小説 | ナノ

『カノッサの屈辱』

 教会とローマ帝国による聖職叙任権を巡る中で起きた事件ではあるが、現在のヨーロッパでは「強制されて屈服、謝罪すること」の慣用句として用いられている。



 承太郎に“ひどい目”に合わされた翌日、公子は学校を休んでいた。どういった目に合わされたのか、思い出すのも苦痛で違うことを考えようと自分でミックスしたカセットテープを再生させる。しかし大好きな音楽でも心の傷を癒す薬にはならないようで、布団にもぐりこんでは頭を抱えた。
 確かに、自分たちの第一印象は最悪だった。承太郎からしてみれば自宅に戻ってくつろいでいるところを連絡もなしに押しかけて自分の都合ばかりを喋るうっとうしい後輩といったところだろう。厳密に言えば中学生の時の部活の試合で見ていたらしいので第一印象というわけではないだろうが、きちんと面と向かって話をしたのはあのときが始めてだ。
 その後も一応謝ってはくれたが正直謝罪にしてはふてぶてしい。自分が悪いと本心から思っていなかったのではないか。それを周りとの調和のために無理やり折れていただけだとしたら、公子への負の感情は更に大きくなっているだろう。
(そう。空条先輩は私のことどっちかというと嫌いなんだよなぁ)
 どっちかというと、と少し遠慮がちに付け加えた理由は、一応捜査に協力して情報を獲得するという手柄も上げたことだし、雨が降ったときに濡れないように上着をかけてくれたあたりからそこまで毛嫌いされているわけじゃないと思いたいからだ。
(でも、嫌いだから、あんなことしたんだよね)
 あんなこと、の内容を細部まで思い出して公子はお腹を押さえた。
(嫌いだから、あんなこと……平気で……)
 もうこの件に関わらないにしても、学校では顔を合わせてしまうことがあるかもしれない。それと、あのあとIDカードはアンセムの力でなんとか見つけ出して回収したのでこれを返却せねばならない。財団施設では高確率で出くわすのでそれについてもなんとかせねばならない。
 そういえばアンセムは現在、問題なく出すことが出来るようになっている。だが、公子自身が今誰とも会いたくないため表に姿を見せることはない。
(……サボったけど、ちょっと復習くらいしなきゃな)
 せめて勉強くらいはせねばと思い椅子に座るも、股がずきずきと痛み出し結局横になってうだうだと一日を過ごした。
(……嫌いだ。嫌われてる人と無理に仲良くする必要ももうないんだし、忘れよう。私だって、空条先輩のことが大嫌いだ)

 初夏を迎えるべく気候が暖かさを増す頃、ようやくジョセフのスタンドの調子が元に戻った。ここに至るまで承太郎たちが何人かスタンドを悪事に使う連中を裁いていたが、結局自力ではあのトライバルタトゥーの男に辿り着くことはなかった。
「ではいくぞ」
 腕に紫色の茨をまとい、机の上に用意されたポラロイドカメラめがけてそれを振り下ろす。カメラはボディを壊しながらも一枚の写真を吐き出した。
「間違いない。コイツだ」
「でも場所がいまいち分からないな」
「十分おきに念写しよう。コイツはDIOと違い、わしがそっちを見ておることに気づかないはずじゃ。今度は五十日もかかるまいて」
 一日の行動パターンを念写し、リーダーと名乗った男の大体の活動範囲を絞ることが出来た。夜遅くまで粘っても家に帰ることがなかったが、明け方近くにようやく寝床にしている場所が写真に写った。
「ここは……あのときの……」
 あのシャッター街にいくつか基地を作っているらしい。一度顔を見られたというのに堂々と同じ場所で待ち構えるというDIOと同じパターンに承太郎は無性に苛立ちを覚えた。
「よし、行くぞ」
「まあ待ちなよ承太郎。どうせなんだから寝込みを奇襲した方がいいんじゃあないか?相手のスタンド能力もよく分からないし、彼には仲間がいるんだろう?」
「ほう、珍しいな花京院。お前のことだから犠牲者が出る前に行くべきだとか言い始めると思った」
「ここ数日通り魔被害は全くない。おそらく目覚めさせた人物を仲間にする段階にあるんだろう。新たにスタンド使いを増やすのはしばらくしなさそうだしな」
「ま、テメェが言うなら構わねぇぜ。乗るよ。だが、今夜でいいんだろ?」
「ああ。厳密に言うと日付が回るから明日になるがな。それにしても血気盛んだね。何かあった?」
「……苛々してな。なんでもいいからぶっ飛ばしたい気分だ」
 そういい残して承太郎は部屋を出た。そのときの刺すような視線は殺意にも似た破壊衝動が隠すことなく宿っており、目が合った花京院が一瞬身構えてしまうほどだった。
「ジョースターさん、相談が」
「どうした」
 二人になったところで花京院が年長者の意見を請うべく話を切り出す。
「以前女の子とジョースターさんの病室に行ったのを覚えてますか?」
「ああ、承太郎が惚れてる」
「あ、それです」
「そういや見んな。どうしとるんじゃ」
「実は……」
 花京院は手短に起こった事実だけを話す。公子が一度敵の手中に落ちたこと、その後助かりはしたようだが学校で見かけても避けられるようになったこと。
「救出は誰が」
「承太郎です」
「……何かあったな」
「彼女に声をかけるべきかどうか悩んでいます。戦いたいという気持ちが強くあったからこそ、このまま何が起きたか分からないまま終わらせたくはないです。しかし、彼女自身がそれを拒んでいるような気もして」
「さっきの承太郎の不機嫌ぶりと関係あるのかもしれんな。普段あれだけ冷静沈着な男が……で、花京院はどうなんじゃ。前に答えを聞いてなかったぞ」
「なんです?」
「お前は彼女のことをどう思ってる」
「僕のことはいいんです。それより声をかけるなら急がないといけないので、どうしようかと思って」
「ええんじゃないか?声をかければ来る、来ないをその子が決められるが、声をかけなきゃ来ない一択になる。選択肢が多くて迷惑になる当ことはないだろ」

