小説 | ナノ

「コソコソと人を試すような真似してたと思ったら今度は正面切って何の用だ」
(やっぱり登校時のアレは気づいてたのか)
 どうやら承太郎には対話する気がないようだ。学ランを脱いではいるが下は制服のまま、ポケットに手を突っ込んで足を開き、立ちっ放しでこちらを見下ろしている。公子が座っているのでただでさえ広い身長差が更に広がり、互いの顔は随分上下に離れているような状態で、承太郎はそこから近づこうとしない。
 だからといって公子が立ち上がって話をするのもなんだか変な感じがする。しかし先輩に立たせて自分が座っているのは……と色々考えて結局そのまま話を続ける。
「あの。以前先輩がスタンドをちょっとだけ出しているのを見ました。それで、先輩もスタンド使いなのかと思って……」
「それで」
「え?」
「だから何で俺に接触したんだ。俺に何の用だ」
「私、スタンドが使えるようになったのここ数日のことなんです。それで、この力が何なのか、色々教えて欲しくて」
「……家まで押しかけてきた理由がそれかよ」
「すみません。先輩、校内では大体女性の方が近くにいるので、ゆっくりとお話しする時間がほしくて……」
「人を便利屋かなにかと勘違いしてんじゃねぇのか?家庭教師だってタダで教えてくれるようなヤツはいねぇだろ」
「確かに手土産くらい持参すべきでした。今日はもう帰らせていただきます。不快な思いをさせたようで申し訳ありませんでした」
 立ち上がってカバンをひったくるように掴むと走って廊下に出た。途中ケーキとグラスをのせたおぼんを運ぶホリィとすれ違い、何か声をかけられたがそのまま走り去った。
 靴のかかとを踏んだまま元来た道を戻る。あの厳しい門扉を潜ってようやく、公子は一息ついた。
 怖かった。それ以上に惨めだった。このレベルの生活をしている人間ともなると、自分如きはまともに取り合ってさえくれないのだ。身分と呼ぶべきようなものがあることを自覚しろと恫喝されているような、恐ろしさと屈辱が混ざった、とにかく涙が後から後からあふれ出てくるような、そんな感情。
(取り巻きの女子の先輩はこれを受けて毎日キャーキャー言ってられるってすごい精神力だな)
 アンセムが腕のスコープを使って白壁の向こう側を透かして見る。あの部屋にはもう承太郎の姿は無かった。
『公子。ワタシガ途中カラ姿ヲ消シタノニ気ヅイタ?」
「……」
『スタンドトハ精神ノ力デ具現化スルモノ。アナタハアノ男ノ前ニ完全ニ屈シタ。アノ時のアナタハワタシヲ呼ビ出スコトスラ出来ナイ程に精神ヲ衰弱サセテイタ。コノ程度ノ気持チシカナイノナラ、殺人犯ト戦ウナンテ止メタホウガイイ』
 自身の分身とも呼べる存在からすら釘を刺され、公子は言葉を呑んだ。
『トハ言ッタモノノ。実際殺人犯ト対峙シテ気後レハシナイト思ウ。公子ガ恐レタノハ……人ヲ不快ニサセテイルコト。デモネ……』
 考えが過ぎて自分の意見を失ってしまうのは本末転倒よ。そのアンセムの言葉が、深く胸に刺さった気がした。公子はテニスを辞めた経緯を思い出し、いずれ来る男女の違いというものに考えを巡らせては余計な不安を抱え、そこから逃げるように辞めたのだから。
(ううん。大丈夫。戦うっていったらやっぱり女じゃ出来なさそうに感じるけど、スタンドがあるんだもん。男女なんて関係ない)
 セットされた銃の引き金は、誰が引いても与えるダメージは同じである。そこに男女差はない。
(この戦いなら、やり遂げられる。いや、やらなきゃいけない。私がテニスを続けていたとしても、やっぱり殺人犯を野放しにしたままのうのうと暮らしていくなんてしないはずだ。家族や友達がいる町を、警察も相手に出来ないような不可解な力が壊していくなら、立ち向かわなきゃいけない)

 翌日、公子がスタンド使いと接触を図ろうとしたのと同じように、今度はスタンド使いの方から公子に接触してきた。昼休みも終わろうかという時間に声をかけられ、放課後に詳しいことを聞きたいので裏門で待ち合わせたいと言ってきたのだ。
 先日の承太郎と違い、柔らかい物腰とさわやかな笑みを携えてきたのは花京院典明先輩だった。
 承太郎とは違うがこちらもまた女性からの秋波を集めてしまう甘いマスクの持ち主で、向こうからスタンドの姿を見せてくれたり、今すぐに聞きたいことを簡潔に説明してくれたりと中身までイケメンだった。
(同じ先輩でもこうも違うとは!)
 最後に名残惜しそうにハイエロがアンセムと握手をして分かれる。自分の手も、なんだか熱くなったような気がした。
「アンセム、ハイエロファントグリーンって、タイプ?」
 その馬鹿げた問いにスタンドからの返答は無かった。
 放課後、門の前で文庫本を開いて立つ姿もサマになっている。そこらの不良顔負けの改造制服にピアスに奇抜な髪色だというのに、まるで男性アイドル主演のドラマのワンシーンのようにさえ思えてしまう。
「お待たせしてすみません」
「いや、僕の方から誘ったんだ、気にしないでくれ。本当は女性が喜ぶようなお店に誘いたいところなんだけど、ちょっとこっちの都合で色気のない場所に案内させてもらうよ」
 電車で移動中、やはり紳士的な彼は公子を退屈させないように色々な話題を振ってくれた。学校には慣れたか、といった定番の話に始まり、ニュース、エンタメ、政治まで。どんな話題も楽しく語り、また耳を傾けてくれる。
 ふと握手をしたときの手の感触で、公子にスポーツ暦があるのかという話題になった。自分の身体的特徴までスタンドに反映されるのかもしれない。
「中学の頃、テニスをやってました」
 やって“ました”という過去形で話したせいか、それとも公子の顔が強張ってしまったせいか、花京院はすぐさま話題を逸らした。
 承太郎に熱を上げる女子も、彼と話せば一発で鞍替えするのだろうなと、昨日承太郎から威圧を受けた公子は何かと彼と比較してしまうのだった。


prev / next
[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -