小説 | ナノ

 どんなものでも長所と短所の側面を持っている。きっちりしてると言えば長所、融通が利かないと言えば短所。それと同じで、公子が優しさにも悪い面があるということを知ったのは皮肉なことにホワイトデーの日だった。
 周囲の女子から高級チョコや完成度の高い手作りチョコを山のようにもらっていた花京院に、特に捻りも何もない手作りのトリュフを渡したのが一月前。そして今日、そのチョコの山を築いた全ての女子に全く同じ菓子を配布されたのだ。
「花京院ー。お前あんだけ高ェもんもらっといて全員同じかよ」
「気持ちは皆同じだと思っているからね。平等にしないと」
 その答えを偶然聞いてしまった公子は凍りついた。
(気持ちは皆、同じ)
 好きの二文字で括ってしまえばそりゃ全員が全員同じである。だが、それぞれが各々花京院への想いを持っているし、個別にエピソードなんかもあるだろう。しかし、それは女性側からすればの話だ。花京院から見れば、全員が全員自分に好意を寄せる女、というだけである。
 値段や手間で区別しない。それは花京院なりの優しさなのだろうが逆に公子には理解しがたいものがあった。
 結局、もらった菓子は弟に食べてもらった。

 それから一ヵ月後。進級した公子は念願の花京院のクラスメイトになっていた。あんなことがあったとはいえ憧れの人であることに変わりはない。
 そんな花京院のほぼ真後ろの席になったものだから、自然と目は赤い頭髪の後頭部に向けられるのだった。
(やっぱかっこいいなぁ)
 だがそこにある変化に誰も気づいていない。
 公子は今まで、花京院をハッキリと“好き”だと思っていた。視線に映るたびにその言葉が頭を支配していた。だが、今はもっと漠然とした感想しか出てこない。かっこいい、モデルみたい、憧れる……。
 最早それは、愛と呼ぶには軽いものだった。しかし好意には違いない。だからこそ、気づかない。
 一方の花京院とてそうだ。相変わらず公子のことを自分に熱を上げる女子生徒の一人としか認識していない。そう、その他大勢なのだ。自分が何をしても肯定してくれる、何があっても“好き”でいてくれる、女の子。

「公子ー!」
「どしたの、ケーコちゃん」
「今日ね、代々木公園でドラマのロケあるらしいんだ!でねでね、その主演が菅田くんなのよー、見にいかない!?」
「え、うーん……いや、いいわ。今日宿題すごい量だし」
「いや、今からだよ行くの」
「授業は!?」
「サボる!」
 と堂々とサボり宣言をし、数秒で荷物を纏めると本当に教室を飛び出した。その大声は教室中に聞こえていたようで、周囲の男子がため息をついてあきれ返っていた。
「ケーコってあんだけ花京院が好き好き言っておいて、ミーハーだな。なあ花京院」
「ハハハ。まあ芸能人には勝てないさ」
「でもアイツお前に毎月に告白してたじゃねぇか。振って正解だぜ。俺彼女にあんなん言われたら気分悪ぃわー」
「それは僕も同感だな。彼女だったら怒るけど、まあ別にあの子はそういうのじゃないし、自由だよ」
(へー、花京院くんも嫉妬で怒るなんてあるのか)
「やっぱ彼女にするなら、ちょっと控えめで女の子らしい感じの子がいいよなー」
「そこは僕も全く同感だ」

