小説 | ナノ

 DIOの体が大きくのけぞった。このモーションから察するに、何かスタンドのアビリティを使った強大な技を繰り出すつもりなのだろう。
 そこまで考えが回っていながらも、公子は次の一手を全て攻撃につぎ込んだ。状況的に鬱陶しい結界を張っている花京院を攻撃するに違いない。だが、彼を守るという選択は放棄した。
 近距離型のDIOならば波紋を使えば直接攻撃は防ぐことが出来る。このパワーは拳銃よりも厄介なもので、仲間ならばまずそれを防ぐために波紋で防御壁を作ってやるべきだった。
(だけど大技の時ほど隙が出来る。ちまちま守備に回ってちゃジリ貧でいずれ負ける。なら私は、ここを最大のチャンスと見てここに全てを賭ける!)
 これを、花京院の力を信頼していたと思うべきか、仲間を見捨て討伐を優先したと思うべきか。

 公子の判断は、結果としては正しかった。だからそれを後悔するのも、結果論なのだ。

「花京院の容体が安定した。なあ、だからもう……」
「すみません。それだけ聞ければ満足です。色々お世話になりました。旅にかかった費用、ちょっと時間がかかりますが必ずお返しします」
 電話越しに聞くジョセフの声は随分と歳をとったように感じた。あの戦いの後、公子が戦場から姿を消して半年。こんな短い期間で老け込むわけはない、どちらかと言えば憑き物が落ちたとでも言うべきか。
 受話器を置くと公子はため息をついた。落ち込むというよりは安堵のものだ。
(花京院。傷跡はどうしても残ってしまうだろうけど、命が助かったのなら、もう……)
 あの戦いは、DIOが花京院に攻撃することで公子に裏で動く時間を作らせたことが勝因となった。つまり公子は花京院を囮として利用したのだ。
(そう。結果論よ。あのとき花京院を庇っていて敗北していたら、きっとやっぱり後悔していた。でもどちらも後悔すると分かっていて、庇わなかった選択をした私は、もう花京院と会うことは出来ない)

 だが一方の花京院は、反対の考えがあった。

「どうでしたか、ジョースターさん」
 電話を切られたあと渋い顔をして、ジョセフは己のスタンド、ハーミットパープルを引っ込めた。
「まーた一方的に切りおったわ。だが電話を通じた今なら念写も可能じゃ。カメラを出すから待っておれ」
 あらかじめ用意していたポラロイドカメラを、机ごと叩き割る勢いで手を振り下ろす。巻き付く紫の茨がコードのようにスタンド能力をカメラへ伝える。
 そこから吐き出された写真には、はっきりと日本語の看板が映っていた。
「電話帳を持ってきてもらおう。この店の名前を調べれば何かわかるかもしれん」



