小説 | ナノ

 行かない。
 あんな目にあうくらいなら、行かない。
 あれだけ力強い先輩にとって、遠くからチマチマ当てるだけのスタンドなんて居ても意味ないだろうから、行かない。

 奇襲翌日(と言っても実行は日付をまたいでからなので当日ではあるが)、承太郎と花京院が揃って学校を休んでいると三年生女子が騒いでいた。噂はあっという間に学年の垣根を越え、公子のクラスの女子までもが騒ぎ始め、イヤでも公子の耳に届く。
(え……うそ、やだ……不安なるじゃん)
 少なくとも花京院の無事は確認しておきたい。昨日かなり失礼な態度をとった自覚があるからこそ、謝罪はせねばと思っていたのだ。
 だが財団に入るIDカードは返却した、花京院の家など知らない、ジョセフの病室も財団施設内。となるとコンタクトをとる方法がない。ダメ元で家に電話したがコールが延々続くだけで本人の声まで辿り着かなかった。
(アンセムで探そうかな)
 スコープを除いても射程内に花京院の姿はなかった。
 もう関わらない方がよいのではないか、そんな考えばかりが頭をよぎり、公子はクラスメイトの病欠に気づけないでいた。HR中に先生が出席の確認をしたときにようやく空席があることに気づいたのだ。
「柴田は今日、高熱と足の怪我で欠席だ」
(高熱と、怪我!?)
「最近聞かなくなっていたが不審者が校区内をうろついている。一人での登下校は避けて集団で行動するように」
 柴田、といえば、北中出身のテニス部のあの女子だ。公子に一緒にテニスをしようと声をかけた、彼女。
(うそ……先輩たち、討伐に失敗したってこと……?)
 HR終了後、公子は教室を出て行った教師を駆け足で追いかける。
「先生、柴田さんの怪我って、切り傷、なんですか?」
「ああ。まあ例の連続事件の被害者になってしまったといったところだろうな」
「うそ……」
「主人も、最近街中でぶらぶらしてるとこ結構先生方に見られてるぞ。用事がないならあまり出歩かないほうがいい」
「はい……」
 その日、公子は生まれて初めて学校をサボった。職員室の窓際でアンセムのスコープを使い、クラス名簿の住所を確認するとそこへ直行した。
 彼女の家は団地の一室だった。下からスコープで覗けばベッドに横たわる姿が見えた。
「布団を透かして」
 するとスカートタイプのパジャマから伸びた足に、包帯が巻かれているのが見えた。
「もういい。行こうアンセム」

 大体の場所は花京院から聞いていた。あのシャッター街を歩いてラブホテルと思しき建物は一軒のみだった。郊外にあるド派手な看板と違い、ひっそりと隠されている出入り口と、一応宿泊施設という名目から揃っている設備はアジトにするにはちょうどいい。
 同じく潰れてしまった向かいの店に忍び込み、そこからスコープで中を確認する。
「……!」
 どうやらこれは肉眼で見るべきだ。幸か不幸か中には誰も居ない。公子は新しい血痕の残る階段を上り、壊された扉を開けて奥へと進んでいった。
 望遠レンズ越しには見えなかったあらゆるものが見える。血痕は中から外へ移動する人物のもの。キングサイズのベッドを壊したのは鋭利というより力で押しつぶす鈍器のような一撃、いや、何度も叩き込んだラッシュ。ガラス片が飛び散る床にあるのは承太郎の学ランについていた大き目の鎖のかけら。
 襲撃は、確かに行われた。そして誰か一人が大量出血を伴う怪我をした。この血液の持ち主が誰なのか。
 これが犯人のものだとしたら、何故このタイミングでスタンド使いを増やすことにしたのだろうか。それらの行動に何のつながりも見出せないので、やはりこの血は花京院か承太郎のものだという線が濃厚だ。
(……やっぱりダメ元でも財団の病院に行こう。追い返されても、スコープで見れば容態なら分かりそうだし)
 分かったところで何かできるわけでもないのだが、公子は以前ジョセフがいた病院に行くことにした。今度は怒られないように、手土産を持って。

