小説 | ナノ


「公子、ギリギリじゃん。おはよ」
「おはよー」
「どうした、にやついて」
「んふっふっふっ。あとでね」
「きめぇ」
 本鈴ギリギリに教室に滑り込んだ公子は、友人がひくほどのにやついた顔をしていた。確かに気持ち悪い。それを冷ややかな目で見ているのは友人だけでなかった。
 クラスの一番後ろの席から、花京院の目が脳内お花畑状態の公子を静かに捉えていた。だがやがて先生が入ってくると、花京院も目を教壇へ向けた。

 放課後、休み時間の度に話した今朝の出来事を飽きもせずでれでれと友人に報告する公子と、機械のような相槌でうまく聞き流す友人。そんな二人を気に留める者は誰もおらず、大半の女子は承太郎と花京院の下校についていくか遠目にそれを見ていた。
 いつもの「やかましい!」であらかた女子を追い払い、ようやく二人で静かに下校できるようになってすぐ、花京院の方から公子の話題をふった。
「お礼、ちゃんと言えたのかい?」
「あぁ。やたらとジュースをありがたがってたぜ。あいつんち貧乏なのかと思うくらいにな」
「まさかそれ言ってないだろうね」
「口には出してねぇ。顔には出てただろうけど」
「……はぁ」
「今度何か持って行ってやったら食うかな」
「ど、どうしたの!?まさか彼女のこと気に入ったのか!?」
「なんというか……あぁ、そうだ。イギーを思い出す。扱いやすいイギーってとこだな」
「……」
「? なんだよ」
「いや、女性をあの下品な犬と同格に扱うのはさすがに閉口せざるを得なかった」
「同格じゃねぇぞ。イギーの方がかしこいだろうしな」
「以下ってことかい!?」

 その夜、公子は風呂上りのスキンケアをしながら鏡に映った顔を見つめていた。もう少し目が大きければ、もう少し鼻が高ければ、もう少し肌が白ければ、自分は明日、昨日のお礼とか無理やり理由をつけて承太郎に話しかけるのだろうか。彼のモデルのような顔立ちと彫刻のような身体と、何より気高い精神に見合うものが一つもない自分の平均的な器。
 またきっと明日からも、ファンの女子の壁越しに彼を遠くから見るだけなのだろう。しかもチラ見。
「寝よ」

 午後二十三時。公子が布団の中で思い出し笑いをしている頃、花京院は部屋を薄暗くして音楽をかけていた。いつもはこの時間本を読んでいるのだが今日は手がつかない。いや、正確に言うと昨日からだ。
 花京院は承太郎の財布を渡したときのことを回想した。
「君がこういう抜けたことをするのは意外だったよ」
 差し出された財布を見て、承太郎はあっという表情をしてポケットを探った。目の前にあるのだからポケットの中にあるはずもないのに、なんとなくやってしまう。
「拾ってくれたのか。ありがとよ」
「いいえ」
 これで会話が終わればよかった。終わったつもりだったのに。
「どこに落ちてた」
「え?」
「どこで拾ったんだ?」
 どこだろう。聞いておけばよかった。適当な場所を行って「そんな場所いっていない」となると厄介なことになる。こういうときに承太郎に隠し事をすれば刑事コロンボばりの洞察力で見抜かれてしまう。花京院の脳内に「うちのかみさんがね……」という声が再生された。
「女子生徒が拾ったんだ。多分職員室に届けようとしてたんだけど、君のだと思って預かったんだ」
「そうか。そいつ誰だ?」
(どうしよう。他学年の生徒だと思うが分からないとでもうそをつくか?さすがに主人さんはクラスメイトだ。わからないなんて通じるわけがない)
「どうかしたか?」
「……あ、いや。ど忘れしちゃって」
「てことは顔は分かってんだろ。ウチのクラスのやつか?」
「う、うん。えっとー……ここまで出掛かってるんだけどな。こういうのって気持ち悪いよね」
「背格好とか分かるか?」
「やけに食いつくね」
「財布を拾ってもらったのに礼もなしってわけにはいかねぇだろ。一言感謝の意を伝えるのが筋ってもんだぜ」
(これは、諦めるしかないな)
 花京院は、正に今思い出しましたというような顔をした。
「あ、ほら。主人さんだ。あースッキリした」
 スッキリどころかもやもやが溜まっていく。承太郎が公子を好きというわけではないが、公子が承太郎を好きなのは明白だ。きっと彼女は明日一日中キャーキャーと嬉しそうな顔をするのだろう。自分以外の男のことで。
(見たくない。休みたい)
 だがそんなことで学校を休むというのもばかげているので、腹の底にそのもやもやを押し込んで無理に出席したのが今日だ。だがあの調子だと明日も友人に同じ話をするのだろう。自分もあの友人のように心を無の境地へ追い込んで左の耳から右の耳へ話を直通させることができれば気は楽になるだろう。
(そんなの無理だ。主人さんの声をわざと聞かないようにするなんて、僕には無理だ)


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