小説 | ナノ

 ルーカスの虚言については独自に調査をすることにした。あまりこれ以上承太郎と関わりたくないからだ。
 翌日は病院にいくと欠席していたルーカスだったが、その翌日は学校に来ていたようだ。
 正直全く身に覚えのないような嘘をばらまかれるなど半信半疑ではあったが少なくとも誰かにぼこぼこにされたのは真実のようで、ガーゼとテーピングでコーディングされた痛々しいを通り越して何がなにやらといったような顔面で歩いている。
「ルーカス」
「ひぃ!」
 逃げようとする大男のはみ出した裾を引っ張って何とか話を聞く。こちらが尋ねる前に崩れた顔面を更に崩しながら謝罪してきたので怒りをぶつける気は削がれてしまった。
「何故あんなウソを?」
「承太郎をからかってやろうと思っただけさ。別にアンタのことを好いてるわけでも嫌ってるわけでもねぇ。巻き込んだのは悪かったし、言い方もひどかったのは認めるよ」
「何故私を彼女だと言う事が、空条くんと関係あるの?」
「アイツが周囲にけん制してるだろ、アンタに近づくなって。だから俺たちは既に深い仲なんだぜって嘘ついて慌てるところ見てやろうと思ったんだ」
「けん制?」
「アンタだってしょっちゅう周囲に聞かれてるだろ。承太郎と付き合ってるのかって。あれは承太郎がアンタのこと気にかけてるような発言が多いからだぜ」
「……ありがと。もう二度とばかげたことに私を巻き込まないのならもうこの件は終わりにしましょう」
「そうしてくれると助かる。俺ももうこれ以上折ってもいい顔の骨がないからな」
 気にかけているような発言、とは具体的にどういったものなのか。想像もつかなかったが、少なくとも分かったことが一つ。この鬱陶しいまでの周囲の承太郎コールは、彼自身に原因があるかもしれないということだ。何も悪くないのに承太郎に当たってしまう、と思い悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなる。そもそもの原因はやっぱりィてめーのことじゃあねーかアーッという気分だ。

 このような噂を調査していて、公子はアメリカ独特の風習を身をもって体験した。承太郎はどうもジョック(jock)という立場にあるらしい。これはスクールカーストなる学生の身分を現したもので、ジョックは学内最高地位に当たるとのことだが、本人はそんなことには全く興味がないようだ。
 人にランクを付けるなど、この年齢にもなって、ましてパブリックアイビーに名を連ねるカリフォルニア大の学生がである、なんとも馬鹿馬鹿しい話だ。高校生によく見られる制度であるが、大学になっても意識している人数は一部いるのだとか。
「でもウチの大学はそういうこと気にしてるのはごく少数よ」
 アビーが教えてくれる。もっと詳しく知りたいのならこういうドラマを見ればいいと教えてくれたビデオをチェックすると、大体言いたいことが分かった。
「ちなみにアンタはフローター(floater)って言われてるわね」
「フロー……あぁ、浮いてるってこと」
「そう。まぁ不思議ちゃんってとこかしら」
「アビーはどうなのよ」
「もちろんクイーンビー……って言いたいとこだけど、実際のところはワナビーね。上を狙う野心家ってとこ。でも今のとこうちの学年にクイーンビーはいないんじゃないかしら。ジョックである承太郎が誰とも付き合ってないから、もし彼を射止めることが出来れば一気に地位も上がるわよ」
「はぁ。他人の尻に乗っかって誰も気に留めないような地位ってやつにしがみつきたいだなんて、滑稽ね」
「まぁそれ以上に彼個人の魅力が人をひきつけるんじゃない?それにもうすぐほら、ホームカミングデイだし。私も承太郎と一緒にステージに立ちたーい」
 ホームカミングデイとは、卒業生を招いてフットボールの試合やパレードを行う大々的なお祭である。OBやOGのためのパーティーではあるのだが、在学生が気にかける理由がホームカミングプリンセス・クイーンというやつだ。
 クラスの代表数名がプリンセスとして選出され、その中で更なる投票が行われる。最多得票を得たものがクイーンとなるのだ。
 これの男性バージョンももちろんあるわけだが、もうキングは承太郎で決まっているというのが大体の人の意見だ。おかげで賭けも成り立たない。しかし、承太郎そういった浮はついた行事に愛想よく応える男ではなかった。

 前々から辞退表明はしていたが、諦めきれない女子が学内を探し回る。しかし承太郎はパーティー自体に参加していなかった。そもそも学校敷地内に行ってもいないし、ドレスアップもしていない。薄手のシャツにデニムというごく普通の格好で、公子の借りている部屋のチャイムを押していた。
「ハイ?」
 アメリカでの一人暮らしなのだからいきなり扉を開けることはない。硬く分厚い扉が遮りながらもくぐもった返事がした。
「空条だ」
「……何か用?」
 相変わらず扉は沈黙している。必要最低限の返事だけが聞こえてきた。
「今日学校行く予定ないのか?」
「ない。まさかその格好で誘いに来たの?」
 一応スコープでこちらのことは見ているようだ。
「いや、俺もああいう場は苦手だ」
「じゃあウチに何か用?」
「誰かと出かけたのか気になって確認しにきた」
「はぁ?意味わかんない。まあとにかく行くつもりはないから用件が済んだなら帰れば?」
「用事がねぇなら一つ頼みごとをしようと思った」
「引き受けないからお引取りいただける?」
「……お前俺のことそんなに嫌いか?」
「あまり会話をしたくないとは思ってる」
「悪かったな」
 魚眼レンズの中の承太郎は踵を返し、廊下を階段の方向へ去っていった。唯一の出入り口を塞ぐ巨漢が立ち去ったということに安堵し、大きなため息をつくと、部屋がいつもの部屋に戻ったような気がして冷静になる。また失礼な態度をとってしまったという罪悪感がじわじわ襲ってきて、振り払うように頭を振って部屋に戻った。
(いや、アポなしで一人暮らしの女性の部屋に押しかけてくる男への対応なんてあんなもんで十分よ。でも、アレはさすがに怒ったわね、きっと)
 しかし家路に着く承太郎の心中は公子の予想と相反していた。
(嫌いかって聞いて、嫌いと言わなかった。アイツは沈黙を気まずいと思わないタイプかもしれない。周りの女と違う、喧しくない静かな女だ)


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