小説 | ナノ

「え、ウチのバイト辞めたい?ちょっと待ってくれよ公子。君がいないと売り上げ大幅減なんだよー。だって君を目当てに承太郎が店に来るだろ。その承太郎目当てに女性客が押しかけてくるんだ。なっ、分かるだろ!?」
「その空条くんがイヤなんです。監視されているようで」
「それジェシカの前で口にしない方がいいよ」
 仕事が終わったあとにここを取り仕切るボスと話をしたので、店を出たのはいつもより三十分程遅い時間だった。結局熱意に負けてバイトは続けることとなった。昇給の話も出たがそれは断り、代わりに承太郎に直接来ないでくれと言うとボスに宣言した。ならば辞めてもいいと言われるかと思ったが、あっさりとOKをだし笑っていた。
「あら、まだいたの」
 店の前で承太郎は本を広げていた。どこからどう見ても待ち伏せスタイルである。
「ああ。お前が出てこないから何かあったのかと思って」
「バス停まで一緒に行かない?あなたに言いたいことがあるの」
「ああ」
 本を閉じ、もたれていた外壁から背を離して二人はメインストリートを並んで歩いた。
「私が店にいる時間、店に来ないでいただきたいの」
「なぜ」
「監視されてる気がして気分が悪いから」
「そうか。極力見ないようにする」
「そうじゃなくて、店に来ないでほしいの」
「そこまで指図される理由が見当たらない」
「そうね。だからお願いしているの。あなたが店にいるといい客寄せになってボスは喜んでるみたいだから、別の曜日にいくらでも長居してくれて構わないわ」
「お前を見に来てるのにそれじゃあ意味がない」
「よっ……よくそんな恥ずかしいセリフ真顔で言えるわね」
「好意を伝えることを恥ずかしいとは思わない」
 公子の口は何か言おうと大きく開いたが、息を吸ったあと言葉が出てくることはなかった。呆れてものが言えないというやつだ。肺に溜まった空気は盛大なため息となって吐き出された。
「もういいわ。どうやら普通に言っても解決しそうにないのね」
「それは付き合ってもいいという意味か?」
「調子のんじゃねぇぞ」
 これは進展したと言っていいだろう。承太郎の気持ちはハッキリと公子に伝わったのだし、マイナススタートな分、ここから公子の意識が上向きになる可能性は十分にある。あれだけこっぴどく拒否されたとしても、自分のことを好いていると確信した上だと態度に違いが出るかもしれない。
 しかしなかなかそれが表立って出てこないことは承知の上。彼女の頑固さは同じ講義を受けていれば何となく伝わってくる。

 季節は十月を迎えた。ちなみにカリフォルニア大学は四学期制を採用しており、公子と承太郎の入学時期は九月である。
「ハーイ、公子。ウチでハロウィンパーティーするんだけど来ない?」
「いかない」
「アンタ本当にノリ悪いねー」
「忙しいの」
 公子は思わぬ実験の失敗に焦っていた。当初はスケジュールに随分余裕を持たせていたつもりであったが、まさかこんな終盤で取り返しのつかない事態になるとまでは思っていなかった。このままではレポートは白紙に近い状態になる。
「レポート?」
「うん」
「英語、直そうか?」
「いや、そもそも書く英語が見つからない」
「え?」
「何も書けないのよ……この研究過程のまとめ読めば分かると思うけど」
 アビーはレポートを受け取って斜め読みしていたがわずか数秒でその手を止めた。紙を見つめていた目と目の間にはものすごい数の皺が寄せられ、口はパクパクと何を言うでもなく動く。
「あー。うん。これどうしようもないわ。でもさ、この実験だったら承太郎にサンプル分けてもらってそこからやり直せばいいんじゃない?」
「……は?」
 それは考えもしない提案だった。しかしここで流星の如くやってきた打開策は大きなリスクを伴う。
(あの空条承太郎に借りを作るですって……!?)
「公子、アンタ今すごい顔してるけど大丈夫?」
「へーき」
「いや、ヤバいよその顔。同じ人類とは思えない。でもさー、そうするしかないんじゃないの?アンタなんのために太平洋越えてここまできてんのよ」
 いつもおちゃらけてばかりのアビーに冷静な指摘を受けハッとする。自分は勉学のために親に高い金を払わせてここまで来ているのだ。レポートはその結晶である。自分の小さなプライドとレポート、どちらが大事かということを何故見失っていたのか。
「……アビー、あんた承太郎に話しかけるきっかけ欲しいよね?」
「人に擦り付けないで。私、流石に見込みない男にいつまでも執着してられるほど一途じゃないの。もしレポートなんとかなりそうなら連絡ちょうだい。パーティー、来てくれることを祈るわ」
「薄情者っ」
 今日はカフェでバイトがある日だ。時計をちらりと見ると、そろそろ出なくては間に合いそうにない。どうするかを考える暇もなく、公子はカフェエプロンの紐を結ぶことになった。

「コーヒー」
「はい」
 いつも通りの注文を受け、いつも通り誰が持っていくかで決め、いつも通り定時に上がっては誰が会計をするかの争いを聞く。
「あの、会計私いいかしら?上がる前に、彼の分、やっていっても」
 承太郎がいないというのに照れくさそうに小さく手を挙げて小さな声でぽつりと言った。騒がしいレジ周りがしんと静まり返り、皆が公子を見る。不思議と誰一人として文句を言う者がいない。公子がそういうのなら公子にやらせるしかないという空気に後押しされ、公子はレジカウンターの内側に立った。
「一ドル四十セントです」
 承太郎が目を丸くして会計を済ませる。釣りを渡す際に、公子は手のひらにこぼれる小銭を見ながら言った。決して目を合わせることはなかったが、いつものあの攻撃的な表情ではない。
「着替えるまで店先で待ってて欲しい」
「……あ、ああ」
「ありがとうございました」


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