小説 | ナノ

 五月の連休前から分かっていたことなのだが、ゴールデンウィークが終わると次の祝日は約七十日後である。
「七十日て!お前!もう少しペース配分考えろよ!」
 連休明け教室に入ってくるなりクラスの男子がそう叫ぶと、皆死んだような目で同意の頷きを返した。
「おはよう」
「花京院、はよー」
「キャンプの日、急に帰っちゃったけど大丈夫だった?」
 だが重苦しい教室の空気も、花京院が入ってくるだけで一気に換気できる。転入して一か月半で、彼はクラスの中心人物になっていた。
 そうなると、その美しい『花』にふらふらと魅せられる『蝶』が出てくるものだ。
「みんなで撮った写真現像したんだ。渡したいから今日お昼一緒に食べない?」
「え。今受け取ったんでいいんじゃあないか?」
「ちょっと……わかってるくせにー」
 中でも最も積極的なのは読者モデルとして最近雑誌に写真が載ったとかいう女子である。生徒会長と花京院が噂になっていた時はしょぼくれていた彼女であったが、それがデマだと分かった瞬間嘘のように復活を果たした。
 どうも花京院の好みのタイプが会長のようなおとなしくて頭の良い気品のあるタイプだと思っていたようで、それが違うのならば自分にも芽があると押しを強めているところだ。
 会長とタイプは違えど、さすが雑誌記者から声をかけられるだけあって垢ぬけた容貌に抜群のプロポーション。彼女もまた花京院の隣にいるのにふさわしい美女であると、二人を見つめながら公子は考えていた。

 結局昼休みは押し切られるような形でモデルの彼女と食事をとった花京院であったが、放課後は捕まらないように急いで一旦教室から出て公子が一人になるのを待つ。こういうときに遠隔操作タイプのスタンドというのは非常に便利で、周囲に自分を探す影があるかどうかこっそり把握できる。
 誰もいないルートを探し、公子までの距離を徐々に詰める。正門から駅に入るまでの間が勝負。人ごみをかき分け、改札前に先回りして偶然を装っている花京院を見つけた公子は、その思惑に気づかぬまま手を上げて挨拶した。
「あれ。花京院くん家こっちだっけ?」
「いや、ちょっとね……ねぇ、××駅の近くに抹茶専門店のカフェが出来たんだけど行かない?」
「抹茶ー!行くっ!」
 そのまま改札を通学定期で抜け、二人は電車に乗った。家の手前にある若者向けの繁華街で降りるまで、花京院が持ってきていた店のチラシを見ながらどれを注文するか目星をつけていた。
 その様子は周囲にいる人から見れば放課後デートを満喫する高校生カップルにしか見えないということを、公子はまったく気づきもしない。それほどまで甘いものの誘惑が公子の意識を奪っていたのだ。

「ほうじ茶カステラパフェ」
「おいもさんパフェ」
「かしこまりました」
 注文を取りに来た店員が去ると、公子はこらえ切れずに噴き出してしまった。
「ど、どうしたの」
「だって……花京院くんのそのひっっっくい声で、おいもさん……」
 そう指摘されると途端に花京院は恥ずかしくなったのか少し目を泳がせながら咳ばらいをする。
「メニューに書いてあるんだから仕方ないじゃあないか」
「じゃあこれからおしゃれな店行ったら大変だよ。サラダ一つ注文するのにもシェフの気まぐれってつけちゃうわけでしょ」
「気まぐれならまだいいけど、安らぎの木漏れ日を添えて、とかだとさすがにキツいね」
「ふふっ……木漏れ日て何食べさせる気なんだろね」
「ここまで来ると読み上げたくなくなるな」
「しっかし抹茶専門店に来て抹茶頼んでないね私たち」
「いや、僕のおいもさんには抹茶アイスが乗ってるから」
「まーたおいもさんって言う……」


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