小説 | ナノ



リヴァイアサンは、僕という海底に潜み、
嵐を引き連れて眠りから目覚めた。


  公子は意識を取り戻したがまだぼんやりするのか、何を話すでも立ち上がるでもなくその場に座り込んで頭を抱えたままだった。そういった経験が数ヶ月前に自分にもあったので、花京院は焦って何があったかを尋ねることなく完全に目が覚めるのを待っていた。
「ここ……あぁ、あの裏手の倉庫か」
「どうしてこんなところにいるんだい?」
「うん、あのね……」
 公子が何かを訴えようとすると、急に言葉が詰まった。そしてしゃくりあげる様に泣き始める。
「ごめ……」
「いいよ。気にしないで。ゆっくり息を吸って。もう僕が来たからね、大丈夫だよ」
 再度閉じ込めた張本人が言うセリフではなかったが、もう花京院には罪悪感を感じる余裕がなかった。心を支配するのは、二人きりの密室というシチュエーションを歓喜する感情ばかりだ。

 肉体的にも精神的にも落ち着いた公子の話を花京院はゆっくり頷きながら聞いた。要約すると、調理実習で同じ班になった例の女子にやられたということらしい。動機は、承太郎だ。
 また手料理を振舞ってあげようか、私の料理なかなかの味でしょう?としつこいその女子生徒にうんざりしていた承太郎は、公子の作った料理の方が美味かったと言ってしまったようなのだ。その後どういったやり取りがあったのかは知らない。だが同じものを作って自分が劣っていた。更に承太郎の家に上がりこんで手料理を振舞った公子に強い憎しみを抱いた、といったところだ。
「つまり八つ当たり……」
「八つ当たりのレベルじゃないけどね。あと、出ようにもこの雨だし……何より、ここに入るときにつっかえ棒を立てかけておいたのがまた倒れちゃったみたいでさ」
「えっ……じゃあ花京院くん、私のせいで家に帰れなくなっちゃったんじゃ!」
「君のせいじゃない!これだけはハッキリ言っておく。断じて君のせいではない!」
「あ、うん。ありがと……」
 雨音が更に強くなる。外の音が、気配が何もかも分からなくなるほどに。まるでこの小屋が外の世界から隔離されたような錯覚を覚える。世界中に花京院と公子の二人だけ……。
 花京院は無言で自分のシャツを脱ぎ出した。一瞬公子がぎょっとした顔をしたが、このビショビショの服をいつまでも着ていては初夏といえど風邪をひく。隅の方でシャツをぎゅっとしぼると、びたびたと水が落ちる音がした。ズボンは……さすがに脱がない。
「あの、これ……」
 公子はこちらを見ずに手だけを差し出した。その手にはタオル生地のハンカチが乗せられている。
「小さすぎるとは思うけど、一応。今日まだ使ってないし、綺麗だから」
「ありがとう。今度洗って返すよ」
 それを受け取ると、湿った上半身にハンカチをあてがった。ハンカチを渡した公子は何をするわけでもなく、ただ座ってぼんやりしていた。普段なら本を読んだりスマホをいじったりするこういった時間、そのどちらもない場合どうすればよいのかが分からない。
「でも花京院くんがいてくれてよかった。意識がはっきりしてくると、この状況で一人だとか怖すぎるよね」
「あぁ。雷もなってるみたいだしね。怖い?」
「ちょっと」
「主人さん……」
 ビリヤード場ではなんとも思わなかったのに、今、背後から抱きしめられればいくら公子でも意識せざるを得ない。素肌の花京院が、自分の熱を求めるように絡み付いてくる。
「花京院くん、やめて……」
 拒絶の言葉に花京院の身が固まった。どうして、とか、なに、とか、せめてそう言った類の言葉が出るのだと思っていた。こうもハッキリと拒絶されるのは少し堪える。
「ごめん、安心させようと思ってやったけど、逆効果だったみたいだね」
「あ、ううん。びっくりしただけ」
「そんなこと言われたらもう一回抱きつくよ?」
「……なんで、こんなことするの?」
 公子は決して顔を見ようとしなかった。少し下を向いた状態で、更に目線を思い切り横にずらしている。
「なんでって……今言っていいの?この状況で」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。それは、僕に告白を求めるって受け取るよ」
「……あの、ちょっとまっ」
「君が好きだから。君が承太郎のほうばかり見て、僕のこと男として見てないから」
 雷が、近くに落ちた。明り取りのはめ殺しの窓から強い光と音が同時に入ってくる。強すぎる光は一瞬花京院の顔を隠し、その後に真剣な目でこちらを見ている一人の男の姿を映す。
「ねぇ、僕のこと意識した?」
「あの、それより、じょーたろーばかり見てってどういう意味?」
「………………ここまで言って、まだ承太郎の話をしたいの?ひどい人だな、主人さんは」
 まさか周囲にバレていないつもりだったのかと思うと滑稽さで笑い声が漏れた。だがそれ以上に滑稽なのは花京院だ。心臓に早鐘を打たせながら告白した返答は、じょーたろーである。
「そんなひどい人とは思わなかったよ。何だか気を使う必要もないように思えてきた」
 乱暴に公子を押し倒しながら、後頭部を打たないようにハイエロファントでガードする。これは公子を傷つけないようにというより、また意識を失ってもらっては困るからだ。
「花京院くん、やめて!」
「もう聞かない」
 ドミノの最初のピースは倒された。タロットは力の逆位置を示した。リヴァイアサンが解き放たれ、旧約聖書と同じように男の姿を取り、イヴを誘惑する。



 どうしてと君は言う。好きな女性には優しく包むようにして接するのが男だと思っていたのかな?そういうやり方もあると思うし、そうしてあげたいとも確かに思うよ。だけど僕は好きな人だからといって何もかも許せるタチじゃないんだ。むしろ逆だね。

僕は好きな人だからこそ、何も許せないんだ。
僕以外許さない。



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