小説 | ナノ

「ハーイ、公子!今度ジェシカん家でパーティーするんだけ……」
「あんたの頭の中はパーティーしかないの?この間ハロウィンやったとこなんでしょ」
「今度は単なるホームパーティーよ」
 アメリカ人のパーティー好きがまさかここまでとは思っていなかった。一度だけ参加したことがあるが、ダンスをするということが今までなかった公子にとってパーティーは苦痛だった。踊らなければノリが悪いとブーイングを受けるし、踊ろうにも身体をどう動かせばいいか分からない。地元の盆踊りくらいしか今までやったことがないのにどうしろというのだという状態である。
「私はパーティーが好きじゃないの。行っても場を盛り下げるだけだし、別の人を誘ってちょうだい」
「今度のはプールでするからダンスしなくても大丈夫よー」
「は?今何月だと思ってんのよ」
「温水プールってやつよ。日本語だと温泉っていうんでしょ」
「言わないわよ。ジェシカは火山地帯にでも住んでるの?」
 最近貧富の差というものを間近で見たばかりだからだろうか、この金持ちトークに眩暈がしそうになった。それにしてもアメリカは何もかもスケールが違う。バーベキュー一つにしても網の上に乗る肉のサイズと量が違う。
「まぁまぁ。とにかく、アンタだってそろそろ美味しいものを食べたくなぁい?一人暮らしで毎日質素なお食事ばかりで舌が寂しくなぁい?」
「うっ……なんて魅惑的な甘言を……」
「ジェシカの家お金持ちだから気にしなくていいのよ〜ん。お財布を気にせずにローストビーフをいーっぱい食べてもらって結構なのよ〜ん」
「うあああ!うっ……ぐぅぅぅおおおお!」
「そこまで唸るんなら素直に来なさいよ」
「……やっぱダメ。だってどうせ、空条君も来るんでしょ」
 公子の表情が曇った。愁いを帯びたような、影を感じる顔だ。
「あんた、そんなに彼のこと嫌い?」
「えぇ」
 沈んだ公子の表情に合わせるように、アビーも真剣な表情になる。そして一言。
「ねぇ、来て」
「……あのさ。前も私をそうやってハメたわよね。あんた、何で私と空条君を引き合わせようとしてるの?正直、裏があるのかと勘ぐっているわ」
「そうね。本当のことをきちんと話すわ。今度のパーティー、承太郎も来るわ。ドリンクは彼が全部用意してくれるそうよ。あなたと、きちんと話し合う機会を持ちたいから協力してほしいって頼まれたの。でも私、それはアンタを罠にかけるつもりで引き受けたんじゃない。二人の間に誤解があるのかどうか私は知らないけど、誤解があるなら話し合うべきだし、ないのなら謝罪を受け入れるべきよ。謝罪の機会すら与えないってのは酷だわ」
「謝りたいのならさっさと謝ればいいじゃない。こうやって周りを固められてると思うとぞっとするわ」
(周りを固めるってレベルじゃないんだけど……これ知ったら余計引くだろうから黙っとこ)
「カフェにも来ないし、謝る気なんてないんだと思ってた」
「あら、待ってたの?」
「待ってないっ!」
「とにかく、謝るためだか誤解を解くだめだかに彼が手を回したのは事実よ。受け入れるチャンスは与えるんだったら来るべきよ」
「……」
「ローストビーフ食べにおいで」
「……分かった」
「あ、当然水着できてね」
「しまった!」

 日曜日。水着を持っていない公子は貴重な休日を潰してわざわざ買い物に出るハメになってしまった。だが勉強が趣味と言ってもいいような堅物の公子である。休日に予定など全くないので気にしなければいいのだが、それもこれも承太郎のせいだとブツブツ文句を言っていた。
 学校の近くにある全米最大級のデパート、ノードストロームに向かう。この時期に水着なんて売っているのだろうかと思ったがそこは問題ない。サンディエゴは冬のない都市であり、真冬の時期でもコートは必要ない程度の寒さで、マリンスポーツを楽しむ人までいるくらいだ。
 店内に入ると色とりどりの水着が出迎えてくれた。日本と比べるとフリルやリボンといった女の子らしい装飾があるものはほとんどなく、色やデザインも全体的に大人っぽい。形もビキニからワンピースまで様々あったが、公子はこの大胆なデザインに手を伸ばす勇気がなかった。
(ラッシュガードは流石にまずいわね。もうパーティー会場をしらけさせるような真似はしたくない。だからといってこのヒモみたいなのは無理)
 無難にワンピース型の水着をとって身体に当ててみる。当ててみてふと思った。
(スク水じゃん!)
 別に自分は幼児体型というわけじゃない。だがこれは色と形がまずかった。慌ててハンガーを戻す。
「あら、公子じゃない。ハイ」
「あらジェシカ。ハイ」
「今度のパーティー用探してるの?あぁ、そうだ。来てくれてありがとう」
「こちらこそお招きいただけて嬉しいわ。私、学校指定以外の水着を着たことがないから迷ってるの」
「えぇ!?じゃあ一緒に選んだげるわ!アンタ胸ない分その細い腰で勝負しなきゃ!」
「さらっと暴言吐かれた気がするけどまぁいいわ……」

