小説 | ナノ

 公子がクラスメイト二人を交えて花京院ファンクラブを結成したのは、彼がこの高校に転入してきて一か月後のことであった。
 校内にファンクラブと言えばJOJOファンクラブ一強の世代で、花京院も人気がないわけではないが承太郎の雄々しいオーラにやられてしまう女子ばかりだった。
 そんな中、中世的なミステリアスな容姿と細やかな気遣いをする紳士な性格に本命の愛を捧げるのはこの花京院ファンクラブの女子のみ。いや、本当はもっと数がいるはずなのだが花京院に惹かれる女子は皆奥手な性格が多く、ジョジョーっと大声を張り上げる承太郎派に比べると存在が目立ちにくかった。
 ファンクラブを結成したと言っても特に活動することはなく、ファミレスのドリンクバーで喋りあかすのみという特に他の生徒と変わらない放課後を送っていた。他にすることと言えば会誌と名付けた大学ノートを順番に回し、花京院への愛を語る、くらいだろうか。
 表紙には小さく「KFC」と書かれている。堂々と「花京院ファンクラブ」と書くわけにはいかないからだ。
「じゃあ会誌回しておこうか」
 会誌が友人の手に渡る。それからファミレスを後にし、それぞれ自宅へと戻った。

 事件はその翌日に起こる。その日の放課後はメンバーの部活動の予定が合わず集合することなく公子は帰宅した。それからしばらくして玄関のインターフォンに呼ばれて恐る恐るスコープを覗くと、学ラン学帽の男が立っている。幼馴染の承太郎だ。
「忘れものを届けてやったぜ」
「お茶の催促を偉そうにしないで」
 付き合いは長いので何が言いたいのかはよくわかる。何を忘れたのだろうと考えながら承太郎を家に上げ、湯を沸かし始めた。
「このノート」
「っ!」
 その購買で売っている一見何も変わり映えしない大学ノート。ただ表紙には小さくKFCの文字がある。
「……中見た?」
「見たからお前に届けたんだろうが」
 そう、このノートの所持者を示す情報が表紙にも背表紙にもない。一ページ目の副会長のところに、公子の名前があるのだ。
「な……なんで勝手に見たの」
「見られてマズイもんがそのへんにほっぽり出されてるたぁ思わねぇだろ。大体表紙だけ見りゃケンタッキー(K)フライド(F)チキン(C)のレシピノートかと思うぜ」
「んなわけないでしょーが!」
「ケンタッキー美味いんだがちと油っこくねぇか?」
「それは思うけど」
「あれの油カットしたやつが食えるのかと期待して開けた」
「そう……そりゃ悪かったわね。あとはキッチンペーパーに頼ってちょうだい」
 ノートを受け取ると力なくしなだれてしまった。妄想大暴走ノートの内容をよりによって幼馴染であり花京院の親友に見られてしまったという事実が起き上がる気力を奪っていく。
「茶は」
「自分で淹れて」
「……ハァ。そんなに花京院がいいのか」
「うん。あんだけカッコイイ人見てジョジョーとか言ってる他の女子が信じられない」
「それをジョジョの前で言うな」
「もー信じられない!普段はなんかカッコつけの無口でクール気取ってるけどケンタッキーが脂っこくて食べられないようなオッサンなんだからー!皆騙されてるー!」
「おめーだって脂っこいと思ってるって言ってたじゃねぇか。大体それだと花京院だって結構なオッサン部分あるぞ」
 承太郎と花京院が二か月近くにわたって旅をしてきたということは公子も知っている。だからこそその言葉に妙な重みがあった。
 ノートの中に書き連ねているのは少女漫画の中にしか生息していないような女性の理想像を詰め込んだ王子様花京院の話ばかり。でも分かっている。現実に存在する以上彼だって幻滅してしまうような一面があるのかもしれない。
 だからこそその続きを聞くべきか耳をふさぐべきかで考えた。だが考える暇を与えず承太郎が矢継ぎ早に花京院のマイナスイメージを喋りまくる。

「髭剃りはいい加減で剃り残し結構あるしよー」
 これは本当のところは、今まで花京院に髭が生えていなかったというだけだ。長旅の途中、鏡を見ることのない日も出てきたのでその時に生えかけていたものを見つけたというだけである。
「ちょ、ちょ!やめ!やめて!」
「あー?そう言われるともっと思い出してきちまったなぁ……くしゃみがオッサンみてぇにでかかったこととか」
「ひいいいい」
「エロ本を舐るように見てたこととか」
「つまり承太郎もエロ本見てたってこと?」
「は!?なんでいきなりそうなる!?」
「そうじゃなきゃエロ本を見る花京院くんを見てたってことだよね。もしかしなくてもホモ?ライバルを蹴落とすために悪いこと言ってる?だってあんだけ女の子にモテてんのに一向に興味ナシって感じだもんねー」
「んなわけねぇだろ!」
「だったらもう花京院君の悪口やめて!」
「……いや、ライバルを蹴落とすってのは正解だ」
「!?」
 声にならない、日本語では形容しがたい音を口からもらすと思わず椅子から立ち上がってじりじりと体を後ろに下げた。
「ああ……いや、偏見はないと思ってたはずなんだけど、こう実際目の前の幼馴染がそうだと思うと……若干動揺した。でももう大丈夫、クレバーに行こうぜ」
「それはねぇっつってんだろ。話聞け。というよりこれだけ言えば分かるだろ」
「……?」
 ライバルを蹴落とすために花京院の悪い部分を言う。つまり、ライバルとは。
「花京院に幻滅すりゃあこんなファンクラブ辞めるかと思ったんだよ」
「承太郎……」
「あとおめーの次のセリフが想像つくから先に言ってやる。会長の女子と書記の女子、どっち狙ってるの、だろ」
「うっ」
 花京院ファンクラブの副会長が公子なので、つまり承太郎が自分以外の女子のどちらかを好きなのかと尋ねようとしたのだが見事に先読みされた。
 本当はそこまで愚鈍ではない。これが自分へ向けられた言葉なのだということは重々理解している。だがしかし、ケンタッキーの話に花を咲かせてツッコミをいれたりいれられたりとバカできる相手と恋愛関係に発展させるのがものすごく照れくさいのだ。
「JOJOファンクラブなんて他の女子が喚いてるだけのは無視しろ。会員がお前ひとりの承太郎ファンクラブ作れよ。そうすりゃこのノートに書いてること、全部おめーのためにしてやるぜ」


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