小説 | ナノ


 プレイパーク金券、五百円*四枚。
「これどうしたの?」
「余ったからやるよ」
 公子の友人、こと戸成友香がくれたのは、ゲーセンやカラオケやボウリングが一つの施設に集まったプレイパークの金券であった。どうやら株主優待券とかいうやつらしい。
「友ちゃんは高校生でもう株を転がしてるんですね」
「私じゃないって。彼氏の親がそこの株主でさ……」
「は!?彼氏ぃぃぃ!?」
「うん。あ、言ってなかったっけ」
「聞いてねー!」
 彼氏……彼氏……彼氏……彼氏……。
(すっごく重い。なんだろう。重みがある。まさかあの男よりもイケメンの友ちゃんにかっかかっ……彼氏っ!)
「おい、しっかりしろ」
「大丈夫。でもこれからはあなたのこと友ちゃんじゃなくって友さんって呼ぶね」
「やめろ」
 そういえば連休中もなんだか付き合いが悪かった気がする。一緒に帰ることも減ってきてはいた。それがまさかの。
(彼氏かぁ……。一応私だって、空条家にお邪魔しておじい様にまでお目通りした次第でして……いや、あの空条くんがそんなこと考えてるはずないわ。何か空しい)
 手元に残った二千円分の金券をどうしたものか。流石に転売するのは気が引けるし、誘えそうな友人は友香くらいしかいない。
(彼氏といったとこにわざわざ女友達ともう一回遊びになんてないっすよねー)
「空条誘えよ」
「無理ぃぃぃ」
「しゃあねぇな。ちょい待ってろ。おう、空条」
 友香は公子の手からチケットを取り返すと、ぴらぴらと仰ぎながら承太郎の席に近づいた。耳からイヤホンを抜くと承太郎は友香となにやら話しを進め、手を遮るように出して会話を終えた。
「何かしばらく家のことしなくちゃいけないから難しいだって」
「ちょっと!心臓止める気!?」
「この程度で止まるなら死ね」
「ひっど……」
「あの、主人さん」
 よく通る涼やかな声。視線を上げると赤い髪を揺らした花京院が二人の机の側に立っていた。
「よかったら、僕と一緒に行きません?」
「いくいくぅ〜」
「友ちゃん!勝手に返事しないで!しかも裏声で!」
「アンタのことだから「えぇ、なんでぇ、私なんかぁ、誘ってくれるんですかぁ」とか言って返事に三十分以上かけるんでしょ。さっさと結果を提示してやろうという気遣いだよ」
「そんなに語尾延ばさないし裏声でもない!」
「で、いくってことでいいんだよね。じゃあ、花京院、この金券あんたに預けとくわ。コイツのことだから家に忘れる可能性があるし」
「じゃあいつにしようか、主人さん」
「……」

(彼女のことを見つめ続けていた甲斐があったな。戸成さんが承太郎を誘ったときは少し焦ったけど)
 約束の日当日。五月の強い紫外線から傷を負った目を守るために、薄く色の入ったメガネをかけた花京院は駅前のコンビニで雑誌を見ていた。待ち合わせの時間まで二十分以上はあったが家の中で待つのが落ち着かなくてかなり早めに家を出た。
 手にしている雑誌はカフェを特集している地方情報誌。昼食は公子の時間の都合でそれぞれ食べてくることになったが、遊び終わったらどこかカフェに入って甘いものでも食べようと言う話になるだろう。一応事前に周辺の店はリサーチしたがもっといい場所があるかもしれないとページをめくった。
(女の子ってやっぱ内装がかわいい店がいいはずだよな。あとはケーキが美味しいとこ?さすがに味は調べようがないからな……半個室みたいな、あまり周囲が気にならないところとかないかな)
 花京院は下を向いて店内写真を入念にチェックしていたが、ふと自分に目線を向けられていることに気づき顔を上げた。硝子の向こうの店の外から手を振る公子がいる。
「あ、今行く」
 と言ってから、声が外に聞こえないことに気づいた。隣のおじさんがこちらをちらりと見たが、恥ずかしさよりも公子に会えた嬉しさで気にならなかった。
「お待たせ」
「ううん。私服、かわいいね。似合ってる」
「ありがとー。花京院くんも何か大人っぽいね。やっぱ裾が長い服似合うね」
 今の学校には一年間しか通わないため、新しい制服は買わずに以前の学ランを着用している。
「あの制服、改造だと思う?」
「うん。違うの?」
「実はあれで指定のままなんだよ……前の学校でさ……」

