小説 | ナノ


 エジプトへの道中、危険な旅になるからと紅一点の公子を何度か日本へ帰そうとしていた一行であったがそれは途中からぴたりとなくなった。
 一対一の喧嘩ということであれば当然男連中には敵わないのだが、公子には戦いを俯瞰するように冷静に見る洞察力があった。いわゆる司令官タイプで、損害なく、迅速に一行を勝利へと導く。
 その戦闘スタイルから、承太郎は彼女のことを自分と同じ冷淡な性格であるという印象を持っていた。共にした時間も長くなってきたエジプト上陸後は固定概念のようになっていたところさえある。
 だから、それがひっくり返されるのを目撃したときは思わず目を丸くした。

「Bonne nuit beauté」
「え?何語?ポルナレフの母国語?」
「Oui」
「なになに。何て言ったのー」
 ポルナレフと公子が遊んでいるのはいつものことだ。大体ポルナレフが言い負かされて公子がニヤニヤしているというパターンなのだが、今夜は少し違うようで。
「おやすみ、美しい人……さ」
「えっ……!」
「何だ、ひょっとして今ので俺に惚れた?」
「バカにすんなっつの!」
 とは言いつつも顔は真っ赤である。それだけじゃない、確かにその眼は、女としての表情をしていた。
「んじゃーな、美しい人!」
「やめろっつの!」
 ポルナレフが一足先にロビーから部屋へ戻ると、そこにいるのは承太郎と公子だけになった。
「そろそろ部屋へ行くぜ」
「ああ。そだね」
 しばらく顔をほてらせていた公子も少し時間を置いていつもの冷静さを取り戻したようだ。
 エレベーターで同じフロアまで上がると、二人は改めてキーホルダーを確認した。どうも部屋番号的に公子が右、承太郎は左に部屋があるようだ。
「……公子、ちょっと俺の部屋来い」
「うん?どしたの」
 尋ねるも承太郎からの返事はない。だが公子はそれを不審がらずに付いていく。承太郎が公子に対して印象を抱いているのと同じように、公子もまたこの男が寡黙で肝心なことも喋らないということはよく理解していた。
 別段珍しいことではない。珍しいのは自分の部屋に人を招き入れるところだ。
(いや、もしかしたら花京院とかとは一緒の部屋で雑談とかしてたのかも)
 その花京院もアヴドゥルと共に現在入院中だ。明日のアヴドゥルの退院に合わせて旅を再開するので今夜を最後にしばらく野宿が続くようになるかもしれない。

 部屋に入り、カードキーを壁のホルダーに挿し込むと明かりと空調が自動でついた。日本ならば普通の設備でも、この辺りになるとなかなか高級ホテルでないとお目にかかれない。
 高級なだけあって設備以外にもそれを思わせるものがある。窓から見える景色がなかなかにロマンティックで、明かりこそ少ないものの神殿を照らすオレンジの光が川辺に反射する風景は、窓枠を額縁とした絵のようだった。
「どしたの急に」
 勝手にコップを出して茶を淹れ始める。お茶淹れようかといちいち聞かないところが公子らしい。いらなければ自分が二杯飲めばいいという考えだ。
 そういうところが承太郎の周囲の十代の女子や母とは違うところだ。何かにつけて話しかけてくるうっとうしさがない。
 だから承太郎は、公子のことをどちらかというと同性の友人のような目で見ていた。花京院の方がまだ女性らしさがあるのではと思う程にがさつな面も見てきたし、何よりスタンドを使った戦闘では自分やポルナレフと同じ超近距離型のパワーファイター。戦場で的確に指示を出す役割が多いからあまり本人が出て行って戦うことはないのだが、以前そこに目を付けて公子を急襲した敵とタイマンを張っていたのを目撃したことがある。なかなかのラッシュで真正面から力でねじ伏せていた。
(だから俺は、お前があんな顔するなんて想像したこともなかった)
 そんな表情を想像するのは、普通想いを寄せている異性のみだ。それを間近で見てしまったことで、今まで意識すらしたことなかった感情が一気に溢れ出たのだ。
 もしかすると本当は公子を好いていたのかもしれない。だが命がけの旅路というシチュエーションのせいで自然とそれに蓋をして、自分でも気が付いていなかっただけなのだろう。
 そしてその蓋は、ほんの些細なことで外れてしまった。その隙間から出てきた感情は、嫉妬だ。
「さっきの顔、もう一回見せてくれよ。今度は俺に向けて」
「顔?」
「フランス語は知らねぇから日本語で悪いが……」
 茶を淹れていた手がびくっと跳ねた。承太郎が背後から公子の顎に手をかけて振り向かせている格好だからだ。
 熱湯を扱っているのでそれを振り払うことも出来ない。そうこうしている間に全身で押さえつけられる。
「……公子、綺麗だ。おやすみ」
 日本語の方が細かいニュアンスを想像しやすく、生々しい。それにポルナレフの軽口と違って承太郎からは威圧的にも感じるような声が、公子の羞恥を掻き立たせた。
「俺はハーフといえど日本男児のつもりなんでな。アイツみてぇに人目がある場所じゃ出来なかった。呼びつけておいてなんだが用事ってのはこれだけだ」
「これ……だけって……だけって……」
「悪いな」
「いや、そういうつもりじゃなくて……とっ、とんでもないことをしたよ今!」
「ポルナレフの野郎と同じことだ。あまり気にするな」
「相手がポルナレフと承太郎じゃ全然違うに決まってんでしょ!もう!知らん!」
 淹れかけのお茶をそのままに、公子は部屋を飛び出してしまった。このリアクションが先ほどよりも大いに荒れている理由に気づかないほど、承太郎もまた赤面して頭を抱えて蹲っていた。


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