小説 | ナノ

 この高校の女子は三種類に分けられる。承太郎に興味があまりない女子と、承太郎に興味がありすぎて取り囲んで黄色い声を上げる女子と、興味はあるんだけどそこまでいくのはさすがに無理だから遠くからチラ見する女子。
 主人公子は三番目に当たる、平均的成績の平凡な容姿のフツーの家柄の女子だった。
 さて、そんな公子が今手にしているのは茶色い財布である。デザイン的に男子いや、男の先生のものだろうと思い、職員室へ届けに行く途中だったが、階段の踊り場で出くわした花京院の視線が自分の手元を凝視しているのに気づいた。
「あれ、これ花京院くんの?」
 花京院ならばこの渋いデザインの財布を持っていてもおかしくない。むしろ長財布やマネークリップで止めたお札が出てきても似合いそうだ。
「いや、多分承太郎のでしょうね」
 彼が転入してきたのは冬休み明けである。転入初日からやたらと承太郎と仲がよく、他の生徒には一線を引いたように敬語を崩すことがない。だがあの学園番長と並んでも遜色ない存在に、一部の承太郎ファンや興味がなかった女子が一気に彼のファンへとなだれ込んでいった。
 公子は花京院については、カッコイイなぁ、王子様みたいな物腰だなぁ、とは思っていたが、やはり承太郎が好きなことに変わりはない。
「中見れば免許証入ってるんじゃあないですか?」
 と言いながら勝手に財布をあける。いかに仲のよい友達と言えどこれは果たしていいのだろうか。だが花京院の手を止めるでもなく、興味のままにその閉ざされた中身へと目線が向いた。
 言われたとおり、確かに普通二輪の免許が入っていた。あの鎖のついた学ランを着ているが帽子を脱いだ真顔の状態の写真がある。それを確認すると花京院は手早く免許を戻し、財布を閉じた。
「僕が返しておきますよ」
「え、あ……」
 私が返したいんだけど、という言葉はとうとう口から出なかった。公子は階段を登り、花京院は階段を下りていった。

 せっかくの話しかけるきっかけがなくなってしまった。だが結果論で言えばこれは最善だったようだ。翌朝、まさか承太郎の方から話しかけてくることになるとはさすがに予想していなかった。自転車置き場で荷台につけていたカバンを取り外していると、195cmが作る大きな影が落ちてきた。
「主人。昨日俺の財布拾ってくれたらしいな」
「え!あ、うん!」
「ありがとうな。何かジュースでも飲むか、おごるぜ」
(うそおおおおおお!こっ、これは……)
 すたすたと近くの自販機に歩いていく承太郎の後を小走りで追う。昨日拾ったあの財布から小銭を取り出し、投入口へすべらせる。ピッという音がしてボタンのランプが光ると、身体を横にずらして好きなボタンを押せと顎で促した。
(炭酸はダメだ。なぜなら確実にゲップがでるから。ここは女子っぽくミルクティーか?いや、何かコーヒーとか大人味なもの選んだ方がいいのかな!?)
「そんな迷うことか?先に押すぜ」
 そう言って緑茶のボタンを押す。意外と普通なチョイスだ。
(そ、そうだよね。普通に飲みたいもん押せばいいよね)
 オレンジジュースと緑茶を持った二人は、そのままなんとなく裏門近くへ移動する。さすがに缶ジュースを持ったまま教室に入るわけにも行かないので、自然な流れで二人きりになれた。
「人生最大のジャックポットを掴んでいる気がする……」
「お前そんなにジュース好きなのか?」
「しまっ……声出てたっ……」
 不思議そうな顔をしていたが、すぐにお茶に口をつける。公子は緊張のせいか、うまくプルタブが開けられずカチッカチッと爪で弾くばかりだった。
「貸せ」
 左手でオレンジジュースを取り、左手一本でプルタブを開ける。
「あ、ありがとう」
 ネイルでもしておけばよかったと思いながらジュースに口をつけた。果汁30%がやたら苦く感じる。
「そういえば空条くん免許持ってたんだね」
「あ?」
「ごめんなさいいいいい昨日財布の中身を花京院君が見てたのを横でみでまじだああああ」
「落ち着け、別に怒っちゃいねぇよ。親父の玩具乗り回したくてな。家と学校も近いから普段はあんま乗らねぇが」
「ふぅん」
 ……。
(しまった。会話がない)
 更に状況に追い討ちをかけるように予鈴が鳴る。気分はもう12時を迎えたシンデレラだ。
「急がねぇと遅刻になるぜ」
「空条くんは?」
「俺がサボるなんてしょっちゅうだろう」
「そうだよね。まあ私も皆勤賞とか狙ってるわけじゃないし……」
「出とけ。俺が言うのもなんだがな」
「……うん」
 ごくりと一気にジュースを飲み干し、ご馳走様を告げてその場を後にした。硝子の靴を忘れていくなんて器用な真似できるはずもなく、せっかく訪れた好機を次に繋げることはなく、一度きりの邂逅は終わった。


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