小説 | ナノ

 見回りという名目で街をうろつくと、普段とは違うものが見えてくる。例えば信号もないような場所で立ち止まっている人。待ち合わせるような場所でもないし、おそらく通り過ぎる人々を見ているのだろう。何かしらのカモになりそうな人を選別する目をしている。
(まだ昼間なのに、こうやって気をつけてみてみると意外と危ないとこなのかなぁ、この辺り)
 ガラの悪い連中を特に注視すると、何人かが視線に気づきこちらに絡んでこようとする。が、承太郎が目線だけでそれを追い払う。
「素人に気づかれるようならキョロキョロすんな」
「すみません」
 確かに、もしあれが犯人なら公子は相手に先手を譲っているようなものだ。何かしら役に立つどころか足を引っ張るくらいなら、自分は連絡係に徹した方がいいのかもしれない。
(それはそれで寂しい気もするけど仕方ないよね)
「なぁ、さっきのあのデブどうなったかな」
「見に戻るか?」
「やだよめんどくせー。どうせ食いすぎだろー?腹抱えてうーうー唸って……」
「おいガキ共」
 下品な笑い声を上げる少年二人を承太郎が見下ろすと、先ほどまでのボリュームがどんどん下げられていき、最後には「ぁぅ……」という情けない声をか細く絞り出していた。
「道端で苦しんでいる人ってのはどこにいるんだ」
「あ……あっちです……ぁぅ」
「主人、こっちだ」
 指差された方角に走ると、あの話からまださほど時間が経っていないのか、地面にうずくまる女性の姿があった。
「まさか、どこか斬られた!?」
 アンセムが空へ向けて腕を伸ばすも、花京院への信号用の銃弾は発射されない。
「どうした」
「この女性、妊婦さんです!」
 公子が駆け寄ると女性は真っ青な顔に焦点の合わない目をしていた。
「集英……ウィメ……クリニ……」
「そこが行きつけの病院ですね!先輩、救急車呼んでください!」
「近いか分かるか?救急車を呼ぶくらいなら俺が運んだ方が早いかもしれん」
「えっ!でも、動かすとまずいかも……」
「俺のスタンドの精密さをなめるなよ?」
 承太郎に重なるようにしてスタープラチナが現れる。傍目から見れば承太郎が抱えているように見えるかもしれないが、実際はスタープラチナが妊婦を支えている。宙に浮いているので水平移動も可能だから、実際救急車に乗せるより安定して移動できる。
「先輩、私場所分かりますから着いてきてください!」

 女性のかかりつけの医者に引渡し、一段落ついたところで捜索を再開した。どうやら貧血状態らしく、念のため倒れた際にお腹をぶつけていないかどうか検査をするということで、母体に命の危険はないそうだ。
「さっきの連中はクズだな。倒れてる女を見て笑うだけしかできねぇとは、男の風上にも置けねえ」
「まあ、普通誰かが倒れていたら男女問わず声はかけますよね」
「声をかける側が女の場合気をつけな。そうやって親切心に付け込んで騙そうとするヤツや、救助しようとカバンを置いたところで盗むような連中もいる」
(……先輩って、何かあれだな。男女を結構区別してる人なんだな)
 別にこの程度なら不快なわけではない。ただ何となく、取り巻きの女子生徒へのアタリのキツさから男女問わず悪と判断した者はとりあえず拳、といった思考回路なのかなと思っていたので意外に感じただけだ。
「さて、少し急ぐか。合流地点で花京院を待たせることにならないようにし……」
 承太郎の言葉が途中で止まったのが何故か、すぐに公子にもわかった。ちょうど制服の襟の素肌が見える部分に大粒の雨が落ちてきたのだ。
「軒があるとこに移動するぞ」
 天気に詳しくない公子でも経験則から分かる。これは、すぐに土砂降りになるパターンのやつだ。既に周囲の人々は駆け足で地下や室内へと退避している。
 承太郎の背中を追いかけて公子も駆け足していると、前方で承太郎がもぞもぞと動き始めた。何をしているのかと思ったら学ランを脱いでいたようで、それを乱暴に公子にかぶせる。最後に学帽で蓋をすると、何も言わずにまた走り出した。
「あ、ありがとうございます」
 雨粒が学ランを叩く音がうるさい。しとしと、なんてかわいい擬音ではなく、ボタボタと落ちてくる水に承太郎はずぶ濡れになりながら軒下に辿り着いた。
「あの、先輩、ありがとうございます」
 水を吸って重くなった学ランを無言で受け取り、その辺りのポールに引っ掛けた。しばらくそこで立ち止まっていると灰色の空に鮮やかな緑の輝きが軌跡を描く。
「1211、12、21212、12121。メモしろ」
「え、も、もう一回……」
 生徒手帳に慌てて言われた数字を書き写す。どうやら花京院が放ったエメラルドスプラッシュの数らしい。そしてこの数字の組み合わせは、モールス信号と合致する。
「解散、だそうだ」
「了解です……と言っても、この雨ですからね」
「家の人は迎えにこれそうにないのか?」
「共働きです。先輩は?」
「……今日は誰も家にいねぇ」
(最悪のパターンだなこれは)
 慌てて入った軒は会員制のインテリアショップで、入り口付近にスーツ姿の男性が直立している。入り口をふさがないように少し脇にそれてはいるが、これ以上移動するには中に入るか土砂降りの空の下を走るしかない。
(どうりでこの辺り誰も雨宿りに来ないわけだよ)
 店先から流れるジャズと雨音が妙にマッチしていた。
「そういえばお前、なかなか度胸があるんだな。倒れてる人間を前に冷静に対処できるってのは女にしちゃ珍しい」
(また女とか……なんだろ、先輩は女の人ってだけで最初の評価が相当下がってんじゃないかな)
 とは決して口には出さず、別の返答を考える。
「体育系の部活動をしていると、結構あることですから。特に夏場は誰かしらグラウンドで熱中症になってたりしますしね」
「テニス部入ったのか」
「あ、いえ。中学の頃の話です……ん?テニス?」
「あ、いや」
 しまったと顔に出しながら口元を手でふさぐ。
「あの、何でテニス……」
「……やってたろ、昔」
「は、はい」
「後輩の試合を見に行ったことがある。そのときお前がいた。それだけだ」
 その流れは説明されずとも想像に難くない。問題は、一介のプレイヤーである公子を何故覚えているのかということだ。
(都大会の決勝を見てたとか?都なら三年のときに優勝したはずだから、まあ分からなくはない……かな?)
 承太郎の不機嫌スイッチを押したくなかったのでそれ以上の言及はしないことにした。雨音とジャズだけが、沈黙の重たさを少し和らげていた。


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