「じゃあここの問いは、主人、答えて」
「はい」
と勢いよく立ち上がったものの、見事に分からない。分かりませんですむのならいいのだが、この教師は答えられなかったことを一週間以上ネタにするイヤミなヤツなのでそれだけは言いたくない。
(うわやっべ……)
泳ぐ視線の先に、細い指が踊っているのを捉えた。こっそり出された三本の指。その主は花京院典明だ。
「三番です」
「はい正解。じゃあ次ねー。ここを応用した形の……」
椅子に腰かけて改めて救世主の方を見ると、向こうは振り向きもせず机の上を見つめている。が、先ほどまで三本だった指が二本になっており、ひらひらと動かされたあとにぐっとサムズアップの形に変わった。
(ありがてぇっ!)
こうして花京院の助力のおかげで今日一番のピンチを乗り切った。
思えばこういうことは何度かあった気がする。ものをなくしたときに一緒に探してくれたり、面倒ごとを押し付けられたときに手伝ってくれたり。紳士な彼の性格からして困っている人を見捨てて置けないタチなのだろうと思っていたのだが、それにしては不自然な点がある。タイミング問わず、どこにでも彼は駆けつけるというところだ。
いついかなる場所でも、公子のピンチにはあの赤い前髪の正義のヒーローが現れる、という子供向けの特撮ヒーローのようなキャッチコピーがつくんじゃないかと思うくらい、彼は神出鬼没だった。
「むー……おらん!」
放課後の校舎内を早歩きで動き回る人影が複数あった。その中に公子の姿もまざっている。
今日中に提出しなければならないプリントがまだ未提出の生徒がいるらしく、その人物を友人総出で探し回っているといったところだ。
「主人さん。さっきからぐるぐる歩いてるけどどうかしたの?」
やはり現れた。このタイミングでくるのではないかと実は内心期待していた男、花京院典明。
「河嶋君を探してるんだけど見なかった?」
「帰ったところなら見た」
「うわああああああ」
と大声を出しながらも手は素早くスマホを操作して皆に標的の不在を連絡する。
「そりゃいないよー。あんだけ探し回ったもんなー」
「どうして彼を?」
「え?」
いつもピンチをサラッと解決した後は颯爽とその場を去る花京院が、今日は珍しく突っ込んで詳細を聞いてくる。
「あー、実は未提出のプリントがあるみたいで、係りの子とみんなで探してたんだ」
「ああ。だからやたらと女子がウロウロしてたのか」
(ん?)
つまり花京院は、公子と同じように誰かを探し回っている女子を複数目撃していたということだ。にもかかわらず、彼女達に声をかけていないということか?もしも河嶋がいないことを他の友人に告げていたら、今頃公子のスマホにもその情報が届いているはずだからだ。
「ま、まあとにかく!花京院君!助かったよ、ありがとう!……ところで、最近助けられてばっかだね、何か」
「そうだね。お礼をよく聞いた気がするかな。ねえ、なんでだと思う?」
「す、すみません。もう少ししっかりします」
「そうじゃなくってさ。ね?」
「?」
「フフフ。じゃあね、また明日」
もしかしなくても、この質問は先ほど脳裏に浮かんだ疑問とつながっているのではなかろうか。困った人を見捨てて置けない紳士なのだと思っていたが、その対象が自分だけに向けられているとしたら、先ほどの質問と疑問はリンクする。
(い、いやまさか!でも)
自分の顔が真っ赤になるのが分かる。慌てて手で顔を覆うと、別れ際の妖しい微笑みを湛えた花京院が目に浮かぶ。
もしかしてこうやって彼の一言に踊らされていることも見透かされているのかもしれない。だって公子は今最後に投げかけられた問いに大変困っており、困っているところには必ず花京院の影があるからだ。
(困ってるとこ助けてくれるんだったら、今助けてよ。あんな思わせぶりなこと……ずるい)
集まってきた友人と合流するために、自分の顔を叩いて気合を入れなおすのだった。
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