小説 | ナノ


 ジョセフが来日した理由はホリィの見舞いが第一であったが、連休中に花京院の両親へ再度挨拶に伺うためでもあった。五十日近く未成年の子供を連れまわし、帰ってきたかと思うと腹部と顔に一生残る傷を作っている。これは何度謝罪をしても許されるものではないことは分かっていた。自分も我が子のために命をかけたのだ。花京院の両親の気持ちを無視など出来るはずがない。
 初対面のときは罵倒と怒声を浴びせられたが、帰ってきた一人息子の精神的成長と覚悟を決めた表情、そして、初めての友人と長年抱いていた孤独を解放してくれたことには素直に感謝を示し、ぎこちないながらも付き合いを続けている。
 元々花京院の実家は公子や承太郎が通っている高校と離れた場所にある。DIOの刺客として立ちふさがったときは実家近くの進学校に通っており、こちらに転入する予定も本当はなかった。
 だが嘘から出た誠というやつか、どうしても残りの高校生活を承太郎と送りたいと頭を下げ、一人暮らしを許可してもらった。ただし、長期休暇は実家に必ず戻ることと毎日の電話を義務付けられていた。
「じゃあ、また向こうに戻るよ。夏休みにはまた帰ってくるから」
「食生活には気をつけなさい。ではジョースターさん、息子をくれぐれもよろしくお願いします」
「承知しております」
 ジョセフは帽子を手にして深く頭を下げた。

 帰りの電車の中、祝日といえど都心では帰宅時はそれなりに混雑する。空席が目立たない車内でジョセフはふと花京院に写真を見せた。
「そういや花京院、この少女知っておるか?」
 写真にはちらし寿司の並んだ食卓と、承太郎と公子が横並びに座っている。二人の顔は笑顔ではなく、名前を呼ばれて顔を上げたときの油断した顔だった。
「公子……!」
 花京院は慌てて口をつぐんだがもう遅い。普段から「主人さん」と呼んでいるはずなのに、頭の中で彼女を想うときのように名前を呼び捨ててしまった。だがジョセフにしてみればファーストネームを呼ぶことに深い意味などない。旅の途中、皆を苗字で呼んでいたが、それは年齢に関係しているのだろうとしか思っていなかったようだ。
(前は頭の中でも主人さんって呼んでたんだけど……調子に乗って名前を呼んでたからうっかり出てしまったな。気をつけないと)
「同じ学校の子か?」
「ええ。僕らのクラスメイトです。家に招待したんですか?」
「あぁ、何か昼飯を承太郎が作ってくれるときにな……」
「え?もう一度お願いします」
「昼飯を承太郎が作ってくれることになってな……」
「あの、すみません。誰が、何を、作るですって?」
「承太郎が、昼飯を、作ったんじゃ!」
「……もう一度……」

 結局、承太郎がジョセフに昼飯を振舞ったということが衝撃的過ぎて肝心の公子のことを尋ねるのを忘れてしまった。家の前まで送ってもらい一人の部屋に帰ると、今まで大人数だった分余計に寂しく感じる。
 部屋の照明を暗めに調整し、好きな音楽をかける。この空間が花京院にとって一番落ち着く場所と時間だ。
(このときばかりは、公子のことを考えていられる。頭の中でなら君を好きにしてしまえる)
 クッションに身体を沈めると、連休中の疲れがどっと押し寄せてきた。風呂に入るのも夕飯の支度もめんどうだ。このまま公子のことを考えて睡魔のさせるがままに眠ってしまいたい。
(そうしたら君の夢を見られるかな)

 思った通りに、公子の夢を見た。だがそれは甘美な夢ではなかった。進級直後、新しい学校へ転入してきたときの過去の夢だ。
 エジプトでの死闘を終え、傷も完治しキリのいい時期に転校してきて思ったのは、偏差値の違いだった。
(承太郎がまだ大人しい外見に見える……)
 制服改造当たり前、髪はリーゼントが当然。今までドラマの世界だと思っていたものがこれからの日常になるのかとかなり驚いた。女子生徒もそうだ。あんなに騒がしい女子は今まで会ったことがない。
 そんな中、静かに承太郎へ視線を向ける女子生徒が気になった。その控えめな態度と、友人の前での砕けた明るさのギャップが花京院を魅了し、知らず知らずの内に彼女を視界に入れることが増えていた。
(主人さんって、友達の前だとすごい笑うな)
「やったー!私の勝ち越しー!ってことでジュースおごりね!」
「あー、くそ。わーったよ」
「私にゲームで勝とうなど、十年は早いんじゃあないかな」
「あ、空条」
「えっ」
「うっそーん。調子こいてっからお仕置きだ」
「……あんたねぇ」
 このときの「えっ」の顔に完全にやられた。思わず自分が赤面してしまうほどに。
(今の、女の子って感じがした。まずいな……僕、おかしくないかな)
 それからしばらく、まともに公子を見ることが出来なかった。見れない分、妄想の中で補った。そうすると今度は本物の公子が欲しくなる。初めての恋への照れを克服すると、今度は欲求ばかりが襲ってくるようになったのだ。
 妄想の中で最初は主人さんと呼んでいた。今の彼女はどうだろう。公子、と名前を呼べば彼女はすこし恥ずかしそうにして「なぁに?花京院くん」と答えるのだ。だが現実にその顔をするときに呼ぶのは、空条くん……。
(これは夢なんだ。夢だったらせめて僕のことを呼んでよ。……いや、夢なんだから、もっと普段出来ないようなこと、してもいいよね?)

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ……
「んんっ……うわ、しまった」
 とりあえず目覚まし時計を止めて、着替えをすませる。昨日入浴もしていなかったのでついでに全身を流してしまうべく朝風呂に入ることにした。



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