これ以上この無理な姿勢で押さえつけるのは無理と判断し、承太郎はさっと手を引いて路地裏に入った。
 猫が人の気配を察知して道から飛びのく。突き当たりは行き止まりなのだろうか、誰も通らない、見ることもない道に打ち捨てられた行くアテのないボロボロのソファーの上に公子を押し倒した。
「ちっと我慢しろよ」
 四肢を四肢で押さえつける。確かにこれならば重力が手伝って浮かび上がることはない。
「じょ……じょうたろ……やばい……」
「まだ上がりそうなのか」
「う、うん」
「しゃーねーな」
 承太郎の背後に黒髪を揺らめかせながらスタープラチナが発現した。ソファを通り抜け、下から公子を羽交い絞めにする。
「スタープラチナの力もあれば、しばらく大丈夫そうだろ」
「う、うん。何か安定したかも」
 暗闇が隠した承太郎の顔を月光がほんのりと浮かび上がらせる。少し、顔を紅潮させている。
「足、痛くねぇか」
「ちょっと痛い」
 承太郎の硬い膝が公子の白い太ももに食い込む形になっている。承太郎は公子の足の間に座るように体勢を直した。重しを失った足だけがふわりと空へ吸い込まれる。
「や、やだ!」
「大丈夫だ、上半身は押さえてるし、誰も見てねぇ」
「うぅっ……誰も来ませんよう……ふおおおお!」
「今度は何だ!」
「あ、頭が上にっ!承太郎、顔よけて!」
「い、いや……避ける必要ねぇんじゃねぇか……」
「ダメ。だってこのままだと……」
 コンッ。
「ほら、帽子のツバがめり込んで痛いからどけてよー」
「……悪い。てかこのままだと俺も力が尽きそうだ……全身で押さえ込むぜ」
 手のひらで二の腕を押さえつけていた体勢から、胸を胸で、腹を腹で、のしかかる形で全身を使って公子を引き止める。
「頭も、抑えるか?」
「帽子刺さるじゃん」
「こうすれば問題ないだろ」
 承太郎の長い睫毛が下に降りる。目を閉じた顔が要求するものが何なのかを察知した瞬間。
「あ、終わったみたい」
「……」
「さすがポルナレフとイギーちゃん。名コンビだね。承太郎ありがと。早くジョースターさんとアヴドゥルさん迎えに行こ」
「……そうだな」
 承太郎は薄っすらとしか触れられなかった唇を、名残惜しげにそっと撫でた。


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