小説 | ナノ

 下ろしたての制服はまだ体に馴染んでいなくて、歩くたびにどこかがこすれている気がする。だが気分は悪くない。その違和感がくすぐったく感じるくらいだ。
 入学式から二週間経ち、クラスメイトの顔と名前が徐々に一致するようになった頃、公子は学年も性別も違うとある先輩の顔と名前をハッキリと覚える。
(あ……あの人)
 並木の間を吹き抜ける桜吹雪の中に、まるで幻想のように佇む男。あんなに大きな体躯なのに、散る桜の中にいるせいでどこか儚く感じてしまう。
(同じ学校だったんだ)
 特徴的な改造学ラン、日本人ではないエメラルドの瞳、一度会えば強く印象付けられる外見と、それ以上に強烈な個性のある中身を、公子は知っている。

 中学を卒業し、高校に入学するまでの間を、何と呼べばいいだろう。春休み、でいいのだろうか。公子はそういうどうでもいい事を考えながら大通りを歩いていると、耳を劈く勢いで何かがぶつかる鈍い音、次いでガラスが割れる音が聞こえ、振り向くと猛スピードで車が走り去っていった。
 これだけで何が起こったのかすぐに理解した公子は、慌てて引き返す。
(ひき逃げだ!)
 既に現場には人が壁を作っており、その向こう側からは小さく呻く初老の女性の声がする。
(……おかしい、誰も動かないし、この向こう側で動いてる気配もない)
 公子が人の合間からそっと向こう側をのぞき見ると、うずくまって血を流す女性以外には立ち尽くす人しかいなかった。
「あの!誰も救急車を呼んでないんですか!?」
 返事のかわりに、スマホのカメラのシャッター音がした。
(信じられない!)
 学校で教わった救護講習の内容を頭の中で反復しながら、公子は女性の前にしゃがみこんだ。出血は最悪なことに額からで、まだ血が止まっていない。慌ててカバンからハンカチを取り出し傷口に当てる。
「もしもし、おばあちゃん!?意識はありますか!?」
 小さなうめき声は相変わらず聞こえているが、公子の手当てに反応してのことではないようだ。更に止血をしていて分かったのだが、頭にこぶが出来ているようだ。相当強い衝撃だったのだろう。
 頭を打ち、ケガをし、意識もない、というのは非常に不味い。
「救急車!呼んでください!早く!」
 その上周囲は地蔵のように固まって動かない。
(なんで……!)
「こういうのは名指しで命令しねぇと動かねぇんだよ。おいそこのハゲ、テメェだ、テメェ。救急車を呼びな。そこのスーツの三人組、車両を誘導してここいらの安全を確保しろ」
 公子の背後、車道側から高圧的な男の声がした。周囲の野次馬も公子もその男を見ると、そこにはバイクにまたがりながら指を思いっきり指して年上の人に命令する男がいた。
 彼の容貌、登場の仕方、何よりも人に指示を出すことが似合ってしまう威厳のある雰囲気に誰も彼もが慌てて指示に従う。
 バイクから降りた男は公子の隣にしゃがみこむと、青ざめている公子を覗き込むようにして先ほどとは打って変わって優しく語り掛ける。
「意識は?」
「ありません」
「他に怪我は」
「出血とこぶだけですがまだ他は見てません」
「頭部に陥没はあるか?」
「いいえ」
「呼吸と脈は?」
「呼吸はありますが脈はまだ」
「アンタの知り合いか?」
「いいえ」
「よし。よくやってくれたな。血を見て気分が悪ぃんならアンタも休んでおきな」
 覗きこんだ彫りの深い顔がニッと笑う。この男が一声発するだけで、表情を変えるだけで、周囲がどんどん動いていく。時には厳しく命令を下し、時には優しく微笑みかける。
 不思議な人だと公子は思った。血を見てあわてていた自分が、もうあっという間に落ち着きを取り戻している。
「赤いジャケットの女、テメェはそこいらの店から氷をもらってきな。あるだけだ」
 ただの野次馬には口調が厳しい。しかし数分後、救急車がやってきてけが人を搬送した後、警察に色々と聞かれるまで公子には優しく付き添ってくれていた。
 一通り話を聞き終え、警察からも行っていいと言われると、自然な仕草で公子の手を取る。
「まだ顔が青いぜ。家が近いなら送るが」
 そう言って手を引いて現場から立ち去ろうとする。
「あの、バイクは?」
「……悪いな。実はノーヘルだから動かせなくなった。ツレのふりしてくんねぇか?」
 そのとき見せた気まずそうな顔がなんだかとても子供っぽく見えて、もしかすると年齢が近いんじゃないかなどと思ってしまう。
 公子はクスッと笑って二つ返事で了承した。
(でも同い年とか、まさかね。二十代……後半くらいかな)
「そういや、名前聞いてなかったな」
「主人公子です」
「空条承太郎だ」

(まさか本当に同い年くらいとは)
 周囲に女子生徒が次々と集まり、皆が口をそろえて彼をジョジョと呼ぶ。クラスメイトからジョジョ先輩の噂は聞いたことがあったが、まさかそれがあのときのバイクヒーローだとは想像もしなかった。(というよりまさか学生とは思っていなかった)
 周囲の女子への当たりは厳しく、あのときの野次馬への指示のような口調で
「やかましい!」
 と叱り付けていた。噂どおりの恐ろしい先輩かもしれないが、本当は優しいところがあるということを、公子は知っている。あの周囲のファンも、クラスメイトも、誰も知らない空条承太郎を知っているのだと、公子はなんだか喜びの感情が芽生えた。
(今度は学校で、話しできるといいな)
 公子の学校生活に、一つ楽しみと期待が生まれた。


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