 最後の電話からさらに半年が過ぎた。スタンド使いであるおかげで体が動かせずともあまり不自由だと感じることはなかった。だがそれはリハビリをサボる口実にはならない。
 アスリート並みのペースでリハビリを重ねた結果、ようやく自由に外出できるまでに至った。
「医者も奇跡のようだと目を丸くしていました」
「……そう」
 目を丸くしているのは、公子の方だ。縁もゆかりもない土地をわざわざ選んで引っ越したというのに、そうする原因となった男が今、目の前でコーヒーを飲んでいる。
「どうやって、場所が」
「電話をしたあとジョースターさんに念写してもらいました。そのあとは見張りをこちらに飛ばして引っ越さないように見ていました」
「そこまで……」
「そこまでさせたのはあなただという自覚がないようですね」
 その返しに何も言えなくなり、公子は黙ってしまった。重たく圧し掛かる沈黙に耐えきれずテレビの電源を入れようとリモコンに伸ばした手が、花京院とハイエロファントに掴まれる。
「せっかく二人になれたんです。別の人の顔を見たいだなんて悲しいことやめてくださいよ」
 触手が伸びてリモコンだけを掴むとベッドの上に放り投げた。
「もう、逃がしませんので」
 リモコンを投げた触手が、入り口近くに置いてあったキャリーバックを叩いて倒す。昨日、ジョセフの口座に数十万の振り込みがあった。振り込み人名は、主人公子。振り込んだ口座などから居場所が割れるかもと危惧していた公子は、明日この地を出立するつもりだったのだ。
 最後の最後で、捕まりさえしなければ……。
「あなたが僕に抱く感情の名前を、ハッキリとあなたの口から聞きたい。自責?それとも恐怖?何にせよいい感情じゃないのは分かっています。ですから、遠慮せずどうぞ」
 病み上がりとは思えないほどの力の強さ。スタンドのパワーはひょっとしたらあの戦いの後よりも強くなっているのではないだろうか。
 直接対峙して勝てる相手ではない。だから、密室で二人きりになった時点で覚悟を決めていたはずだった。それなのに、目の前の、年下の少年が、恐ろしい。
「……花京院が私のことを何とも思ってないの、分かってる。勝手に自分を責め立てて姿をくらましてめんどくさい女だというのは、頭では理解できてるの。でも、心がそれに追いつかない。私、もう花京院の目を見て話すことが出来ない」
「もう、じゃありません。まだ、です。これから、ゆっくり僕と一緒の時間を過ごせばいい。少しずつあの戦いで傷ついた心を休ませてやればいい」
 しかし言っていることとやっていることが真逆だ。追いかけ、追い詰め、腕を掴んでこちらを見ろと脅迫している。だけれどそうでもしないとどこかへと逃げ出してしまうというジレンマが花京院を苦しめる。
「それに僕、あなたのことを何とも思わなかったことは一瞬もありません。あの旅の最初から、僕はあなたを大切な仲間だと思っていました。そして途中からは……一人の、女せ……

「花京院!それ以上はやめて!!」
「……女性として見ていますよ。今このまま押し倒してめちゃくちゃにしたいくらいに」
 熱烈というよりは強烈な一言に、公子はびくりと体を揺らした。そして思い至る。道中感じていた花京院からの視線は、自分の勘違いではなかったのだだと。
 初めは紅一点故の特別扱いだと思っていた。だが途中、家出少女と旅路を共にした時に感じたのだ。彼女への扱いと自分への扱いが、違う。それはスタンド使いかどうかの差ではない。
 むしろ仲間として公子を信頼しているのならば、危険が迫ったときに咄嗟に家出少女を庇ってやるはずだ。だが運命の車輪戦で逃げる彼女が転んでも、花京院は公子の手を放さなかった。公子の身体能力ならば手を引く必要はないと言おうとしたときに承太郎が舌打ちしながらも引き返してやったのを見てその言葉を飲み込んだのだが。
「あなたを傷つけまいと道中あんなに必死になっていたのに、僕自身の手で、傷つけようとしている。皮肉なものですね」
「私、花京院に殴られても文句は言えない立場だから」
「それつまり、僕が今からあなたに何をしても構わないと、そう受け取りますけれど」
「……許してくれるなら、この手をどけて」
「ずるいですよ。許す許さないで言えば許すに決まっています。というより、あなたは罪悪感を感じるようなことをしていませんからね。けれど、この手を離すかどうかは別です。その罪悪感に付け込めば一生僕の物になるというなら、そうしようかとさえ思います」
「……」
「逆、ですね。付け込まなければ、僕の居ない場所に逃げてしまう。手が届かなくなってしまう。だから、一生許しません。一生僕の傍にいることで償ってください」
「ごめんなさい、花京院」
「どっちの意味ですか?いえ……どちらでもいいです。断るという意味の謝罪であっても、あなたを手放すことはないので」
 この手は、今掴まれたのではない。運命の車輪戦のときからずっと掴まれていたのかもしれない。薄っすらと気が付いていた。だからこそ、最後の戦いで花京院を囮に利用したのが許せないのだ。自分に好意を寄せている相手を見捨てたから。
「もう、僕以外のヤツを見るなんて許しません。あの最後の戦いで、大怪我をしたのは仕方のないことです。僕が怒っているのはあなたが助けてくれなくて怪我をしたことじゃない。あのとき僕じゃなくてDIOを見ていたことに嫉妬していたんです。でももうアイツはいない。これで僕のことだけ、見てくれますよね?」
 だがこの問も、どちらに答えようとも結果は同じなのだろう。手を掴まれたあのときから、公子も心が花京院から離れられないのだから。


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