 プレイパークはアミューズメント総合施設だ。遊ぶものが多すぎて一日で全てのコンテンツを体験するのは難しい。何から遊ぶのかは迷うところだ。
「主人さん、なにかやりたいものある?」
「んー。やったことないやつとかやってみたいな」
 ドリンクバーで取ってきたジュースを片手にフロア案内を見る。
「ビリヤードとかはやったことある?」
「ないない。花京院くん出来るの?」
「うまくはないけどね。打ち方を教えるくらいなら出来るよ」
「じゃあやろー!」
 道具一式を借り、空いている台にボールを設置する。うまくはないと花京院は言っていたがブレイクショットは綺麗に決まった。
「じゃあまずはこんな感じで……そうそう、右ひじは直角を意識して……」
 などと言いながらキューを持つ手に触れ、腰の位置を直すべく掴む。綺麗なフォームに仕上がった公子は力を入れて思い切り白球を打ち出すが、スコンという明らかにダメでしたという音がして何にも当たらずに動きが止まった。
「な、何故……!」
「あはは、力が入りすぎてるね。もう一回打とうか」
 何度か基本的な動作の練習をして、真っ直ぐに飛ばすことは出来るようにはなった。だが実力の開きが大きすぎてゲームにはならず、公子のビリヤード練習会となってしまっている。
「何か私ばっかり練習してて悪いよ。花京院くんも打とう」
「いや、見てるだけで楽しいよ。どんどん上達してるのが分かるし」
 花京院はなかなかキューを手にしようとしなかった。
(だって教える方が接触する機会が多いからね)
 そしてとうとう、一度やってみたかったアレをしようと決意する。
「じゃあ最後にあの九番のボールを落としてみようか。
「え、位置的に無理じゃない?」
「大丈夫。手玉を反射させてあのポケットに落とそう。まずは構えてみて」
 教わった構えをとって少し足を開く。上半身を倒して台に近づけると、花京院が上から覆いかぶさってきた。ブリッジを作る左手は横から支え、右手は一緒にキューを持つ。
「僕も持つから、もう少し力抜いて」
「うん」
(何でも僕の言ったとおりにするんだね……意地悪して、全然関係のない姿勢をとらせたくなるな)
 花京院の厚い胸板が公子の背中に密着する。少し顔をずらせばうなじに唇を埋められそうな位置だ。
「いくよ」
 コンッといい音がなった。一度壁面に当たって進路を変えた手玉はポケットと九番の玉の直線上を走る。そのまま押し出されたボールがガコンと落ちた。
「やった!入ったよ!まぁ打ったのほぼほぼ花京院くんなんだけど!」
「ハハハ。でも上手だったよ、主人さん」
「ありがとー!ぅおっしゃー!」
 ぐっと拳を握って高く突き上げる公子。その姿は着ている服がいつもと違うだけで、友人やクラスメイト前で見せる天真爛漫な姿そのままだった。
(はしゃぐ君ももちろんかわいいんだけど……あれだけ密着したのに君はなんとも思わないのかな。ああやって手取り足取り教えたのが僕じゃなくて承太郎だったら、君はこんなにいつも通りにいられるわけないよね)
「ちょっと僕お手洗いに行って来るよ」
「はーい」
(僕はたったあれだけで、すごく反応したのに……)
 女子同士の話題に割り込む。デートに誘う。身体に触れて顔まで近づける。ここまで花京院が積極的になったのは、あのポラロイド写真のせいだ。
(帰りにプリクラでも撮ろうかな。でも男子から誘っていいものなのかな)

 だが帰り際に寄ったゲーセンコーナーで、最近のプリクラは顔が変形するほどに目が大きくなる仕様を見て撮影は諦めた。
「じゃあね。また学校で」
「うん。付き合ってもらってありがとう。またね!」
 その日の夜、宿題に詰まった公子は教科書から逃避すべくぼんやりと今日のことを思い出してた。
 友香も彼氏とああやって遊んだのだろうか。どうして教えてくれなかったのか。
(まぁ友ちゃんのことだから忘れてたかわざわざ言うことでもないって思ってたか……ん?友ちゃんはあそこでデートしたんだよね。今日の私と花京院くんって、デートなのかな?)
 何もかもが終わってようやく意識しはじめたのだが、当然それは花京院に伝わることはなかった。



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