 IDカードをつき返す、という失礼な態度をとった者にも、財団病院は扉を開いてくれた。が、もうジョセフはとっくに退院しており今は近くのホテルに滞在しているという。受付の女性が電話でアポをとってくれた。
「今からこちらへ迎えに来るそうですが、お時間大丈夫でしょうか」
「え、あの……私の方から、行きます」
「分かりました」
 保留を切って何やら話してから受話器を置いた。
「やはり迎えに来るそうですのであちらのロビーでお待ちください」
「あ……はい」
 二十分ほどすると自動ドアから体格のよい、一見すると老人とは思えない屈強な体の男が入ってきた。帽子を脱ぐと見えるロマンスグレーの頭髪で、彼がようやく老人なのだと認識する。
「待たせたね」
「い、いえ。急に押しかけるような形になって申し訳ありません。あの……これ……お見舞いにと思ったんですが、もう退院なさってたんですね」
「まあつい先日だがね。こちらはありがたく受け取っておくよ」
 焼き菓子の詰め合わせを受け取ると、ジョセフはさり気なく公子の腰に手を回して外で待つ車へとエスコートした。
「さあ、車へ。お嬢さんとはまだゆっくりと話をしていなかったからね。今日は君のような素敵なレディにふさわしい店に……」
「あの!ま、まず教えていただきたいんです。あの事件がどうなったかを!」
 何故皆話をするときにおしゃれな飲食店へ誘導したがるのだという疑問をさっさと頭から追い払い、この場で本題に入る。
「おや、せっかちだな。もう事件は解決に向かっているだろう」
「え……あの、犯人は捕まえたんですか?今日私のクラスメイトが足のケガと高熱で学校を休んでいるんです」
「なに……?」
 二人を外へ送るために開いた自動ドアの前で、ジョセフは立ち止まった。一瞬の間をあけて室内方向へと戻っていく。後ろ手について来いのハンドサインがあったので公子もその後を追った。
「犯人の身柄に変化は」
「何もありません」
「一応目視させてもらう。開けてくれ」
 どうやら男はこの施設の地下深くに監禁されているらしい。震えそうになる足を軽く叩いて気合を入れなおし、アンセムが出せるかどうかをこっそり確認して公子も後に続いた。

「よぉ、ジイさん」
 地下、監禁、と言えば薄暗くじめっとした無機質なコンクリの部屋でトイレと寝室が一緒になっているような……という想像をしたがそんなことはなかった。むしろこの部屋は以前まで根城にしていたと思われる元ラブホテルより明るく清潔ではなかろうか。鉄格子の存在を除けば。
「通り魔がまた現れたと聞いて確認しに来た」
「は?なんだそりゃ。俺はっこから一歩も出してもらえてねぇし、スタンド使いを生み出す何かの破片はそっちが回収したんだろ?」
 ジョセフは口で説明しながらハーミットパープルを男の体内に潜り込ませ、ウソ偽りのない純粋な情報を抜き取っていた。男の方も抵抗する様子はないが、探られている間ヒマなのか公子に話しかけてきた。
「久しぶりだな。テメェは夜襲に参加してなかったからてっきりスタンド使いを引退したのかと思ったぜ」
 男は軽口を叩いているが輪郭が変形するほどに殴られたようで止血の跡が生々しく残っている。どうやらあのホテルで見つけた血は承太郎でも花京院でもない、犯人のものだったようだ。
「おいおいだんまりか。ヒマだからまあ何か喋ろうや。あの日は空条と随分と“お楽しみ”だったようだが……おっとジイさん、随分動揺してるようだが大丈夫か?孫が性犯罪者になってさすがにびびっちまったか?」
「無駄口を叩くな。もう必要な情報は抜いた。出よう」
「また来いよ、ジジィ。いつの間にか俺が居なくなっちまわねぇ内にな」
 その言葉が単なる強がりであることをジョセフは確信しているようだが、公子には底知れぬ不気味さを残してしまった。
 地上に出て今度こそ車に乗って場所を移す。この財団施設には承太郎も出入りする。今の状態で落ち着いて話をすることは二人ともできなかった。


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