小説 | ナノ

 今見ているものが明確に夢だと認識できる。そのうえで目を覚ますことなくこの夢の世界を自由に動くことが出来る。そんな夢を、明晰夢と呼ぶ。
(これは……明晰夢か)
 夢でないはずがない。何せ現在エジプトを目指して陸上の障害を避けて山間を突っ切るという強行ルートをとっていたところだ。おかげで今夜も野宿。じゃんけんに負けて車中泊の権利はジョースター家に譲り、花京院たちは大自然のど真ん中でキャンプをしていたのだから。
 だが今花京院が見ている風景は、数十日前まで自分の生活の中心となっていたアスファルトの森だ。昼間だというのに輝くネオン、道路脇で客を待ち長蛇の列を成すタクシー、道行く人にパネルを見せながら最新家電の案内をするキャンギャル。
(ホームシックにでも陥ったかな)
 苦笑しながらもせっかくの都会を楽しむ。幼いころから何度か海外旅行の経験はあったがやはり日本に勝る都会というのは世界中探しても数箇所しか見つからないだろう。
 店頭にテレビを置いて最新ゲームのデモムービーを繰り返すのは行きつけのゲームショップだ。いわゆるサブカルなものをさまざま扱うこの店は、出入り口付近に最新のゲームソフトが並んでいる。そして数枚のカーテンという頼りない壁を経て店の奥に行くと、アダルトグッズが売っていることもしっている。
(……夢だし)
 夢の中なら恥じる必要などない。それに確かに現実世界ではこの奥はそういったコーナーではあるが、これは自分の夢、つまり脳内で作られた世界なのだ。現実世界のルールが一致する保障はない。
 見たことのない場所を妄想して間取りを作っているのだろうか。それともこういうものが見たいと言う自分の欲望のままに表れているのだろうか。どちらでもいい。ここ最近連戦していることよりもゆっくりと休めないという回復できない現状から、花京院は疲れ果ててしまっていた。だからせめて夢の中で……。
「公子……?」
「あ、花京院」
 夢の中のはずなのに、想い人とこんな場所で出くわしてしまうことに羞恥と罪悪感が溢れてくる。
「え、なんでここに……」
「えっとね、こういうの、興味あって」
 と言いながら棚に無造作に置かれている男根を象ったピンク色のそれを手に取る。少女と制服とアダルトグッズというちぐはぐな組み合わせが余計に興奮させる。
「こうやって、使うんだよね」
「あ……」
「何?」
「違……その……い、入れたいのかい?」
「うん。だってここ最近ずっと野宿で発散できなかったし。花京院も?」
「……うん」
「じゃあさ、一緒に解消しちゃおっか」
 手にしていたニセモノを棚に戻し、花京院のズボンのファスナーを開いてそこからホンモノを取り出す。
「ね?」
(夢。これは夢だから、夢、夢で、本当じゃなくて、だから別にかまわない)

 一方で現実の公子は大きなくしゃみの音で目が覚めた。が、まだ頭がぼんやりしているので横になったまま薄目で空を見ながら小川のせせらぎを聞いていた。
 こう表現すれば優雅な大自然の朝だが、ベッドを使えず地面に寝袋だけで寝ているので優雅さの欠片もない。
 くしゃみをしたのはポルナレフのようで鼻水をかんでいる。空の色は薄い紫色で太陽の光がうっすらと空に混ざっている途中だろう。
「ん……ぁ……」
 そこに花京院の声がまざる。しかし公子はおはようと挨拶するほどまだ目が覚めていないため口と目を半開きにしたまま微動だにしない。
「おはよう花京院」
「あ……」
「どした」
「いや……」
 何やら花京院の歯切れが悪い。
「うー、さびぃ……とりあえずコーヒーでも淹れようぜ」
「あ、僕が水を汲んでくる」
「おう、頼む」
「……」
「……」
「……」
「花京院?その寝袋のまま歩くつもりか?」
「ポルナレフ、ちょっと車の方に行って二人を起こしてきてくれないか」
「……ハハーン。なるほどなるほど。OKOK!ま、最近マトモに休めてねぇし、疲れてりゃなるなる!」
「殴るぞ」
 視界で二人を捕らえていないせいか、話しの内容がよく分からない。この間に聞こえてきた声以外で何かしらやり取りがあったのだろうか。イマイチ話が掴めないまま二人はもぞもぞとそれぞれ動き出した。
(どしたんだろ。花京院なんか変な感じだったけど)
 自分の頭のそばを花京院が通る足音がする。寝返りをうつフリをして首を小川の方にやった。
 そちらへ向かう花京院の背中が見える。手には水を汲むための片手鍋と何かの袋がある。水を汲むだけなのに鍋以外の道具が必要とは思えず、気になった公子はそのままそちらを見つめていた。
 鍋に水を満たして脇に置くと、袋から何かを取り出す。が、それは背中を向けているため何なのかは分からない。
(どうすんだろ)
 花京院の謎の行動は、まだ半分以上眠っている公子の目が覚めるような光景につながった。
「!?」
 公子が思わず息を飲む。なんと川辺で靴を脱ぎ、ズボンを下ろし始めたのだ。
(???)
 その後下着までおろして臀部が見えたところで公子はまた寝返りをうつふりで元の位置に戻った。
(え、何でパンツ……?)
 視界はまた薄紫の空に戻ったが、耳からはバチャバチャと水が激しく跳ねる音がする。しばらくするとまた自分の枕元を通って花京院が戻ってきた。
(さすがに朝から生尻見ちゃったら目も覚めるわ……)
 公子はこの旅の中で初めて誰にも起こされずに自力で起きてきた。
「あ、公子起きたの。珍しいね」
「あー、うん」
 あなたの尻のおかげですとは言えるはずがなかった。湯を沸かす花京院のそばには先ほどの袋が置かれている。
「この袋何?」
「え……あ、いや。なんでもないんだ」
 が、慌ててそれを手にしようとして逆に中身を地面にぶちまける結果となる。しっとりと水分を含んだフェイスタオルと、それに包まれていたびしょびしょの男用パンツ。
「?」
「ごめん」
「???」
「ま、あんま気にすんなよ!」
 車からジョースター家の二人を連れてポルナレフが戻ってきた。
「若いってなぁ羨ましいぜぇ!」
「ポルナレフ、いい加減にしてもらえないか」
(え?そんな怒るようなことなの?パンツ……多分換えてたんだよね。んで、濡らしてた、というより洗濯かな。パンツが汚れるような……)
 朝起きて下着を汚すのはなにも男だけではない。そしてそれが恥ずかしいことだということはすぐに気づいた。
「あっ」
「え……」
「いや、何でも。私もコーヒーほしいな」
「あぁ……うん」

 朝食の片付けは準備に携わっていなかった承太郎と公子で行う。ジョセフはルートの確認のため地図と睨めっこだ。
「花京院」
 ポルナレフがキャンプ地から少しはなれたところに花京院を呼び出す。応じはしたものの花京院の顔はかなり険しい。
「なんだ」
「いや、悪かったって。でもな、公子にはきちんと言った方がいいぜ」
「は?」
「夢精でパンツを汚したってな!」
「そんなことを大声で言うな!」
「オメーも声でかいぜ。いや、多分な、公子のことだからな……お前がおねしょしたと思ってるはずだぜ」
「……あ、ありうる!」



 その夜。
「花京院、寝る前にあんま水分取らないほうがいいかと」
「いや、寝る前はむしろコップ一杯くらいの水を……いや、公子」
「?」
「君、僕のおねしょの心配をしてるのか」
「……うん」
「やっぱり!違うから!あれはその、違うんだ!違うんだ!」


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