 その最後の会話は聞いていなかった公子は、最初何のことだか分からなかった。控えめ女子がタイプだと言ったクラスメイトの彼に、今正に告白を受けているのだ。
「俺、主人の女の子っぽいところが好きなんだ。よ、よかったら、俺と付き合ってくんねぇかな」
「あ……」
 それはつまり、今残っている花京院への淡い憧れを完全に捨てなくてはいけないということだ。何せ彼は、他の男をカッコイイと言うのを嫌っている。
「普通こういうのって返事いつでもいいとか言うけどさ、俺は、今すぐ返事が欲しい」
(どうしよ。私が困ってるのは、この返答をするのに目の前の彼じゃなくて花京院君のことを考えてるっていう最低な事実なんだ。受けるにしても、花京院くんへの未練を断ち切るために利用してるだけなんじゃないかなって……でも、このままずるずる花京院君のこと考えるより、私を好きって言ってくれる人を大切にしたい)
「主人?」
「……うん、あの、こんな私ですが、よろしくお願いします」
「〜っ!あ、あのさ!こ、これダチに報告していいかな」
「え?ああ、うん」
 勢いに押されて返答したところで気が付いたが、このダチという単語が刺すのは当然花京院のことなのだろう。先ほどだけではなく、よく話している姿を目撃している。何せずっと花京院を目で追ってきたから。
(いや、これでいいんだ。花京院くんに、もう未練がましくあなたを追いかけませんって間接的にだけど伝わるんだから)



 初デートの約束を取り付けた土曜日、公子が待ち合わせ場所の駅に現れることはなかった。電話も繋がらないし、挙句月曜日学校に来てみれば欠席という。
「主人が先週の金曜から連絡が取れないそうだ。警察にも連絡済みで、仲いい生徒は話を聞かれるかもしれないから協力しましょう」
 教師の事務的な伝言に、彼氏となって数日の少年は顔を青ざめさせる。そんな彼を慰めるように花京院は優しく笑いかけ、それに力のないつくり笑顔で答える。
 信じられないような発言に混乱状態にある少年は気づかない。花京院の笑みに邪悪なものが潜んでいることを。
「ただいま。帰ったよ、公子」
「……」
「おかえり、は?」
「……か……」
「声が小さいな。いいんだよ、隣に聞こえるほどの大声を出しても」
 だが声が届くことはない。スタジオでよく見かける防音処理のためのスポンジが壁一面に貼られ、窓という窓は塞がれている。
「ベランダに出られなくなったのはちょっと面倒だな。洗濯機を乾燥機つきのものに買い換えないと」
「か……院くん」
「ん?あ、そうだ。今日スーパーに寄ってこれを買ってきたんだ」
 ビニール袋から肉や野菜を取り出すと、底に大量のチョコレートと生クリーム、ココアパウダー、ナッツとレーズンが陣取っていた。
「バレンタインから、やり直してくれないか?僕は君がいつまでも僕に熱をあげてくれてると勘違いして、振られる女の子の気持ちを優先して君を傷つけてしまった。誰か一人に絞ることが怖かったんだ。だけど、いつまでも応えない方がよっぽど恐ろしい目にあうんだね」
「違う……」
「また作ってよ、あのトリュフ。他のチョコは食べ切れなかったから親に送りつけたんだけどね、本当は君のだけは、食べた。中にナッツやレーズンが入ってたろ。ほら、ちゃんと買ってきてるんだ」
「……」
「ホワイトデーのためにきみにあげるものももう届いてた。帰りにコンビニで受け取ってきたんだ。ほら」
 カバンから取り出した小さな四角い箱。その形状は、見ただけで中身が指輪だと分かるものだ。
「左手出して。あ、チョコが先か。はは、まだ焦ってるみたいだ。君が、他の男のところに行ってしまうなんて聞いちゃったからかな。もうあんな思いを二度としたくない。絶対に離さない。今度こそ、チョコのお返しは君が望むものをあげるよ」
「……だったら鍵にして。この、足枷の鍵」
 公子の足首には手錠がつけられ、長いチェーンがベッドと足を縛っていた。キッチンやトイレには行けるけど、絶対に扉に近づけない長さのチェーン。
「……それを外しても、逃げ出さない?一生僕のそばにいてくれる?」
(どうなんだろう。犯罪者のそばに一生いるなんて、恐ろしいことできるわけない。なのに、どうしてだろう。あの人と付き合うって決めたのに、こんなひどいことを花京院くんにされたのに、それでもやっぱり、花京院君をかっこいいと思ってしまう)
 例えそれが、狂気に濡れた笑顔であっても。


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