小説 | ナノ

 ただ美しいものが、ただ素晴らしいものが、信じられない。そんなものこの世に存在しないんじゃないかと病的に疑っている。
 例えばすごくコメント上手な子役。小さくて可愛くて、しかも礼儀正しく幼稚園児とは思えない語彙で食べたものの味の感想を語る。それを見て皆思うだろう。やらせ、仕込み。
 それと同じだ。綺麗な花は害虫を引き寄せるし、美しい宝石はそれを巡って流血沙汰になった歴史があったりする。だから公子は、花京院典明を今一つ信用できなかった。
「主人さん。日誌僕がつけておいたよ」
 例え日直の仕事を自分の分まで無償でやってくれたとしても。
「主人さん。荷物運ぶの手伝うよ」
 例え親切心を惜しみなく注いでくれても。
 眉目秀麗、成績優秀、おまけに性格までいいどころか……。
「花京院、スポーツテスト全種目一位かよ!」
 運動神経まで抜群ときたものだ。彼に何も欠点がないというのが、公子にはとても信じがたい。だが重箱の隅を突こうとも何も出てこない。しまいには彼が自分の見ている妄想なのではとさえ思う始末。
 だがそんなことを友人に漏らせば、非難の嵐である。実際に少しそういったことを離しただけで集中砲火を浴びてしまった。
(ついてねー……)
 ため息をつきながら公子は家路へと着く。放課後のファーストフード店でのおしゃべりは一気に険悪ムードになってしまい、逃げるように店を出て電車にのったところだ。

 時刻は十九時を回っており、帰宅ラッシュに巻き込まれた公子は押しやられるように奥へ奥へと移動する。人波に揉まれながら新鮮な酸素を求めて顔を上げれば、見覚えのある赤毛が見えてしまった。
(げ。花京院)
 花京院側に何一つ落ち度はないのにこのリアクションはかなり失礼なのではないかとさすがに思い直す。
 よくよく考えてみれば花京院の欠点とは、周囲の人間の劣等感を煽ってしまうこと、ではなかろうか。そう思えば彼の完璧さを納得でき……なくもない。
(!?)
 思考が落ち着こうとしたところ、腰に嫌な感覚が走った。明らかに男の手が、自分を触ろうという意思を持って動いている。手が当たっただけとかそういうものではない。臀部の割れ目を指でなぞるように上下するその動きに、公子の正常な思考が潰されていく。
 やめてという言葉だけが頭を支配する。拒否の感情だけは溢れてくるのに体が動かない。歯がカチカチと音を立てて震えるばかりで口が一向に声を発しなかった。自分の体なのに、動かし方が分からない。
「ぎゃっ」
 男の小さな悲鳴に振り返ると、今まで自分のスカートに触れていた手が花京院によってひねりあげられている。
「降りろ」
 ほかの乗客が少しずつ距離を取ると、満員電車だというのに不思議と出口までの道が開いた。まだ走行中で開かない扉に、犯人の男の頭を思い切りたたきつける。
「ひっ」
 周囲から息を引くような音がするも、花京院は全く動じない。駅について開いた扉から、失神しそうな男の髪を掴んでずるりと引きずり出した。

 事情聴取のために随分と時間を取られそうになったが、学生服姿の二人を見て警察が早めに解放してくれた。公子と花京院が同級生だと告げると警察は公子を家まで送ってやってほしいと花京院に頼む。さすがに警察といえど個人の護衛まで引き受けることはないようだ。
「災難だったね。大丈夫?ちょっと落ち着くまで休憩していこうか」
「だ、大丈夫だよ。家も近いし、平気平気」
「いや、警察からもお願いされちゃったからね。送るよ」
 しばらく「結構です」「遠慮せずに」を繰り返し、結局公子が折れる形になった。
「怖かっただろ。ほら、まだ足が震えてるよ」
「え?いや、さすがにもう……」
「これじゃ心配だ。途中僕の家があるから休んでいきなよ」
「いや。親御さんにもご迷惑だし」
「僕一人暮らしだから大丈夫だよ」
 だったらなおさら大丈夫じゃないのでは、と思ったがそれを口にはできなかった。何を勘違いしているんだこのブスはと思われるのがイヤだったのだ。花京院ほどの人物ならば女なんて選ぶ側の立場だろう。
「ほら、入って」
「あ、いや。その……かえ……る」
「そっちこそ親御さんに連絡して。帰りが遅くなる……いや、泊まるって」
「え?」
「ちょっと話したい事があるんだ。警戒してるようなら玄関先で構わない。一回この扉を閉めていいかな?」
 玄関の電球がオレンジの光を灯す。薄暗いよりは幾分落ち着くが、やはり玄関先で立ち話というのはどうもそわそわしてしまう。だからといって奥へ行けば取り返しのつかないことになりそうだ。
 先ほど花京院が言っていた足が震えているというのはどうやら本当だったようだ。その場に立ち続けているとようやく自覚できた。へたりこむように公子はその場にしゃがみ込む。
「こんな時間に僕が出歩いてるのね、別に用事があったわけじゃないんだ。ただ、主人さんが今日言ってたことについてちょっと訂正を入れたくてね。話しかけようと思ってついていっていたけどタイミングがなくて」
 今日言っていたことといえばもう一つしか頭に浮かばない。要約すれば、実はお前は巧妙に隠している欠点が何かあるはずだという失礼極まりないあの話だ。
(ひええええええ)
「僕だって当然欠点はあるし、君が言うように綺麗な生き物でもない」
「まさかそれを言いたいがために尾けてきたの?」
「うん」
「えぇー……」
「後から知られるのが、怖かった。僕のことをそんな完璧な人間だと思っていたら、僕のイヤなところを見たら余計にひどく見えちゃうだろ。だから僕のことを、普通の男として見てほしかったんだ」
「はぁ……で、欠点、て?」
「……独占欲強いし、キレると手がすぐに出るし、好きな女の子のこと尾行しちゃう気持ち悪いヤツなんだ」
「へ……へえ。分かった。花京院くんもフツーなんだってよくわかったよ。じゃ、じゃあね!」
「言ったでしょ、独占欲強いって」
 立ち上がろうとした公子を廊下に縫い付けるように覆いかぶさる。その姿はやっぱり眉目秀麗の花京院のままなのに、どこか恐ろしさがある。
(ああ……綺麗なバラにはトゲがあるってやつか。納得)
「主人さんはさ、僕の外見も褒めてくれてたけど……そんなのは普段見えてる部分だからだよ。人に見られるのであればもちろん手入れする。だけど誰にも見られないような場所は、君が思っている以上にグロテスクなものがあったりするんだよ」
 そう言いながら学ランを脱ぎ、ベルトを外し、シャツと、ズボンと、下着を脱ぐ。一糸まとわぬ姿となれば、花京院の言う人に見られないような場所すべてがくっきりと公子の視界に映る。
「君が他の男にいやらしい気持ちで触られたのが許せない。もっと深いことをして上書きしてしまおうと思っている。それに、ね。服で普段見えない部分は気持ち悪いでしょ?」
 それは腹についている大きな傷を指しているのか、その下で反り返るほどに固くなっているものを指しているのか。
 痴漢にあっただけで声を失うような公子が、レイプ寸前に思考出来るようなことなど、ない。


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