 公子の部屋の西側にとられた窓から夕日のオレンジが差し込む。あれから公子は学校にはなんとか登校していたがいつも放課後どこかへ出かけていた頃の元気はすっかりなくなっており、憑き物が落ちたという表現が合うようになっていた。
「公子ー。アンタ晩御飯は」
「いらない」
「あそ。ところで、お客さんよ。学校の先輩」
「……な、名前は」
「花京院さんよ」
「出る」
 学校の先輩、という言葉だけで体がこわばった。自分は思っている以上に承太郎に対してトラウマを植えつけられているのかもしれない。
 正直花京院と会うのも若干辛いところがあったが、IDカードを渡してしまえば財団施設に行くというリスクを消すことが出来る。机の上に置いていたカードを手に、公子は部屋を出る……前に一応部屋着から簡単に着替えておいた。
「お待たせしました」
 飛び出てきた公子を見た花京院は目を丸くしている。どうしたのだろうかと公子は自分で考えてみるが何も思い浮かばない。身なりも一応整えてきたつもりだし、顔だって泣き腫らした跡はきえていたはずだ。
「あ……いや……ちょっと、外出るかい?」
「そうですね」
 間取り的に玄関近くに台所があるので、夕食の準備をする母に話を聞かれないように移動することにした。
 近くにある児童公園に、子供の姿はもうない。皆夕食と両親の待つ家へと帰って言ったのだろう。ベンチのない公園だったので、二人は自然と並んだブランコに腰をかける。
「先輩、これ」
 なかなか話を切り出さない花京院に、公子の方から用事を済ませることにした。手にはずっと返却できてなかったIDカード。
 学校内で花京院と承太郎は一緒に行動していることが多く、見かけても話しかけることが出来なかったのだ。
「もうお返しします」
「……僕なりに、色々と考えをめぐらせた。その答えあわせをしてもいいかな」
 公子が何も返事を出来ずにいると、花京院がカバンから財布を取り出した。
「何か飲むかい?」
「いえ、結構です」
「オレンジジュースでいいかな。前喫茶店で注文してたから」
「あの、結構……」
「ちょっと話が長引くかもしれないから、まあ受け取ってよ」
 一方的に押し付けるような形で話を終わらせ、花京院は近くの自販機に向かった。戻ってくると手には二つの缶がある。
「どうぞ」
「……いただきます」
 ジュースに罪はない。ここで公子が飲まねば捨てられるだけだろうから、仕方なしにプルタブを開けた。
「玄関先で僕が随分動揺してただろう。その理由はね……君が随分と変わったからだ」
「確かに少々痩せましたが」
「外見じゃない……いや、外見、なのかな。なんだろう、雰囲気のような、外見のような、あやふやな表現で申し訳ないんだけど。主人さん。君、承太郎と付き合ってる?」
「な!?はぁ!?」
「違うのか」
「違いますよ!」
「……じゃあ、質問を変えよう。承太郎と肉体関係にある?」
「…………違います」
「何かあったのはあったんだね。が、君はそのことを苦々しく思っている。これ以上は突っ込んで聞かないが誰かに聞いてほしいというなら僕でよければ話してくれ。まあ、男にするような話じゃなさそうだが」
「何で、そう思ったんですか」
「すごく女っぽくなってて驚いたんだよ、玄関先でね。それ以前に君だけじゃなく承太郎の方も何か様子がおかしかった。だから何かあったというのなら、君ら二人の間にあったんだってことは確信してたよ。考えられることの中に、君たちがそういう関係になったんだって項目があっただけさ」
「すみません、もう帰ります」
「ああ、待って!大事な話をしてないんだ!実は今夜、通り魔に奇襲をかける。場所は君が突き止めたあのシャッター街の一角にある元ラブホテルの建物だ。君がまだ悪を討伐したいという意思があるなら、来ることを止めない。もちろん後方支援に徹してもらうけど」
「……行きません。ありがとうございました」
 逃げるように公園の出入り口を目指して駆けていく。後には揺れたブランコと、缶コーヒーをあおる花京院だけが残された。


prev / next
[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -