小説 | ナノ

「今日も承太郎来ないのー?」
 と、不満を漏らすのはカフェのバイト仲間、ジェシカである。公子が出勤というのに姿が見えない承太郎への思いが募る一方、仕事へのモチベーションはは反比例しているようだ。店内もいつもに比べると(女性)客が少なく思える。暇な時間を使って店内の細かい場所を掃除しながら公子は考え事をしていた。
(前もそうだったわ。頼みごとがなにかって話も聞かずにひどい断り方をして後悔した。でも、昨日のアレは……シチュエーション的にどうしようもないじゃない。あれで話を聞くイコール一線を越える雰囲気だったわよ)
 だからといって肘打ちをくらわせてからの警察を呼べはやりすぎたかもしれない。まぁあの巨体に対抗する手段などほかになさそうな気もするが。
(せめて……謝ってくるなら謝罪の話くらいは聞こうかと思ったけど。いないじゃない)
「公子ー、いつまでその台を拭き続けるつもり?」
「え?ああ……」
 すっかり客が遠のいた店内は、店員も暇をもてあましていた。ジェシカが髪の毛をいじりながら壁にもたれかかって公子の隣を陣取る。
「承太郎と何かあったんでしょ?」
「ええ」
「教えなさいよ」
「答えたくないわ」
「そんなんだからふられちゃうんじゃないの」
「ふられてなんてないわよ!むしろ……」
「むしろ?」
「なんでもないわ。ただ、確かにすぐカッとなるのは私の悪い癖だわ」
「だったら謝っちゃいなよ。アンタ、プライド高そうだから難しいかもだけど」
「私が謝る必要のないことだから。そこ、どいてくれる?」
「そうかなぁ?だって誰かさんが黙秘してるから私は詳しい状況なんて分からないけど?でも?あれだけ好意を寄せられててシカト続けてるような人の「私は悪くない」は信用できないなぁ」
「あなたに信用される必要性はないから問題ないわね」
 男子の前では常に笑顔のジェシカの顔が思い切り崩れる。
「ハァー、何だか承太郎にMっ気があるんじゃないかと疑ってしまうほどだわ。これのどこがいいのかしら」
 そんなもんはこっちが聞きたいくらいだ、と言おうとして止めた。それを聞かないと突っぱねたのは自分だった。
(でも、あんなシチュエーションじゃなきゃ別に聞いたって構わないのよ。ベッドルームに引っ張りこんだりしなきゃ……しなきゃ聞いてたのかしら。確かにここまで私に執着する理由は聞いてみたいわ。それは興味本位?それとも彼の口から私の好きなところを言わせて悦に浸りたいの?)
 その二つの理由はどちらも違う。だが第三の理由に気づくことはなく、やはりひたすら同じ場所を布巾で擦り続けていた。
「ダメだこりゃ。いいからさっさと仲直りしなさいよね。彼が来ないんじゃ仕事も張り合いがないもの。もうそこの台は拭かないでいいからさっさとあがりなさいよ、時間よ」
 公子が店をあとにする。待ち伏せている、なんてことはない。胸中でそれを期待してしまっていた自分に気づき、ハッとして顔をつねった。
(ないない。二度と会いたくないし)
 公子があがって二十分後、待ちわびていた来客が現れる。空条承太郎その人だ。
「いらっしゃいませぇ〜」
「ジェシカ早っ!」
 先ほどのどこかやさぐれた表情はすっかり裏側へと潜めていつもの媚を売るようなスマイルに切り替わっていた。
「コーヒー」
「はぁい。ところで承太郎、一応話をするようには伝えてみたわよ。でもまぁ、無理っぽい。アジア人ってその辺り頑固な人多いわよねぇ」
「そうか。すまないな」
「いいの!承太郎の頼みだもん!さっさとあの仏頂面を諦める気になったらまず私に教えてね」
 ジェシカがカウンターの奥へ戻りオーダーを通す。
(まぁ、そんなことはないんでしょうね。さっさと別の男見つけよっかなー)
「ジェシカ、どうだった?」
「うーん。だめそうね。公子の方は歩み寄る気ゼロって感じだし、承太郎の方も公子に対しては奥手になってるっていうか……」
「ホント不思議よね。周囲にはこんだけ言いふらしておいて当の本人にはなーんにも言えないんだから」
「多分、承太郎の気持ちを最後に知ったのって公子なんじゃないかしら」


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