 公子が押しに弱いのではない。ジェシカのプッシュがすさまじいのだ。公子がこれなら着れると提案するものは即刻却下され続けて一時間。あれもこれも恥ずかしいという公子の手に無理やりこの水着を持たせ会計レジまでぐいぐい押して移動させ、なんとかそれらしい水着を買わせた。
「いい、プールパーティーなんだからね!服と大差ない格好じゃダメ!」
「だ、だからって……ビキニだなんて……」
「似合ってたからいーの!大体、返品でもするつもり?それとももう一着買う余裕あるの?」
「うっ……。そういえば、ジェシカの家って裕福だって聞いたんだけど、どうしてカフェでバイトしてるの?私は学生ビザだからバイトも限られてるけど、ジェシカならもっといいバイトだってあるでしょうし」
「……アンタが入って三日後に私も面接受けたのよ。承太郎がよく来るお店だって聞いたから」
「じゃあなんで私と承太郎を引き合わせるようなことするの?」
「だって。承太郎が……お願いしてきたから。断れないわよ、好きな人の頼みなんて」
「その先、聞いていいかしら」
「ええ。食事しながらどう?」

 二人はノードストロームを出て近くの飲食店に入る。ハンバーガーやタコスを扱っているオーソドックスなアメリカンレストランのようだ。
(あ。メニュー写真ないお店か)
 英語を読むことは出来るが味を想像するところまではさすがにいかない。いまだ知らない単語が出てくることもある。
(こういうのは店の名前が入ってるやつ選んどけば大体当たるのよ)
 注文をしてドリンクが運ばれてくると、ジェシカは頬杖を突いて口を開いた。
「学校のカフェでバイトを始めてから一週間くらいしてかしら。彼から話しかけられたときは舞い上がったわ。だけど聞いてくる内容は全部あなたのことばかり。あなたの好きなものを聞いてほしいとか、あなたのシフト教えてほしいとか」
「え、ちょっと待って。ストーカーじゃないそれ」
「そう?情熱的で素敵な男性じゃない。かなりうらやましいわ」
「えーと……ま、まあいいわ。話の腰を折って悪かったわね」
 前々から噴出してきていた疑問なのだが、承太郎は周囲にどの程度色恋の話をしているのだろうか。そういえば思い返せば周囲から「承太郎、承太郎」と言われるのがイヤで彼を嫌いになったのだが。それもこれも承太郎の暴走が根本にあるのだとしたら自業自得である。
「私だって最初から諦めてたわけじゃないのよ。あなたに関して聞かれたことをほとんどウソで返してたの。特に好きな異性のタイプについてはね。嫌いそうなこと言っておいたわ」
「ちなみに、何て言ったの」
「ぐいぐい来る押しの強い、野獣のようなタイプ。公子ってそういうの嫌いでしょ。」
「ええ大分。ところでそれいつ頃の話?」
「えーっと今月の頭だっけ?」
 予想通りの答えに、公子は大きくため息をついて頭を抱えた。ジェシカのほうもそのリアクションを予想していたようだ。
「それが今の不仲の原因になったんでしょ」
「断言は出来ないわ。でも結構イヤな迫られ方はされた」
「最近の承太郎の落ち込みぶりは見てられなかったわ。私が、自分の恋心を捨ててフォローに回らなきゃと思わせるほどにね。だからパーティー会場の提供をしたわ。だからね、あなたが来てくれるってアビーから聞いて本当にほっとしたの。断言するわ、あんないい男生涯で二度と現れないから捕まえておきなさい」


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