小説 | ナノ

 その日遅刻ギリギリに登校した公子はその様子を見ることはなかったのだが、噂だけがあっという間に広がっていたので話に聞くことだけはできた。
 どうも花京院と生徒会長が、親密な中になっていると。
「えー、会長じゃあ勝ち目ないよね」
 現在の生徒会長は三年の女子生徒で、学力、運動、共に申し分のない美女である。なるべくしてなったというような、ドラマやマンガに出てきそうなThe会長という器量の持ち主といったところだ。
 そのうえ今朝、正門前で挨拶運動をしていたところに花京院を呼び止めて二人で親しそうに何か話していたらしい。これを目撃した女子生徒は、もしかして自分と花京院くんが……といった淡い期待を見事にブチ砕かれた想いで嘆いているようで、その悲しい愚痴が公子の耳にも入ったようだ。
 だが公子はそれにショックを受けることはない。むしろ逆だ。こんな身近に花京院に釣り合う女性がいたのだと前向きな気持ちがあった。
 そう、公子は花京院に恋をしていない。信仰対象と言ったほうが近いかもしれない。
「会長と花京院くん……うん、絶対似合う!」

 悲しくはないが気にはなる。追いかけていたアイドルの熱愛スクープをついつい見てしまうような感覚だ。図書室に他の利用者がいないのを確認すると、公子は早速花京院にその話題をふった。
「ああ。会長選挙に出馬しないかって話らしい。でも僕はこの学校に来たばかりだしね、辞退したんだが彼女は諦めてくれないようで」
「それってもしかしてそれは単なる口実で、実は会長さん、花京院君のこと気になってるのかな」
「まさか。全く面識もない人だよ」
「でも誰だって最初は初対面だよ?」
「……ああ、そうだね。最初は単なるクラスメイトだったけど、いつの間にかその人のことを好きになっている。使い古された設定だけど、よくある話だから仕方がない」
「会長はクラスどころか学年も違うよ?」
「え。ああ……」
 花京院が次の言葉を探していると、図書室の扉が開いた。そこにいたのは、
「お呼びですか?」
 渦中の人、会長だった。
「花京院さん、こちらによくいらっしゃると聞いたから。少しよろしいかしら?」
「いや、今彼女と話している。遠慮していた……」
「いえいえ!そんなもう、私のことは全然気にせず!私、奥の掃除してるから!」
 カウンターの上に『御用の方は図書準備室まで』の看板を出して、雑巾をひったくる様にして奥へ向かった。普段あまり使われていない扉がギイイと古い音を立てて閉まる。
 残された二人は顔を見合わせて対照的なリアクションをした。にこやかな会長と、作り笑いの花京院。

 三十分後、扉を薄く開けて準備室から様子を伺ったが花京院も会長もおらず、公子はあらためて図書委員としての仕事に戻った。誰もいないのだから仕事はないのだが、本が好きなのでサボることなくカウンターで読書に耽る。
 ページをめくる恋愛小説はやはり非の打ちどころのない美男美女が互いの気持ちを確認するかのように熱いキスをしていた。そう、美男には美女。美女と野獣の野獣だって、元は容姿端麗な男なのだ。
「二人ともうまくいったかなぁ」
 公子は他人の恋愛話に耳が大きくなるタイプの人間だ。読んでいる本も圧倒的に恋愛ものが多いし、テレビでやっている恋愛バラエティーの行く末を毎週かかさずチェックしているくらいに。
 だから信仰対象である花京院がどのような恋愛をするのか、それは台本もプロットもない正にノンフィクションな出来事。会長と一緒になると分かっていたとしても、二人がいつ、どのように、どんなことをするのか、その一挙手一投足が気になって仕方がない。
 もちろんそれを祝福するし、できることがあるならば二人が幸せになる手伝いだってしたい。
 二人が仲睦まじくしているのを見て、自分もいつか……と妄想を掻き立てることもあるが、自分にはやはりまだ早い。
 こんな夢見がちな子供に付き合ってくれる男性はいないことは何となくわかっているのだ。自分がお付き合いをしているところなんて全く想像がつかないから。



「しつこい女性は嫌いなんです。これ以上僕に付きまとうようなら大勢の前で恥をかくことになりますよ」
「どうして。私のどこがいけないの!?」
「僕には別の女性しか見えていません。あなたの入り込む余地はない。駄目な理由を強いて上げるなら、容姿や知能といったものをひけらかして男に取り入ろうとするところですかね」


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