小説 | ナノ


 季節は六月を迎えた。その日花京院は日課である実家への電話を早めに済ませ、パソコンの無料通話ソフトを立ち上げた。目的の相手は既にログインした状態だ。まずはチャットで会話し、パソコン前に相手がいることを確認してから通話に入る。
「もしもし、こんばんは」
「こっちは今昼だよ。日本は何時ごろだい?」
「あ、そうですね。今二十時を回ったところです」
 ウェブカメラは繋いでいないので顔は見えなかったが、懐かしい声を聞けば彼の笑顔が自然と思い起こされる。
「お久しぶりです、アヴドゥルさん」
 あの旅以降、会話をするのは初めてだった。DIOの館の後処理を率先して引き受けてくれたアヴドゥル。それ以降SPW財団を交えた調査により新たに分かったスタンドの秘密を報告するのは全て国際郵便だった。が、最近それに不便を覚え、ネット環境での通信を覚えたらしく、今日は特に報告はなかったが通話テストを兼ねて雑談でも、ということになった。
「どうだ、勉強は捗っているか?」
「はい。なんとか遅れを取り戻せています」
 他愛のない話に花を咲かせる。そういえば旅路の途中野宿をする際に見張りとして二人でずっと起きていたことがあった。アヴドゥルの話は優しい語り口も手伝ってかこちらから色々と話をふってしまう。きっと占い師という職業がそうさせている部分もあるのだろう。そのときの話では、確か占い師というのは未来を予言する存在と言うよりは悩みを聞き、それを解決に導く助力を与えるのが仕事と言っていた。
(悩みか……)
「どうかしたか、花京院」
「あの、もう少し時間ありますか?」
「何だ、話てみろ。こっちの事は気にしなくていい」
「本職の方にこんなことをお願いするのは厚かましいかもしれませんが、占って欲しいことがあって」
「恋愛相談か?」
「な、なんで分かったんですか!」
「いや、適当に言っただけだ」
「っ!」
「でもまぁ、大体そうやって内容を言いよどんで相談してくる人は恋愛相談であることが多いからな。統計的に、というところか。タロットを持って来よう、少し待っていてくれ」
(姿が見えないのにどうやってカードを引くんだろう)
 数分後、花京院側のスピーカーからガタガタという音が入ってきた。
「お待たせ。じゃあまず彼女との関係を教えてくれ。お付き合いをしているか、いないかだ」
「まだ付き合ってません」
「ふむ。じゃあそのまま彼女のことを思い浮かべて……具体的な相談内容を教えてくれ」
 シャカシャカというカードを切る音が素早く聞こえてくる。占いとは本人がカードを引くことでしか出来ないわけではないようだ。音声だけでも意思の疎通があれば、自分の運命が遠いエジプトで混ぜられているタロットカードの中へ宿る。
「彼女、僕のことを異性として意識していないようなんです。僕の方に振り向いてもらうにはどうすればいいでしょうか」
「うむ……では、右手と左手、そして体の中心。どこが今一番己に訴えかけているか直感で選んでくれ」
「……右です」
 ビリヤードで、一番長く彼女に触れた箇所が熱い。
「分かった。では捲ろう……ふむ。力の逆位置か」
(なんとなくハイエロファントを引くと思ってたけど、そういうものでもないよな)
「このカードの暗示するものは、まだ彼女は花京院の魅力に気づいていないといったところだな。文字通り力押しでアプローチするのも一つの手段だ。だが気をつけて欲しいのだが、力の逆位置は本能や感情を理性の力で抑えることが出来ないという暗示がある。強引に迫りすぎると必ず手痛いことになるぞ」

 今年は例年よりも早い時期に大型の台風が日本へと迫っていた。台風十一号の進路は太平洋側の国内の陸地をなぞる様に移動するらしい。上陸は関西なので東京に来る頃には雷も伴う超大型になると連日テレビが警鐘を鳴らす。
「今日は午前中で授業を中断します。台風が加速してるとかなんとかでまぁ、とにかくさっさと帰らないと帰れなくなるってことだからねー。明日学校あるかどうかは連絡網回すから、家から出るんじゃないよ!」
 先生もさっさと帰り支度を始めた。一応生徒全員が出て行くまでは見守らなければならないのだが、のんびりされては自分達も帰れなくなってしまう。
「電車止まるかもしれないからさっさとするー!」
 今日ばかりはいつも「ジョジョー!」とやかましい女子も足早に教室を出る。
「花京院。今日は親父が車で迎えに来てくれるそうなんだが乗っていくか?」
「あ……いや、先に帰っててくれ」
「おう」
 花京院は焦っていた。公子の机の脇には通学カバンが下がっているのに姿が見えないからだ。
「戸成さん」
 いつも公子がつるんでいる男勝りな少女に声をかける。
「あぁ花京院。公子どこ行ったか知らない?」
「僕もそれを聞こうと思ったんです。戸成さんも知らないとなると……」
「ちょっと探してくるわ」
「もう帰らないと危ないですよ。僕が探しておきます」
「なぁ……花京院ってさ……まぁ、いいわ。じゃあ頼むわ」
(気づかれたかな。まぁ構わないけど)
「アイツに、帰ったら連絡入れるよう言っといて」
 花京院は公子のカバンに中の教科書を詰め、二人分のカバンを持ってまずは靴箱に向かった。靴がない。
(外?)
 すぐに帰れるようにとカバンを持って行ったのは間違った判断だった。誰もいなくなった教室を見た教師はさっさと施錠をすませ、靴箱も確認してクラス全員下校と判断した。
 時刻はまだ昼の十二時を過ぎた頃だというのに外は暗かった。陽光すら届かぬ分厚い雨雲は天を一面覆いつくし、強い風に吹かれものすごい速度で流れていくが途切れる様子はない。
 下校を促す校内放送が流れたのに公子は出てこない。これは隠れているか動けないかのどちらかだ。
(おかしい。ハイエロファントをここまで伸ばしているのに見つからない……となると学校の敷地外か?もう少しだけ広げてみよう)
 ついに雨が降り出した。雨粒は大きく、叩きつけるように降り注ぐ。花京院は公子のカバンを内側にし、自分のカバンで守りながら意識を全てスタンドへと向けた。その一瞬、彼女に触手が触れる。
(いた!あんな遠いところに!)
 学校の裏手にある駐車場近くの小屋。この小屋がなんのためにあるのか知っている生徒はいないのではないだろうか。
 走ってそこへ向かうと、外側からつっかえ棒で扉が封じられているのが見えた。
(出られなかったのか!)
 すぐ側まで走ってきた花京院は、ふと立ち止まった。近づくにつれ中の様子が手に取るように分かる。公子は今気を失っている様子だ。大体の事情は飲み込めた。そんな彼女に追い討ちをかけるような真似をするのは意に反していたが、公子に恋をしてからいつか暴走すると思っていた自分の感情が、今台風の強い風に吹き飛ばされた気がした。
 小屋へ入る前に、ハイエロファントに二人のカバンを持たせて教室へと戻す。それぞれの席の机の脇にカバンをかけると、手ぶらでつっかえ棒を外し、中に入った。そしてハイエロファントに外した棒を同じように戻させたのだ。
「……主人さん、起きて」




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